作品タイトル不明
歪み
次の年に後輩が入ってきた。
「いろいろ訊いてしまって、すみません」
学院を卒業したばかりの青年が、照れながら礼を言う。
「私は失敗した分、対処方法を知っているのよ。そのうち、自信を持ってやれるようになるわ」
そう返事すると、元気よく「頑張ります」と言って机に戻っていった。
それから半年ほど経った頃。
「今度、職場の飲み会があるじゃないですか。その後、ホールに行きませんか」と、その後輩に言われた。
ホールとは、若者が大音量の音楽で踊り、お酒を飲む場所らしい。私は近寄ったこともない。
男性から呼び出されるというだけでも、嫌な記憶が呼び起こされる。はっきり言って気が乗らない。二次会に選ぶ場所としては、どうなのだろう?
なぜ私を誘う? そんな場所に? 他には誰が行くの?
疑問が次々と湧いてくるが、断る勇気もなかった。
飲み会当日、なんとなくその後輩から遠ざかる席を選んでしまった。
お酒が入ってほろ酔いになった人たちは、飲み会が終わるとすぐ帰る人と二次会に行く人に分かれていく。
店の外に出ると、いくつかの集団に分かれていた。見回しても、後輩の姿は見えない。トイレに行っている可能性もある。
だが、見回したことで「義理は果たした」と自分に言い訳が立つ。
さりげなく帰宅する人たちの中に入り、私は帰ってしまった。
次の日に「ごめんね。何だった?」と訊いたが、「もういいです。大丈夫です」と言われた。きっと大した用事じゃなかったのだろう。
飲み会で、私よりも頼りになる人に相談して解決したのかもしれない。
私は時々、所作がきれいだと褒められる。
ありのままで愛されないと気付いてから、少しでも価値を高めようとマナーの本を読んだ。会話が下手だったので、接客術の本を熟読した。
それらが身についたときは、ほんの少し価値のある人間に思える。
けれどそれが日常になると、また、自信がなくなるのだ。何かに追い立てられるように……。
実家で、またお見合いの話をされた。
「結婚なんか諦めていますから、話を持ってこないでください」
「何を言う。お前は評判のいい、自慢の娘だ」
父はそう言った。
結婚してくれる相手がいないというのもそうだが、子どもを持つことも怖くなっていた。
子どもを持ったら、きっと母のように、ちくちくと陰険に言葉で追い詰めてしまう。素直に愛せる自信がない。
それに、母は先輩面して関わってくるだろう。せっかく一人暮らしをして距離を取れたのに、兄弟に向けられていた世話焼きの矛先がこちらにきたら堪らない。
子どもの頃に欲しかった愛情や関心を、大人になり不要になってから向けられても、嫌悪感で受け取れない……。
「姉さんはモテるじゃないか。穏やかで優しくて、結婚相手に困らないと思うけど」
弟が呑気なことを言う。
「いい加減なことを言わないで! 私が人に好かれるはずがないじゃない」
つい、苛立って大きな声を出してしまった。
最近、実家に帰ると、我慢の限界が来てヒステリックになることがあるのだ。
「……帰るわ」
そんな自分が嫌になって、その場から逃げた。
その後、一人抜けた状態で、予定どおり少し豪華な食事が始まった。
「姉貴、なんか変じゃない?」
弟が首を捻る。
「子どもの頃に、『お前なんか好きになる奴はいない』って傷つけられたらしい」
兄はそれを家族の前で暴露した。あれから、誰がそんなことをしたのか探っているが、わからないままだ。
「そんな昔のことに拘っているの? 相変わらずうっとうしい子ね」
母が笑った。
「お前は何も気付かなかったのか?」
父が少し咎めるように、母に訊く。
「あの子は……秘密主義じゃないですか」
娘の話を聞く習慣がないことは、黙っていた。
息子たちの愚痴は聞いてやり、溜まったストレスを娘にぶつけてきた。優しく、大人しい、良い子だから。
娘は愚痴なんかこぼさないし、たまに話を振っても「特に何もないわ」と言うのだ。
だから、自分は悪くない――母は、そう思う。