軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

07.パーティの招待状と、準備

その日、リリアナは珍しく本邸へと足を運んでいた。

普段は離れに引きこもっているが、今日はジークフリートから呼び出しがあったのだ。

(面倒くさい。用があるならそっちから来ればいいのに)

心の中で毒づきながら、本邸の廊下を歩く。

「おはようございます! リリアナ奥様!」

「廊下の温度は適温でしょうか!?」

「何か必要なものはございませんか! 全精力を賭してご用意いたします!」

すれ違う使用人たちが、直角に近い角度で頭を下げ、過剰なまでの敬意を払ってくるのだ。

以前は「貧乏男爵の娘」と侮り、空気のように扱っていた彼らが、まるで女神でも見るような目で見てくる。

(……なんで急に態度変わったんだろ……?)

絶対あの 駄犬(ジークフリート) が、変な圧力をかけたに違いない。

リリアナは愛想笑いでスルーし、執務室のドアを叩いた。

「なんとお優しい」「我らに優しく微笑んでくれた」「まるで太陽のようなお方だっ」「主様の凍てついた心を溶かすだけはある……!」

リリアナは特に何もしていない。

しかし『あの恐ろしい氷の公爵の心を溶かした』という事実だけで、周りの評価は爆上がりしていた。

なにせ、ジークフリートはこれまで使用人たちに対し、常に絶対零度の威圧を放ち続けてきたのだから。

その態度を改めさせた、リリアナ様すごい。

使用人たちはそう崇めているわけだが、言うまでもなく本人にそんな自覚はない。

「やあ、リリー! よく来てくれたね!」

執務室に入るなり、ジークフリートが満面の笑みで迎えた。

彼は尻尾をブンブン振る幻覚が見えそうな勢いで、ソファーを勧めてくる。

「用事があるならそっちから来てくださいよ」

リリアナは公爵相手に、とんでもない発言をする。

しかし、ジークフリートは怒るどころか、モジモジと指を合わせた。

「すまない、リリー。私もそうしようとしたのだが……」

(なんだかのっぴきならない理由があるとか?)

「たまには君が来るのを、待ちたかったんだっ」

(前言撤回。くだらない理由だった……ほんとにこいつ公爵で騎士団長……?)

公爵で、騎士団長であった。

「ああ……良いな……リリーを待つ時間、本当に素晴らしい時だった……」

「要件を手短にお願いします」

「ああ……すまない。実は、これなんだが」

ジークフリートが差し出したのは、金箔があしらわれた豪奢な封筒だった。

王家主催の夜会への招待状だ。

「夜会……パーティですか?」

「うむ。建国記念のパーティだ。高位貴族には強制参加の通達が来ている」

「へえ、大変ですね」

「ああ。当然、欠席で出すつもりだ。君も人混みは嫌だろうし……」

(は? 何言ってるんだろう……)

「いえ、出席しますよ」

リリアナが即答すると、ジークフリートはポカンと口を開けた。

思考が停止した顔だ。

「……え? 出るのか?」

「出ますよ。公爵夫人としての仕事でしょう? 衣食住を保証してもらっている以上、最低限の義務は果たします」

リリアナにとって、これはビジネスだ。

好待遇のニート生活を維持するためには、たまにはスポンサーの顔を立てる必要がある。

それだけの話だ。

しかし、ジークフリートの受け取り方は違った。

「リリー……! 君はそこまで、私の妻としての立場を……!」

彼は感動に打ち震え、目元を潤ませた。

どうやら「妻としての自覚を持ってくれた」と好意的に解釈したらしい。

「よし! ならば準備だ! 王都一番のデザイナーを呼ぼう! 最高級のシルクで、君に相応しいドレスを新調する!」

「いりません。時間の無駄です」

「なっ? しかし、パーティは来週だぞ?」

「手持ちの服でなんとかします」

「なんとかって……?」

「なんとかです」

リリアナは離れへと戻ってきた。

「で、何をするのだ?」

「ハウス!」

さも当然のようについてきた大型犬、もとい、ジークフリートに、リリアナが指を差して命じる。

「ふっ……リリー。君は気づいてないかもしれないが、この離れも私の家だ……! つまりもうハウスしているのだっ」

(屁理屈言ってもストーカーじゃん。普通にキモい……)

面の良い男だろうと、ジークフリートのやっていることは、通報レベルのストーキングだ。

(もうさっさと帰ってもらおう)

リリアナはクローゼットを開き、持参していた一着のドレスを取り出した。

それは実家から持ってきた、数年前の流行遅れのドレスだった。

色も地味な紺色で、サイズも今のリリアナには少し合っていない。

「リリー、君が着ればなんでもマーベラスだが……。さすがにそれは……質素すぎる」

(何でもマーベラスなら口を挟むなっての。……はぁ……まあ確かにちょっと芋くさい。貴族連中が集まるパーティで、こんなの着たら舐められてしまう)

男爵令嬢だったときは、別にそれでもよかった。

しかし今の立場は(白い結婚だろうと)公爵夫人だ。

他家から侮られるわけにはいかない。

そのせいで、この男の家名に泥を塗ることになる。

(まあ別にこの男のことはどうでもいいんだけど、あとで損害賠償請求とかされても困るし)

リリアナはジークフリートに桃色の感情を一切持ち合わせていなかった。

あるのは徹底した損得勘定のみ。

「見ててください」

リリアナは聞く耳を持たない。

彼女はドレスをハンガーにかけると、指先を指揮棒のように振るった。

「サイズが合わないなら、合わせればいい。素材が悪いなら、良くすればいい」

空中に描かれるのは、三つの漢字。

『採寸』

『補正』

『通気』

魔法が発動した瞬間、ドレスが生き物のように脈動した。

生地が波打ち、繊維の一本一本が組み変わっていく。

ごわついていた布地は、水のように滑らかなシルクの質感へ。

野暮ったかったシルエットは、リリアナの現在の体型に完璧にフィットするよう、ミリ単位でシェイプされた。

「仕上げはこれね」

『華』

リリアナが指を弾くと、地味な紺色の生地に、夜空の星屑のような繊細なラメが散りばめられた。

照明を受けてキラキラと輝くその様は、もはや古着などではない。

一流ブランドの最新作すら霞む、至高の一着だった。

「な、なんだこれは……魔法かっ?」

「ついでに自分も仕上げます」

リリアナはさらに、何の変哲もない保湿クリームを取り出した。

そこに『潤』と『艶』、そして『美白』を付与する。

それを指先ですくい、頬や腕に塗り込んだ。

効果は劇的だった。

ただでさえ整っていた肌が、内側から発光するような透明感を帯びる。

髪は天使の輪を幾重にも浮かべ、宝石のような輝きを放ち始めた。

そこに先ほどのドレスを合わせれば、傾国の美女の完成だ。

「どうです? これなら文句ないでしょう」

リリアナが言うと、ジークフリートは絶句した。

顔を真っ赤にし、パクパクと口を開閉させる。

そして次の瞬間、彼は頭を抱えて叫んだ。

「だめだ!!」

「は?」

「キャンセルだ! 欠席にする! 今すぐ断りの手紙を書く!」

ジークフリートが声を荒らげる。

「なんでですか。準備万端じゃないですか」

「良すぎるんだ! そんな姿で外に出たらどうなると思っている!」

彼は血走った目でリリアナに詰め寄った。

「国中の男が君を見る! いや、見惚れる! 間違いなく求婚者が殺到するし、なんなら誘拐される危険性だってある!」

「……」

「私が他の男を皆殺しにしてしまう前に、君を箱にしまっておかねば……! そうだ、離れの結界を百重に強化して……!」

本気で心配し、本気で嫉妬し、本気で監禁しようとしている。

その見事なまでの駄目男ぶりに、リリアナは冷ややかな視線を送った。

そして、心底呆れたように言い放つ。

「アンタバカァ?」

「ッ!?」

「仕事だって言ってるでしょうが。誰が好き好んで、好きでもない男たちに愛想振りまくんですか。私はただ、公爵夫人という業務を遂行するだけです」

リリアナは手鏡で自分の髪をチェックしながら、淡々と続ける。

「それに、貴方が隣にいるんでしょう? 『氷の公爵』様が睨みを利かせていれば、誰も寄ってきませんよ。……まさか、自信ないんですか?」

「うっ……」

痛いところを突かれたジークフリートが呻く。

確かに、夫である自分がしっかりと守っていればいい話だ。

それを否定することは、夫としての能力不足を認めることになる。

「……わかった。行こう」

ジークフリートは苦渋の決断を下した。

だが、その表情は悲壮そのものだ。

「ただし! 私の側から片時も離れないこと! 他の男と会話する時は私が間に入ること! いいか、絶対にだぞ!」

「はいはい。うるさいですね」

リリアナは面倒くさそうに手を振った。

こうして、ジークフリートの胃痛と嫉妬が渦巻く中、パーティへの参加が決定したのだった。