作品タイトル不明
事情聴取
兄は時計をちらりと見た。座らずに中腰で話をすることにしたようだ。
「あいつが馴染みの娼婦に情報を漏らして、その娼婦から隣国の王弟の手の者に警備体勢が伝わった。
決定的な情報を漏洩したきっかけが、ここでお前があいつからのプレゼントを受け取らなかったことらしい」
兄は「ここ」と言いながら、指でテーブルを叩いた。
「私が? プレゼントを受け取らなかった? いつのこと?」
「祭典の何日か前に、食堂であいつが騒いだじゃない。あのとき、箱を置いて行ってたわよ」
同僚がわたしを呆れたように見た。
「箱は見かけたけれど、何も言われなかったし。私宛じゃないでしょ」
「あー、まあ、真実はどうあれ、あいつが取り調べでお前の名前を出したから、また聴取に呼ばれると思うぞ。心の準備はしておけ。じゃあな」
兄は伝えたいことを言い終わったようで、トレイを返却口に持っていき、そのまま立ち去った。
「午後も仕事が山のようにあるのに……」
思わず文句を言いたくなった。
「私たちも早く食べちゃいましょう」
同僚の声かけにハッとし、あとは黙々と昼ご飯を片付けていく。
「いやぁ、娼婦とか、ないわぁ」
事情通の友人が呟いた。同僚がごふっとむせる。
「突然、そういうことを言わないでよ」
「ごめん、ごめん」
ほんの少し、彼が反省しているのかと思っていた。バラの花束や贈り物の箱と、不機嫌だけど謝罪の言葉があったのだ。
子どもの頃は好きな女の子に意地悪をしてしまう、そんな話を聞いたことがある。自分がそれに当てはまるとは思えない。けれど、もし、そうだったら……と考えたこともあった。
それも、先ほどまでの話だ。
私に好意を持ちながら娼館に通う? ありえない。やはり、ただの迷惑な、嫌な人なのだ。
兄の予告通り、午後の仕事中に呼び出された。途中で、露出が多く安っぽい服の女性とすれ違った。後ろ手に縛られて、兵士がその縄をしっかりと持っている。
「あ! あんたがあの男からのプレゼントを受け取っていたら、こんなことにならなかったんだからネ!」
顔を歪ませて、噛みつきそうな勢いで罵倒された。兵士が乱暴に縄を引っ張り、彼女を壁に押しつける。
「どうぞ、お気になさらず、行ってください」
「……ありがとうございます」
あの人が、情報を中継した娼婦なのだろうか。髪の色が、私と似ている気がした。平凡な茶色だから、珍しくもないけれど。
聴取の場で訊かれたのは、最近彼とどんな接触があったかということだった。
久しぶりに会い、よくわからないことを言われたという話しかできない。バラの花束を押しつけられて、掃除夫に託した話は大いにウケた。
「哀れな片想い……か」
誰かが、そう呟いた。彼が私に片想い? ずいぶんとロマンチストな取り調べ官だ。
あの娼婦は、自分を被害者だと主張したそうだ。
「仕事の愚痴と、他の女の惚気ばかり。仕事だから愛想良くしたけど、イライラしちゃうヨ。
その後のお客さんは優しくて、あたいの愚痴を聞いてくれた。だから、『こんな面倒くさい客がいて、こんなことを言ってた』って、話しただけヨ」
彼の愚痴から、危険物の捜索をした場所が推察できる。その後に危険物を隠せば、発見されるリスクが下がる。
そうして、公園の花壇に発煙筒が仕込まれた。
王女たちが来る直前に、屋台で売る鈴が起爆装置入りのものにすり替えられた。誰か一人でも、王女たちが花束を受け取るところを見に行けばいい。
煙に紛れて、客に扮していた刺客が王女たちを襲う。王女に怪我をさせ、警備の不備を責めて、開戦に持ち込めば成功だ。
生き残った刺客はそんな計画を白状した。
その情報を基に娼婦を探し、口の軽い兵士に辿り着いた――と。
「煙を吹き飛ばすという功績をあげたのに。情報漏洩の罪とは、相殺できませんね、きっと」
もしかしたら、私と二人並んで表彰されたかもしれないけれど。
「一応やる気に満ちた青年だったのに、残念ですよ」
「野心が強すぎて、やる気が空回りしていたみたいだけどな。それに情報漏洩の意識が低いという点で、兵士に向いていなかったんだ」
「侯爵家から息子の仇だと睨まれたら、この先、ろくな人生は待っていないさ」
聴取を終えて、取り調べ官たちはそんな雑談をしていた。