軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十一話 パンが導く先

アルトはルカを馬車に乗せ、その住処に向かった。

辻馬車が夜の王都を走っていく。

そこは、誰からも忘れられたような王都の片隅にある、朽ちかけた馬小屋だった。

「ミナ、帰ったぞ。パンが腹いっぱい食べられるぞ」

ルカが声をかけるが、誰も答えない。

「おい、ミナ……?」

それほど大きくもない馬小屋の中を見て回る。

ルカの声に、緊張が滲んだ。

「おい、どこに行ったんだ!」

ルカはついに叫び出した。

「妹さんがいないのですか?」

まだそこに留まっていたアルトが、御者台を降りた。

「いない! ミナがいない! あいつ、熱を出してずっとここで横になっていたのに!」

「ルカさん、馬車に乗ってください」

「えっ? でも……」

「この馬車は 探しものの馬車(ロスト・キャリッジ) です」

「ロスト・キャリッジ……?」

「そうです。探しものがある人を、その場所へ連れていく馬車です」

「本当に、ミナを見つけられるのか?」

「ただ、強く思ってください。妹さんに会いたいと」

ルカは一瞬だけ迷い、それから慌てて馬車に乗った。

アルトはいつもより強めに手綱を鳴らした。

馬車が走り出す。

馬車は夜の王都を走る。

ルカの住処だった馬小屋からは、みるみる離れていった。

「おい、そっちじゃない!」

ルカが窓の外を見て叫んだ。

「ミナが一人でこんなに遠くに行けるわけがないだろ! 本当にミナのところに向かってるのかよ!」

「はい」

アルトは手綱を握り直す。

「この馬車が選んだ道です」

やがて馬車は、見覚えのある建物の前で止まった。

そこは、先ほどのグスタフのパン屋だった。

すでに店は閉まり、表の明かりも消えている。

「……なんで」

ルカの顔から血の気が引いた。

「ここじゃない。ミナが、こんなところにいるはずがない!」

「行ってみましょう」

アルトが御者台を降りた。

ルカも慌てて馬車から飛び降りる。

「ミナ! いるのか!?」

ルカが叫ぶ。

その声を聞きつけたのか、店の奥からグスタフが出てきた。

「おい、静かにしろ!」

グスタフは二人の顔を見て、眉をひそめる。

「またあんたらか。病人が寝てるんだ。騒ぐんじゃねえ」

「病人……?」

ルカが固まった。

「ミナを……どうしたんだよ」

「どうしたも何もねえ。店の前で倒れていたんだよ。熱が高かったから、奥で寝かせてる」

「店の前で……?」

「そうだ。店先で子どもに倒れられたら邪魔だからな。仕方なく上げたんだ」

グスタフは不機嫌そうに「ふん」と鼻を鳴らした。

「おまえの知り合いなら、見ていけ。ただし、今は休んでるから静かにしろよ」

グスタフが中へ入るよう促した。

ルカとアルトは、パン屋の中へ入っていく。

奥の小さな部屋に、寝台があった。

そこに、小さな少女が横たわっていた。

薄い毛布をかけられ、額には濡れた布が置かれている。

「ミナ……」

ルカが寝台のそばへ駆け寄る。

ミナの頬は赤く、呼吸は浅かった。

けれど、朽ちかけた馬小屋の冷たい床で眠っているよりは、ずっとましに見えた。

「ずいぶんひどい熱だったぞ」

グスタフが腕を組んで言った。

「まさかこのお嬢ちゃんがおまえの妹だとはな。小さい子をひとりで置いておくな。……と言いたいところだが、そうするしかなかったんだろうな」

ルカは何も言い返せなかった。

「俺たちは親もいないんだ。俺が外に出て食べ物を持ってこないと、生きていけないんだよ」

グスタフは「ふん」と鼻を鳴らした。

「だからって盗んでいい理由にはならねえ」

「分かってるよ……」

「分かってるならいい」

その時、ミナがうっすらと目を開けた。

「お兄ちゃん……?」

「ミナ!」

ルカが身を乗り出す。

「ほら、起きちまったじゃねえか」

グスタフが顔をしかめる。

しかし次の瞬間、彼は声を少しだけ和らげた。

「お嬢ちゃん、大丈夫か。うるさくして悪かったな。ゆっくり寝てていいんだぞ」

先ほどまでのルカへのぶっきらぼうな口調とは、まるで違う声だった。

「ミナ、なんでこんなところにいるんだよ!」

ルカが問い詰めるように言う。

「おい。病人に怒鳴るな」

グスタフが低く言った。

ミナは、泣きそうな顔で小さく答えた。

「……一人で怖くて、お兄ちゃんを追いかけたの」

「なんでそんなこと……!」

「お兄ちゃん、帰ってこなかったから……」

ルカは言葉を失った。

グスタフが、ぼそりと言う。

「俺がおまえを追いかけて戻ってきたら、この子が店の前で倒れていた。その後に、おまえがパンを返しにきたんだ」

「……」

「この子は、おまえがパンを買いに行ったと言っていたぞ」

ルカは、抱えていた紙袋を見下ろした。

買ったパンではなかった。

盗んだパンで、返したパンで、そして、グスタフから渡されたパンだった。

「帰るぞ」

ルカは、絞り出すように言った。

「ミナ、こんなところにいたら迷惑だ」

「無茶を言うな」

グスタフが即座に言った。

「この熱で動かす気か。今日はおまえもここで寝ていけ」

「でも……」

「妹がよくなったら連れて帰ってもらわんと困る。だから、それまでここにいろ」

それは追い払う言葉ではなかった。

あまりに不器用な、泊まっていけという言葉だった。

ルカは俯いたまま、唇を噛んだ。

「あの……」

それまで黙って様子を見ていたアルトが口を開いた。

「今日は遅いので、グスタフさんのお言葉に甘えましょう。明日、僕が救護院へお連れします」

「救護院……?」

ルカが訝しげにアルトの顔を見た。

「あなたたちを守ってくれるところです」

「俺たちを守ってくれる大人なんていない……」

「そんなことはないですよ」

アルトは静かに言った。

「今夜だって、あなたは、妹さんを見つけて、守ってくれた大人に会ったじゃないですか」

ルカは、グスタフを見た。

グスタフは気まずそうにそっぽを向く。

「見つけたんじゃねえ。店の前で倒れてたんだ」

「それでもです」

アルトは穏やかに言った。

「ルカさんが探していたものは、妹さんだけではなかったのかもしれません」

「……何だよ、それ」

「妹さんを見つけてくれる人。助けを求めてもいい場所。そういうものです」

ルカは何も言えなかった。

ミナが、小さくルカの服の袖を握る。

「お兄ちゃん……ここ、あったかいね」

その一言に、ルカは顔を歪めた。

盗んだパンを抱えて逃げ回った夜。

その先で見つけたのは、妹だけではなかった。

ルカは、自分たちがまだ誰かに見つけてもらえるのだということを知った。