作品タイトル不明
第十九話 王都への帰路
王都への帰りの馬車の中、アルトはほとんど何も話さなかった。
その膝の上には、リディアの名が記された古い帳面がある。
クラリスも、ミリアも、しばらく声をかけられなかった。
ラウネ村は、貧しいまま、支援済みにされた村だった。
そして十年前、そのことに気づいた一人の女性がいた。
——リディア・エーヴェルト。
アルトが十年探し続けている婚約者の名は、王国が忘れさせようとした記録の中に、確かに残っていた。
やがて、クラリスが静かに口を開いた。
「アルトさん」
「はい」
「私、また見つけたいものができました」
アルトは顔を上げる。
「何を、ですか?」
クラリスはアルトの横顔を見る。
「リディア様が届けようとしたものを」
それから、少しだけ間を置いて続ける。
「そして、リディア様ご自身を」
アルトは何も言えなかった。
馬車は、夕闇の辺境道を王都へ向かって走っていく。
救いが届かなかった村の名を。
忘れられかけた女性の名を。
そして、十年前に途切れた約束を。
もう一度、誰かに届けるために。