作品タイトル不明
手紙の返事
手紙を持って職場の席に戻る。歩き慣れた廊下がやけに長く感じた。
「呼ばれた理由は何だったの? 顔色が悪いよ」
同僚に心配をかけてしまったようだ。
「一人で抱え込まないで、吐き出して。聞くから」
人からの手紙を第三者に見せるなんて、お行儀が悪い。それはわかっているのだが、この気持ち悪さを……一人では抱えきれない。
持っていた手紙を同僚に渡した。
「これ……あの男からの手紙なのね?」
そう確認されて、うなずいた。
「読んでいいの? その前に休憩所に移動しましょうか」
中庭が見える廊下にベンチが置いてあり、ちょっとした休憩や私的な来客対応に使えるようになっている。そのベンチに並んで座った。ガラスを通した陽ざしが、足元を温める。
「読むわよ?」
同僚が手紙を取り出して開く。その乾燥した紙の音を、中庭の木を眺めながら聞いていた。何度か息を呑む音がして、深いため息で締めくくられた。
「……頭がおかしい。なんでこの期に及んで上から目線なわけ?」
同僚は手紙を素早くたたんで、私に返した。一瞬、受け取るのをためらってしまったが、仕方なく受け取った。持っているだけで精神が汚染されそうな気がする。
「返事を書いた方がいいと思う?」
「また、いいように誤解するわよ。やめておきなさい」
「……そうよね。捨ててもいいかしら?」
「持っていたくない気持ちはわかる」
同僚は、捨ててしまえと背中を押してはくれなかった。この手のものは、判断が難しい。
赤いバラの男の手紙は、彼の実家へも届けられた。
「あの子の字じゃないわ」
母親が、使者を睨みつけた。
「通常は、秘匿すべき箇所を黒塗りにしております。ですが息子さんの手紙はその部分が多すぎたため、お伝えできる部分のみを書き写しました」
使者は内心、軍の守秘義務を理解していない兵士に呆れた。だからこそ罪を犯し、それでいて反省が薄いのだろうと軽蔑している。
そして今、母親の反応を見て、書き写したものにしてよかったと胸をなで下ろした。
「あんな美しくて優しい子が、殺されていいはずがないわ!」
母親が手紙を握りつぶして叫ぶ。
父親は母親を腕の中に閉じ込め、優しく手紙を奪った。
「お勤め、ご苦労様でございました。妻を宥めなければいけませんので、お引き取り願えますか」
「わかりました。ご子息への伝言やお手紙などはよろしいですか?」
父親が少し思案していると、母親がその腕の中で暴れている。
「母が助けてあげると、伝えてください! 最後まで希望は捨てないでと!」
「駄目だよ。それは許されない。これ以上罪を重ねる気かと、心証が悪くなるだけだ」
父親は慣れた手つきで、ハンカチを妻の口に突っ込んだ。もごもごと暴れる妻の腕を背中で一つにまとめて、片手で拘束する。華奢な妻には、体格のいい夫の手を振りほどけないだろう。
「……見事な手際ですね」
使者が思わず賞賛した。整った顔立ちの女性が、ハンカチを口から出そうと顔中の筋肉を動かしている。なりふり構わず、息子を救おうとする母親の姿に、使者はそっと目を逸らした。
「お恥ずかしい限りです。……息子には、『見苦しくない散り際を』と伝えていただけますか」
それを耳にした妻はさらに激しく抵抗し、涙を流しながら身もだえている。濃い化粧が崩れ、絨毯に染みを作った。
使者は、一礼をして辞去することにした。この後は、夫婦二人の問題だ。