軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第十話 追われる少年

王都の夜の繁華街。

アルトの辻馬車は、乗客を探しながら、ゆっくりと石畳を進んでいた。

「乗せて!」

突然、幼い声が辻馬車を止めた。

アルトが応じる間もなく、少年が器用に馬車の扉を開け、飛び込むように乗り込んできた。

「ちょっとだけ、ここにいさせて」

少年は小さな紙袋を胸に抱え、息を切らしていた。ひどく痩せて、身なりもきれいなものではなかった。

アルトが振り向き、声をかけようとしたとき、後ろから中年の男が走ってきた。

「どこだ、クソガキめ!」

男が叫びながら、辺りを見回す。

アルトは、その男を知っていた。

繁華街の角で店を構えるパン屋の主人、グスタフ・ローデンだった。

「お、アルトさん。この辺で逃げている子どもを見なかったか?」

アルトは少しだけ沈黙した。

「グスタフさん、もし見つけたら、僕が連れて伺います」

「……本当だな?」

「はい。盗んだものは、必ず返させます」

アルトの顔をじっと見たあと、荒く息を吐いた。

「頼むぞ。ここのところ何回もやられてるんだ」

グスタフはそう言い、別の路地へ駆けていった。

アルトは改めて、馬車の中の少年を振り返った。

「どちらまで?」

少年は気まずそうに視線を逸らした。

「俺、お金持ってないから降りるよ」

そう言って馬車から降りようとする少年を、アルトが静かに引き止めた。

「これは秘密なんだけれど、僕は子どものお客様からは代金をいただかないことにしています」

少年が動きを止める。

「本当?」

「はい。ただし、代金の代わりに、お話を聞かせていただきます。嘘はなしで」

少年は少し迷ったあと、小さく頷いた。

「……話くらいなら、いいよ」

「ありがとうございます。まずお名前を伺ってもよろしいですか? 僕はアルトと言います」

「俺はルカ」

「ルカさん。では、何かお困りのことがあるのではないですか?」

「困りごと?」

ルカは小さく笑った。

「俺は親もいないし、金もないし、家もない。困ってることだらけだよ。俺にいるのは、毎日お腹を空かせて、具合の悪い妹だけだ」

「妹さんが、具合を悪くされているのですか?」

「うん」

ルカは紙袋を抱く腕に力を込めた。

「だからパンがいるんだ」

「それが、パンを盗んだ理由ですか?」

「……」

「パンは返してください」

ルカはアルトを睨んだ。

「嫌だ。これがないと妹が……」

「これも秘密なのですが、僕は子どものお客様にパンを買ってあげることもあります」

「え……?」

「ですから、そのパンは返して、お店の方に謝りましょう」

「でも……」

「盗んだパンを持ったまま逃げても、妹さんを守ることはできません」

ルカは唇を噛んだ。

「あなたは追われ続ける。いつか捕まる。そうなれば、妹さんの面倒を見る人がいなくなります」

「……」

「妹さんを守りたいなら、逃げ続けるのではなく、助けを求められる場所を探しましょう。この王都にはそんな場所もあります」

「王都はそんな場所なんかじゃない! 大人は誰も助けてなんかくれない!」

「僕を信じてください」

ルカは紙袋を見下ろした。

しばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。

「……わかった」

アルトが手綱を軽く鳴らす。

馬車は夜の繁華街をゆっくりと進み、先ほどのパン屋へ向かった。

パン屋のグスタフは、憎々しげにルカを見た。

ルカは俯き、紙袋を差し出した。

「ごめんなさい」

グスタフは紙袋を乱暴に受け取った。

「すみません」

アルトが静かに言った。

「具合の悪い妹さんに食べさせたかったようです。だからといって、許されることではありませんが……少しだけ、大目に見てやっていただけませんか」

グスタフの顔がわずかに緩む。

けれど、すぐにまた怒ったような表情に戻った。

「ふん。こんなパンはもう売れねえ。客に出すわけにもいかん」

グスタフは、紙袋をルカに突き返した。

ルカは戸惑った。

「え……?」

「持っていけ。腹を空かせた妹に、盗んだパンを食わせるよりはましだ」

「……ありがとう」

「礼じゃねえ。次に盗んだら、ただじゃおかねえぞ」

「うん……」

「はい、じゃねえのか」

「……はい」

ルカが小さく答えると、グスタフは「ふん」と鼻を鳴らした。

「それから、アルトさん」

「はい」

「売れ残ったパンは、店じまいの頃には捨てる。どうせ捨てるくらいなら、あんたが必要なところに持っていった方がましだ」

「ありがとうございます」

「礼を言われることじゃねえ。捨てるのが面倒なだけだ」

最後まで怒った顔で、グスタフはそう言った。