作品タイトル不明
第二十四話 時が止まった元侯爵
久しぶりに会った父、レオナルト・ヴェルナー元侯爵は、ずいぶん老け込んでいるように見えた。
その頭髪はほとんど白くなり、顔には多くの皺が走っていた。
そこは、王都の夜の闇に隠れ、時が止まったような小さな古文書保管庫だった。
侯爵家が取り潰しとなってから、古い友人を頼って父がそこに身を寄せていたことを、アルトは知っていた。
知っていながら、この十年間、一度も訪ねることができなかった。
もし父に会ってしまえば、失われたものを、本当に失われたものとして認めなければならない気がしていたのだ。
貴族でも何者でもなくなった父は、誰からも顧みられない古い文書の管理者を、十年も続けていた。
それはやはり、アルトが知っていた父とは違っていた。
「アルトか……」
「はい、父上。ご無沙汰しておりました」
「おまえも、歳をとったんだな……」
父は、すぐに次の言葉を紡ぐことができなかった。
しばらくの間、じっとアルトを見つめていた。
「……すまなかったな」
「父上が謝ることではありません。父上は、決して間違ったことをしたわけではないと思います」
アルトは少しだけ言葉を切った。
「それに……僕は今の人生を、悪いものだとは思っていません」
「そうなのか……?」
「貴族のままでは見えないものが、たくさんあったと思います。……僕は今、辻馬車の御者をしているのです」
「辻馬車……?」
「はい。辻馬車を通じて、貴族の方々だけではなく、引退された老兵の方や、貧民街の子どもたち、いろいろな方と出会いました。その方々から学んで、僕の人生はとても充実しています」
「もしや、侯爵家の 探しものの馬車(ロスト・キャリッジ) か?」
「はい。唯一、ヴェルナー家に残された財産です」
「私は、あの馬車が不正の証拠を見つけてくれたおかげで、こんな目に遭ったわけだが……」
レオナルトは、苦笑した。
「おまえは、うまく使っているのだな」
「うまく……かは分かりません。ですが、 探しものの馬車(ロスト・キャリッジ) は、様々な人々をつなぎ合わせてくれます」
「つなぎ合わせる?」
「はい。もしかしたら、あの馬車の本当の力は、『探す』ことではなく、『つなぐ』ことなのかもしれない。そう思うようになりました」
「つなぐ、か」
レオナルトは、何かを思い出すように目を細めた。
「それから、先日、王弟殿下をお乗せしました」
「王弟……エルンスト殿下か?」
レオナルトは、そこで少し訝しげな顔をした。
「なぜ王弟殿下が、辻馬車になど……」
「エルンスト様は、もう王家の方ではございません」
「何だと……?」
「エルンスト様は、父上の見つけた不正の証拠を握りつぶし、ヴェルナー侯爵家を取り潰した張本人だとお認めになりました。そして、父上に謝罪をされたいと」
アルトの言葉に、レオナルトは驚いたように目を見開いた。
「そうか。王弟殿下が黒幕だったのか……」
レオナルトは、小さく息を吐いた。
「それは、分の悪い戦いであったわけだな……」
その顔には、怒りよりも、疲れに似た悲しみが浮かんでいた。
「しかし、今さら謝罪と言われてもな……」
「ヴェルナー侯爵家の名誉を回復してくださるとも仰っていました」
「そうか……」
レオナルトは、ほとんど興味がなさそうに答えた。
侯爵家の名誉。
かつての地位。
十年前の父であれば、それを取り戻すことに意味を見出したのかもしれない。
けれど今の父は、ただ古い文書の山の中に座る、疲れた老人のように見えた。
二人は沈黙した。
互いに、次の言葉が出せなかった。
やがて、アルトが口を開く。
「少し、出かけませんか?」