作品タイトル不明
第二十五話 冬の日々②
冬は厳しい季節とはいえ、全く外に出られないというわけではない。比較的過ごしやすい晴れた日中には、人手を集めての家屋建設が進められている。王の都や近隣の人里は既に今年の分の労役を果たしてしまったため、食料などを対価に日雇い労働者が集められている。
さらにそこへ、一部の戦士たちも労働力として加わっている。
冬までに完成した家屋の数は六軒。そこへ、王の館で寝起きする側近たちを除く家臣全員とその家族が収められている。現状はあくまでも「一応は全員が屋根と壁のある場所で寝起きすることができる」というもので、冬の屋外の寒さに凍える心配はないが、一軒あたりに十数人が寝起きするとなればさすがに狭苦しい。
今よりももっと余裕のある環境で冬ごもりをしたい戦士たちは、暇を持て余していることもあり、少しでも早く家屋を増やそうと積極的に作業に参加している。
建設現場は王の館のすぐ東に位置しているので、男たちのかけ声や、時おり誰かが叱り飛ばされる声などが館の中にいても聞こえてくる。エドウィンがクレアを連れて建設現場へ赴くと、そうした声に加えて熱気までもが伝わってくるようだった。
「はははっ、ここは相変わらず凄いな。真冬なのに、見ているこちらまで暑く感じそうだ」
「本当ですね。外套を着ているのが場違いな気がしてきます」
家屋建設に勤しむ男たちは、外套も着ずに、それどころか一部の者は上半身裸になり、それでもなお汗をかいている。冬らしからぬ光景を前に、それぞれ外套を着こんでいるエドウィンとクレアはそう言って笑い合う。
そこへ、王と王妃がやってきたことに気づいた戦士サベルトが歩み寄ってくる。働く男たちに指示を出していたところを見るに、彼は今日の監督役兼監視役のようだった。
「国王陛下、それに王妃殿下も、現場の御視察ですかい?」
「ああ。館に籠ってばかりいるのも気が滅入るから、気分転換にね……ここ数日はあまり様子を見ていなかったが、また随分と進んだようだ」
サベルトに答えながら、エドウィンは建設現場を見回す。
アロナ島における家屋の建て方は、エドウィンの生まれ故郷である帝国北部とほとんど変わらない。木材で骨組みを作り、壁は荒土や木板や丸太で築き、屋根には藁を葺く。床は土を踏み固めて藁を敷くか、木材に余裕のある場合は板張りにする。窓は、昼間は開け放つか目隠しの薄布などを垂らし、夜は鎧戸をはめて塞ぐ。
造りとしては簡素なので、人手さえあれば家が建つのは速い。数日前はまだ建設を始めて間もなかったいくつかの家屋が、既に家らしい形になってきているのが分かった。
「この調子なら、冬の間中には必要な数の家が余裕で完成するでしょうね。それどころか余分に建てられるでしょう」
「何よりだ。今後我が国の規模がさらに拡大して、戦士をはじめとした家臣が増えれば、それだけ多くの家屋が必要になる。今のうちにできるだけ建設を進めてくれ」
今後さらに家屋が増えれば、家臣たちのうち家族を持つ者たちには一世帯に一軒を与え、独身の家臣たちは五、六人ずつ一軒に収める予定。冬のうちに必要数を揃えるのが目標だったので、それより多くの家屋を建てられるというのであれば、エドウィンとしては幸いな話だった。
「それと、明日から家屋建設の報酬を少し増やしてやってくれ」
「いいんですかい?」
「ああ。真面目に働いて貢献を示す者たちには、その貢献にふさわしい褒美を与えるべきだ。王の気前の良さを知らしめてやろう」
そう言って、エドウィンは薄く笑む。
指導者の義務とは、従えている者たちに飢えることのない食事と凍えることのない寝床を与えられること。現状のエドウィンはその義務を果たしているが、ただの指導者ではなく良き指導者となりたいのであれば、最低限以上の報酬を与えなければならない。皆にそれだけのものを与えられるだけの富を持たなければならない。
気前の良い王をこそ、家臣も民も敬い慕う。このような場面で王の気前の良さを見せつけることは、今後己の立場を安泰とするために重要だとエドウィンは考えている。
・・・・・・
年が明け、統一暦四〇九年。寒さが徐々に和らぎ、春の気配が近づいてきた二月の下旬。エドウィン個人にとって大きな出来事があった。
「……やはり、懐妊されたものと見て間違いないかと思います。つわりの症状には個人差がありますが、お嬢様のお母様が懐妊されたときも、よく似た症状が出ておられました。それに加えて月のものもこれだけ遅れているとなると……」
王の館の広間。その中央に置かれている炉の前で、使用人のドーラが語った。
彼女の隣では、数日前から吐き気に悩まされているクレアが椅子の背に身体を預け、炉で暖を取りながら温かいお茶を飲んでいる。吐き気のせいで顔色はあまり良くないが、一方でその表情は明るい。
「……そうか」
ドーラの言葉を聞き、クレアの表情を見たエドウィンは、半ば呆然としながら呟いた。
そして、その顔には段々と笑みが浮かぶ。
「ああ、神々よ……そうか、懐妊か! そうか!」
ついには満面の笑顔になってクレアに歩み寄ると、彼女の目の前で片膝をつき、彼女の頬に手を添える。
「ありがとう、クレア! ありがとう! これほど嬉しい報せはない!」
「私もこの上なく嬉しいです! エドウィン様の血を継ぐ子が、今まさに私のお腹の中にいると思うと……あまりにも嬉しすぎます。夢のようです!」
エドウィンとクレアは抱き合い、口づけを交わし、喜びを共にする。
「そうと分かれば、これからの過ごし方が大切だ。いいかい、決して無理をしてはいけないよ。身体をよく温めて、毎日よく眠り、重い物は持たず、刃物は触らず、それから、えぇと……」
心配げな顔で言うエドウィンを前に、クレアはくすくすと笑う。
「ふふふっ、大丈夫ですよ。元より身の回りのことはドーラたちがしてくれていますし、私もこれから過ごし方には一層気をつけるつもりでいます。もう私だけの身体ではありませんから」
「そ、そうか。ならいいんだ」
エドウィンは微苦笑を零しながら立ち上がり、そしてドーラに視線を向ける。
「懐妊した女性の世話に関する話となれば、僕が何か言うまでもないだろうが……どうかクレアのことを頼む。冬が明ければ、僕が館を空ける機会もまた増えるだろうから」
「はい、お任せください。クレア様をお支えして、何があってもお守りしますので」
そう答えるドーラの目には、鋼のように硬い覚悟が見て取れた。
以前エドウィンとクレアの関係について複雑な心境を吐露し、現状について今もなお釈然としない思いを抱いている様子の彼女だが、クレアを守るという一点においてはエドウィンと完璧に決意を一致させている。たとえ自分と彼女の主従関係が未だ表面的なものであろうと、クレアの傍仕えとしての彼女をエドウィンは絶対的に信頼している。
だからこそドーラに微笑を返したエドウィンは、クレアの隣に置かれた椅子に腰を下ろす。
「生まれる時期は……今年の秋頃になるかな?」
「ええ。懐妊したのが年明け頃だと思うので、順調にいけば十月頃に生まれるでしょうか」
クレアは答えながら、自身の腹部を愛しそうに撫でる。
「そうか……では、今年はより張りきって国を育てなければね。生まれてくる我が子のためにも」
エドウィンは上機嫌でそう言った。
間もなく冬は明け、そうなればまた領土拡大の日々が始まる。