作品タイトル不明
第二十五話 選択の正しさ
「懐かしいな」
レオナルトは馬車を見つめ、そっと車体に手を触れた。
「古くはなったが、きちんと手入れされている」
アルトは馬車の扉を開けた。
「どうぞ、お乗りください」
レオナルトが馬車に乗り込む。
その瞬間、アルトの脳裏に、ありし日の侯爵家の光景が甦った。
侯爵家の屋敷を出て、門前に待つ馬車へ乗り込む父。
背筋を伸ばし、気高く、堂々としていたその姿に、幼いアルトは憧れていた。
そのことを思い出した途端、目頭が少し熱くなった。
アルトは馬車の扉を閉め、御者台へ戻る。
「どちらへ向かいましょうか?」
「ふふ。まるでアルフレッドではないか」
レオナルトが小さく笑った。
アルトも、つられるように笑う。
アルフレッドは、ヴェルナー侯爵家に古くから仕えていた老齢の御者だった。
侯爵家が取り潰しとなって間もなく亡くなったが、馬車と、その力はアルトが引き継いだ。
「適当に走らせてくれ」
「かしこまりました」
アルトは軽く手綱を鳴らした。
馬車はゆっくりと走り出す。
元貴族の父子を乗せた辻馬車が、王都の夜を駆けていく。
レオナルトは、昔の乗り心地を確かめるように、静かに座っていた。
「父上は、後悔されているのですか?」
アルトが尋ねた。
「どうだろうな」
レオナルトは小窓越しにアルトの横顔を見つめ、少し考え込んだ。
「悔やんだことがあるとすれば、おまえやリディア嬢を辛い目に遭わせてしまったことだ」
「ご自身のことは?」
「私か……」
レオナルトは窓の外へ視線を移し、夜の王都を眺めた。
「奇妙なことに、私自身については、まったく後悔がないのだ」
「つまり……侯爵家が取り潰しになると分かっていても、父上は王宮の不正を告発したということですか?」
「ああ。もしやり直せたとしても、同じことをしただろう」
レオナルトは、そこでわずかに苦い顔をした。
「いや、前言は撤回しよう」
「撤回、ですか?」
「おまえやリディア嬢が不幸になると分かっていたとしても、私は同じ選択をしたと思う」
アルトは小さく笑った。
「不正が、どうしても許せなかったのですね」
「不正が許せない……少し違うな」
レオナルトは静かに首を振った。
「そうすることが、王国のためになると思ったのだ。それは、今も変わらない」
「そうですか……」
アルトは、少しだけ間を置いた。
「でも、もし王国を良くするために、侯爵家を潰さずに済む別の方法があったとしても、父上は同じように告発したのですか?」
レオナルトは苦笑した。
「それを言われると、辛いな」
そして、窓の外へ視線を戻す。
「そうだな。もっと正しい方法があったのかもしれん」
「どうでしょうね。もちろん、僕にも分かりません」
辻馬車は、夜の王都を駆けていく。
しばらくして、車輪の音がゆっくりと弱まった。
やがて、辻馬車は止まった。