作品タイトル不明
第二十四話 冬の日々①
建国から二か月が経つ頃には、冬の気配が次第に迫ってくるようになった。それからさらに数週間が経って十二月に入ると、いよいよ本格的な冬がやってきた。
アロナ島の冬は、帝国北部と比べても寒い。この気候の中で見知らぬ土地へ征服行に赴くのは難しく、そもそも一般常識として冬の軍事行動や長距離移動は極力避けるべきであると言われているため、エドウィンは冬が明けるまで領土拡大を休止すると宣言した。
冬までに支配下に置いた人里は、建国時点で支配していたアイヴァー川下流域の西側一帯の村や農場も合わせてちょうど二十。領土内の各地に点在する職人たちや祭司たちも合わせると、リンダム王国の総人口は一千五百を超えるかどうかという程度まで増えた。
民から税として集めた食料も相当な量になった上に、冬までに戦士たちが暇を見つけては訓練と娯楽を兼ねた狩りによって自ら食料を得ていたので、エドウィンは来年の最初の収穫期まで、全ての家臣とその家族を余裕をもって養える見込みとなっている。
気候が屋外での活動に向かない冬は、必然的に屋内で過ごす時間が多くなる。人々は秋までに蓄えた食料を少しずつ消費しながら、木材を削って日用品を作ったり、布を織ったりと、屋内仕事に勤しむ。それでも潰しきれない時間は余暇として、賭博や盤上遊戯などの遊びに費やされる。
エドウィンも、王の館の広間でクレアや側近たちを相手に遊んだり、雑談に興じたり、あるいはクレアと私室に籠って愛を交わしたりと、できるだけ多くの楽しみを作りながら厳しい冬をやり過ごす。
そしてもうひとつ、エドウィンが冬の間に取り組み始めたのが、己の伝記を作ること。
「それでは、フィオナ祭司長。今日もよろしく頼む」
「はい、頑張って務めさせていただきますぅ」
広間で椅子に座ってエドウィンが言うと、テーブルを挟んで向かい側に座るフィオナがぺこりと頭を下げながら答える。
彼女の前にあるのは筆記具と、そして羊皮紙の束。既にびっしりと文字が書かれたものと、これから文章が記されるべき白紙。
「確か、幼少の頃の思い出や、母から受けた教えについて話し終えたところだったね」
「はい、陛下が七歳のとき、母君を亡くされたところで記述を終えておりましたぁ」
「そうか、ではこれから、我が少年期について……いや、まずは我が父ケンウルフについて語っておこう。父は僕に教養を与え、今の僕を作った人だ。父の存在なしに、僕の傭兵団長や王としての人生を語ることはできない」
そう前置きして、エドウィンは父親について語り始める。祖父の跡を継いで傭兵になった父ケンウルフが、いかにして傭兵団を立ち上げたのかを。父がどれほど強く聡明で偉大な戦士だったのかを。息子としての主観をたっぷりと込めながら語っていく。
それを、フィオナは羊皮紙へ書き写していく。エドウィンの言葉が、文章となって具現化されていく。
リンダム王国の建国者たる己がどのような人間であるか。どのように生まれ育ち、いかにして己の国を建てるに至ったか。そして、王となってからどのように生きたか。それを書物というかたちで世に残すことには大きな意味があるとエドウィンは考えている。子供の頃に様々な書物を読んで育ったエドウィンは、書物の力を知っている。その生涯や功績を書物に記された者は、肉体が滅び去ってもなお生き続けるのだと信じている。
だからこそ、この冬の時間を活用して、己の伝記を作り進めている。
フィオナに執筆の実務を任せることにした背景には、祭司としてエドウィン以上に書物に親しんできた彼女の能力を見込んだのはもちろんのこと、伝記が「聖職者の著した書物」ということになれば後世の人々から内容への信用を得やすくなるだろうという打算もある。
王国の祭司たちの長という立場を与えられたフィオナは、最近は専らエドウィンの秘書官のような立場で統治の補佐を務めている。エドウィンは彼女の身辺の安全を考慮し、彼女に都の家屋のひとつを与えてそこで寝起きさせ、彼女が都からほど近くにある神殿の手入れをしに行く際は戦士を護衛につけるという破格の待遇を与えている。
エドウィンはそれほどまでに、読み書き計算が達者な上に信頼できる人材として彼女を重用している。
「――一匹狼の傭兵だったところから仲間を集め、教養を身につけ、地道に商人たちとの伝手を広げ、数十人規模の傭兵団を作り上げるというのは誰でもできることじゃない。才覚と、そして凄まじい執念があったからこそ、父はそれだけのことを成し遂げたんだ。本当に偉大な人だった。僕は父を心から尊敬している」
亡き父を懐かしみながら語るエドウィンに、隣に座っているクレアが優しい表情を向けながら寄り添う。
父を心から尊敬している。エドウィンのその言葉に嘘はなかった。父は自分を鍛え、教え導き、最後には素晴らしい配下たちを遺してくれた。傭兵団長ケンウルフの息子に生まれなければ、自分はここで「国王陛下」と呼ばれることもなかっただろうと思っている。
父はおそらく、傭兵団長という立場にも満足しきってはいなかった。だからこそ大切な一人息子に「俺を超える偉大な人間になれ」と言い聞かせ、その結果としてエドウィンは大きな野心と自信を抱く青年に育ち、その野心を糧に、自信を支えにしながら歩んできた。
「お話を伺うだけでも、ケンウルフ様がとても偉大な御方だったと分かりますねぇ。それほど偉大なお父様を持たれたからこそ、陛下も偉大な御方になられたんでしょうねぇ」
紙の上でペンを走らせながら、フィオナは柔和な笑みを浮かべて言う。
主君を「偉大な御方」と呼ぶ彼女の言葉が世辞交じりのものだとエドウィンも察しているが、特に不快に思うことはない。支配者の機嫌をとろうとするのは人間として自然な行動。こうして隙あらば王の好感を得ようとする祭司長のしたたかさは、むしろ彼女の美点であると考えている。
家臣や民のうち大半の者は、王に逆らっても勝ち目はないと、素直に従って庇護を得る方が己の利益になると、そう考えているからこそ自分に服従してくれている。自分に向けられる敬意や称賛は、全てが心からのものではない。その現実をエドウィンは当然理解している。理解した上で、王として讃えられる日々を楽しんでいる。
「はははっ、嬉しいことを言ってくれるじゃないか……そうだね。きっと父も、今は神々の国から僕の様を見て喜んでいるはずだ」
祭司長の世辞に微笑で応えながら、エドウィンは自分自身に言い聞かせるように言った。
父に恩を返したい。父がくれた愛に応えたい。今は亡き父に自分ができることは、ケンウルフという名をこの世に残すこと。
だからこそ、エドウィンはこうして父について語っている。この伝記の中で、偉大なるエドウィン王を育てた偉大なる存在として、戦士ケンウルフを半ば神格化するつもりでいる。
「さて、父がどのような人物か記したところで、そろそろ父との思い出を語るとしよう……やはり最初はこの話がいいだろう。父の教えの中でも、今の僕を形作る上で最も大きな影響を与えたもののひとつだ。傭兵団の中で育った僕は、まだ幼い頃、父が配下の傭兵たちから『気前がいい』と評されていることが多いと気づいた。僕がその言葉の意味を問うと、父は『毎日の飯や働いた褒美をたくさんくれて優しい、ということだ』と説明してくれた。そしてまた、僕は問うた。どうして食事や褒美を配下にたくさん与えるのかと。すると父は――」
ロドニア人たちが記した歴史書は文体が硬く、エドウィンとしては好みではない。なので伝記の内容は、エドウィンという人間を主人公にした物語のような文体で記される。エドウィンはできるだけ分かりやすく語り、フィオナはその言葉を多少整えながら文章にしていく。
「――さて、内容的にもきりがいいし、今日はこれくらいにしておこうか」
その後も休憩を挟みながらしばらく執筆が続けられた後、エドウィンはそう言った。
「分かりましたぁ。それでは陛下、今日書いた部分をご確認いただければと思いますぅ」
そう言ってフィオナが差し出した数枚の羊皮紙に、エドウィンは目を通す。フィオナが整えた文章の内容を確認すると、満足げに笑む。
「問題ない。よく書けているよ。やはり君は賢く、頭の回転が速いね」
「えへへ、光栄ですぅ。ありがとうございますぅ」
照れくさそうに笑うフィオナに頷き、エドウィンは立ち上がる。
「さて、僕は外で働いている皆の様子でも見に行くとしよう。フィオナ祭司長、君は頭も手も疲れただろうから、お茶でも飲んで少し休んでいくといい」
エドウィンはそう言って立ち上がり、隣に座っていたクレアの方を向く。
「クレア、君も一緒に来るかい?」
「はい、エドウィン様。喜んで」
クレアは嬉しそうに笑い、自身も立ち上がる。