作品タイトル不明
勘違い発覚
「あの魔術師の人を振っちゃったんだって? ほんわか系でお似合いだったのに」
仕事帰り、同僚の女性に食事に誘われた。向かい合って料理が来るのを待っているところだ。
「何を言っているの? 私を好きだなんて、あり得ないでしょう。
そんな不名誉な噂は、あちらの方の迷惑になってしまうから、やめてね」
見かけほどいい人じゃなかったなんて、わざわざ言う必要はない。
「え、だって、本人から……」
同僚は首を四十五度くらいかしげた。まるで首の筋をストレッチしているかのようだ。
「なんであり得ないとか言ってるの? あなたは優しいし、いい人だし、人から好かれるタイプだよ」
同僚の前に皿が置かれた。
「それは、優しいと思われるように振る舞っているだけ。私の場合は、いい人じゃなくて、『都合のいい人』だと思うわ」
こんな深い話は、あまり他の人にはしない。この同僚はするりと人の懐に入ってくるから、ついしゃべってしまうのだ。
「ええ~。なんで、そんな悲しいことを言うの?」
サラダを突きながら、眉をひそめた。
「あなたこそ優しいわ。ちゃんと相手と向き合って、その人のために意見を言ってあげるじゃない。
私は、違うと思っても訂正しないの。そういう考え方もあるのかって放置しちゃう。ちっとも優しくないでしょ」
ただの日和見主義だし、他人の人生に責任なんて持てないし。
「ねえ、おかしくない?
もしかして、自分は人から好かれるはずがないとか思ってるの?」
ああ、なんて鋭いのだろう。今まで誰も気がつかなかったことを、指摘された。
「……そうね。思っているというか、事実だわ」
「なんで?」
「見ててわかるでしょう? 愛嬌もないし、冗談も通じないし、服のセンスもないし」
「それ、誰に言われたの?」
――誰に?
「……主に、母だわ」
「愛されるはずないっていうのも?」
あ、これはちょっと腹を立てているのね。母を弁護しないと。
「それは……子どもの頃に思い知らされたのよ」
「詳しく話しなさいよ」
「つまらない話だわ」
「いいから」
追求する体勢に入られてしまった。こうなったら白状するしかない。
「昔の話よ?
『告白したいと言っている人がいる』と呼び出されて、ついていったの。そうしたら、嘘だったのよ」
「騙されたってこと?」
「そうね。そんな意地悪をするくらい嫌われていたんだわ」
「そんなの、そいつだけでしょ?」
彼女は私の代わりに怒ってくれている。ほら、やっぱり優しい。
「その場に何人もいたのに、誰も反論しなかったもの」
苦笑いで、胸の痛みを誤魔化した。
この数日後、実家に呼び出されてお見合いをしろと言われた。
「無駄だからしません。私が結婚できるなんて、見当違いな期待はしないで」
と、言ってしまった。
母親にすら愛されない私を、他人に押しつけるなんて迷惑でしょう。無責任だわ。
家族はぽかんとしていたけれど、なぜそんなことを言うのか訊いてくれる人はいなかった。人並みに結婚させたら安心できるって、それだけなのよね……。
しばらく実家に寄りつくのはやめておこうと思う。
私の知らないところで、同僚と兄と……魔術師の彼が密談をしていたらしい。
「結婚できるはずないって言うんだ。何か、聞いてないか?」
兄は先日の様子を不審に思い、妹と仲のいい同僚に話を聞こうとした。その同僚は魔術師を誘って、三人で酒場に来た。
「その前に、あの子は『自分が好かれるわけない』って思い込んでる。あなたのことを振ったと思ってないわよ」
「え? だって、返事もしてくれなくて……嫌われたのかな」
「いい人って言ってたわよ。あなた『好き』って言ってないでしょ」
同僚は串焼きを魔術師に突きつけた。
「そんな、好きだから付き合いたいんだし……」
もごもごと言い訳めいたことを口にする。
「それに、あの子はお酒を飲まないでしょ? 酔っ払いにからかわれたと思ってたわよ」
「ええ~、酒の勢いは借りたけど、本心なのに……」
魔術師は頭を抱えた。
「酒飲みじゃない子は、酒飲みの生態なんか知らないからね。
素面じゃなかったことは、反省したら? 意気地無しさん」
「ついに告白したのか。でも、それを告白と認識していない?
それはともかく、好かれるはずがないって、理論が飛躍していないか?」
兄は魔術師を応援していた。先日のお見合いの話では、用意した釣書の中にこの魔術師のものも入っていた。妹は見もしないで帰ってしまったが。
「お兄さん、ちょっと待ってください。それ以前の話です。
彼女は告白されると、自動的に『からかわれている』と解釈しているんです。子どもの頃に傷ついたのが、まだ癒えてないみたいで」
二人の男が、ぽかんと口を開けた。
「なんだ、それ?」
「お兄さんも知りませんでしたか? 嘘告されて笑われたんですって。『お前なんか好きになる奴はいない』みたいな……?」
母親から愛されていないという話はしづらかったので、少し脚色してしまった。
「誰だ、そんなことをしたのは」
兄は声を荒げないように、声を小さくした。それが逆に恐ろしい。
「頑なに言わなかったですね。彼女の性格だったら、言わないと思います。自分が耐えればいいと考えて、愚痴もこぼさなんだから」
同僚はため息を隠すように、酒を飲んだ。