軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

05.掘り出し物を見つけに行こう

数日後。

リリアナは外出の準備を整え、離れの玄関で仁王立ちする男を見上げていた。

「どいてください、邪魔です」

「ならん」

ジークフリートは頑として動かない。

彼は腕を組み、不機嫌を隠そうともせずに言い放った。

(なにがならん、だよ。別に私はあんたの所有物じゃあないでしょうが)

「どいてください」

「駄目だ」

「どうして?」

「君は私の妻だ」

「だからなんですか? あなた言いましたよね? 妻って。妻とは世間一般では夫の伴侶であって、貴方の所有物ではない。それは奴隷です」

「ぐ……う……」

リリアナの正論パンチを受け、ジークフリートがたじろぐ。

「それとも、あなたは私を奴隷だと思ってるんですか?」

「そ、それは違う! 誤解だ……! 君を奴隷となんて思っていない」

「なら私の邪魔しないでくださいまし」

「ああ……すまない……怒らないでおくれ……」

ジークフリートはガックリと項垂れた。

その背中からは「嫌われたくない」という悲壮なオーラが漂い、目に見えない犬耳がぺしゃりと伏せられているのが見えるようだ。

完全に捨てられた子犬の風情である。

(はぁ。まあ、適切な距離を取ってくれるなら許してあげるわよ。そもそも貴方に興味ないし。一応は夫だしね)

「別に怒ってません」

リリアナはジークフリートの横を通り抜けて、外に出る。

リリアナ達が住んでいるのは、ゲータ・ニィガ王国の王都だ。

平日・休日に限らず、街では市が開いており活気に満ちている。

「どこへ行こうというのかね?」

振り返ると、そこには当然のような顔でジークフリートがついてきていた。

(どこぞのなんとか大佐かよ……)

「街へ。マーケットを見たいんですよ」

「なぜマーケットにいく?」

「……あの、何か関係あるんですか?」

(どうしてそこまで執着するんだろうかこの人……かなりキモいんだけど……)

好きでもない相手から執着されても、不愉快なだけだった。

が、さすがにそれをストレートには言わない。リリアナは大人なので。

「私も同行しよう。なにか危険があるやもしれん」

(目の前に危険人物はいるんですがそれは……)

「必要ないです」

「駄目だ、何かあったらどうする。君は無防備すぎる」

「何か関係あります? 私たちはただの契約上の夫婦でしょう」

「ぐっ……」

ジークフリートが胸を押さえてよろめく。

初夜の絶縁宣言が、またしても彼を刺したようだ。

「そ、それでもだ! 君に何かあれば、私の……私の安眠が脅かされる!」

(なんだ、結局自分のことか。なんなんだろうね、この人)

「はいはい、そうですか」

リリアナは適当に聞き流し、さっさと歩き出す。

「まあ、どうしてもついてきたいなら止めませんけど。荷物持ちくらいはしてくださいね」

「! 任せろ!」

ジークフリートの表情がパッと明るくなった。

彼は尻尾を振る幻影が見えそうな勢いで、リリアナの後に続いた。

城下町の市場は、活気に満ちていた。

様々な商店が軒を連ね、香辛料の刺激的な香りや、焼き菓子の甘い匂いが漂っている。

だが、リリアナたちが歩く一帯だけ、モーゼの十戒のように人が割れていた。

「お、おい見ろ……あれ、ヘイリス公爵様じゃないか?」

「ヒッ、目が合った! 殺される!」

「なんでこんな所に……まさか視察か? 粗相があったら一族郎党氷漬けにされるぞ……」

周囲の民衆は震え上がり、遠巻きにジークフリートを見ている。

当の本人は、周囲の恐怖など意に介さず、鋭い眼光を四方八方に飛ばしていた。

「どいつもこいつもジロジロと……。おい貴様、私の妻を見るな。眼球を凍らせるぞ」

「……閣下、うるさいです。威嚇しないでください」

リリアナがピシャリと言うと、ジークフリートは「うっ」と口をつぐんだ。

「だ、だが、こんな無防備に歩いては危険だ。もっと私の側に……」

「近い、暑苦しい。あとで荷物持たせるんで、三歩後ろを歩いてください」

「はい……」

しゅん、と肩を落とし、ジークフリートはおとなしく後ろに下がった。

その様子を見ていた民衆たちが、ギョッと目を見開く。

「えっ……?」

「あの『氷の公爵』が、女の人に怒られてシュンとしてる……?」

「完全に尻に敷かれてね?」

「あの奥さん、何者だ……?」

ヒソヒソという噂話が広まるが、リリアナは気にしない。

リリアナがやってきたのは、マーケットの中でも特に、骨董品を扱ってる人が多い区画だ。

(掘り出し物があるかもしれないしね)

とある店の前で足を止める。

店主の老人は、やる気なさそうにあぐらをかいて、欠伸をしていた。

「いらっしゃい。……なんだ、冷やかしなら帰ってくれよ。うちはガラクタしか置いてねえからな」

店主はリリアナたちの身なりを見て、場違いな客だと判断したようだ。

リリアナは品物を見渡す。

床には、魔力が切れたランプや、刃こぼれした剣、用途不明の金属片などが無造作に積み上げられている。

(いいわね。宝の山だわ)

リリアナの目が輝く。

彼女の【漢字付与】には、もう一つ強力な使い方がある。

それは「概念の再定義」による修復だ。

リリアナは店の奥に転がっていた、大きな金属の箱に目を留めた。

「おじさん、これ見せてもらっていい?」

「ああ? そりゃダンジョンから出土した『遺物』だよ」

「遺物……?」

「たまにあるんだ。なんかよくわからない、変な道具が。一説によると、異界から流れ着いたもの、漂流物とも言われてるね」

「へえ……そう……異界からの漂流物ねえ……」

「扉は錆びついて開かねえし、何に使うかも分からんゴミだ」

店主は鼻を鳴らす。

だが、リリアナには分かっていた。

その形状、背面の放熱板らしき構造。

それは前世でよく見た「1ドア冷蔵庫」そのものだった。

(まさか異世界で冷蔵庫に出会えるなんて! これは運命!)

「これ、買います。いくら?」

「金貨一枚……と言いたいが、邪魔だし銀貨五枚でいいよ」

(銀貨五枚……日本円にして五千円くらい? 粗大ゴミ扱いとはいえ、破格だわ!)

「商談成立」

リリアナは即座に支払いを済ませる。

そして、錆だらけの鉄塊に手を触れた。

「おいおい、そんな汚いもん触ると服が汚れるぞ」

店主が止めるのも聞かず、リリアナは指先に魔力を込める。

空中に描くのは二つの漢字。

『修復』

そして、

『氷雪』

書き終えた瞬間、バヂヂッ! と激しい魔力のスパークが走った。

赤錆がボロボロと剥がれ落ち、下から滑らかな白銀の塗装が現れる。

歪んでいた扉は真っ直ぐになり、蝶番がカチリと噛み合った。

さらに、ブウゥゥン……という低い駆動音と共に、箱の中からひんやりとした冷気が溢れ出し始めた。

「な、な、なんだありゃああああ!?」

店主が目を剥いて飛び上がった。

ただの鉄屑だったものが、一瞬にして輝く宝具へと変貌したのだから無理もない。

「うん、冷却機能もバッチリ。これなら飲み物も、アイスも保存できるわね」

リリアナは満足げに扉を開閉する。

庫内はキンキンに冷えており、現代の冷蔵庫以上の性能を発揮していた。

「ね、姉ちゃん! あんた何モンだ!? すげぇ! 魔法使いか!?」

店主がカウンターを乗り越えて駆け寄ってくる。

その目は、金貨を見る商人の目になっていた。

「頼む! その箱、俺に売ってくれ!? それに、ほ、ほかにも遺物があるんだ、よければ嬢ちゃんに直してもらえないだろうかっ!」

これはチャンスだ。

リリアナは内心でほくそ笑む。

自分の技術を売り込み、安定した副収入を得る絶好の機会。

「いいですよ。じゃあ契約書を……」

「ならん!!」

リリアナが口を開きかけた瞬間、背後から野太い怒声が響いた。

ジークフリートだ。

彼はリリアナと店主の間に割って入り、鬼の形相で店主を睨みつけた。

「その冷蔵庫は私が買う! いくらだ、言い値で払う!」

「え、いや、俺は修理を頼みたくて……」

「修理などさせん! リリーの力は私のものだ! 他の男のためにその手を使わせるものか!」

また始まった。

ジークフリートの「独占欲」という名の妨害工作だ。

彼はリリアナが社会と接点を持つのを極端に嫌がる。

金で解決し、リリアナを自分の鳥籠の中に閉じ込めようとする。

「邪魔しないでください。これは私のビジネスです」

「金なら私が出すと言っているだろう! この店のガラクタ、いや、この店ごと私が買い取る! だからリリーに関わるな!」

ジークフリートが懐から白金貨の袋を取り出そうとする。

店主は「ひえぇ」と腰を抜かし、リリアナの眉間には深い皺が刻まれた。

(ほんっとに、学習しない男ね……)

リリアナは冷徹な瞳で、暴走する公爵を見上げた。

そして、低く、短く告げる。

「おすわり」

その言葉は、魔力など乗っていないのに、絶対的な強制力を持ってジークフリートの鼓膜を叩いた。

「……ッ」

ジークフリートの動きが止まる。

条件反射だった。

彼は口を真一文字に結び、直立不動の姿勢で固まった。

まるで、主人に叱られた大型犬のように、シュンと項垂れる。

「くぅ……」

喉の奥で情けない声を漏らし、彼はすごすごとリリアナの後ろへ下がった。

その様子を見て、店主と、野次馬として集まっていた客たちが絶句する。

(し、躾けられてる……)

(あの氷の公爵が、一言で……)

「おじさん、話の続きをしましょうか」

リリアナはニッコリと微笑み、固まっている店主に向き直った。

障害物は排除された。

「この冷蔵庫は私が使いますけど、今後、持ち込まれた『遺物』の修理は引き受けます。報酬は成功報酬で七割。どうです?」

「は、はい! 喜んで!」

店主は首を縦に振るしかなかった。

こうして、リリアナは公爵の妨害を華麗にスルーし、安定した副収入源を確保することに成功した。

帰り道。

リリアナの後ろを、巨大な冷蔵庫を背負った公爵が、トボトボとついて歩く。

「……リリー、酷い」

「自業自得です。今度私の邪魔をしたら、『おあずけ』にしますからね」

「! それだけは勘弁してくれ! 今夜も君の部屋で寝かせてくれ!」

ジークフリートの悲痛な叫びが、夕暮れの街に響いた。

彼が「夫」としての威厳を取り戻す日は、永遠に来ないのかもしれない。