作品タイトル不明
前日
祭典の前日、軍部の庭に関係者一同が集められた。普段から王都の治安を守る警備隊や、危険物の確認や撤去を担当する工兵部隊、祭典のために地方から集められた兵士たち、細々とした手配を担う文官も含まれている。
軍務卿は一堂を見回し、直々に演説を始めた。
「諸君の働きによって祭典の警備体制が整えられ、明日を迎えられることになった。
祭典は宰相府の指揮の下で進行されるが、我々は会場および来賓や民衆の安全を確保し、各行事が問題なく行えるよう尽力しなければならない。
この式典は、戦争終結三十周年の節目に、諸外国との友好関係の確認という大きな意味を持っている。今後の平和のためにも、必ず成功させなければならない。
一方で、終結の条件に納得していない老人たちや、戦争の悲惨さを知らない若者たちに不穏な動きが見られる。貴賓への危害、パレードの妨害、不審物の設置などが懸念されている。
怪しい場所は人海戦術で確認済みではあるが、当日は、より一層気を引き締めて警護にあたるように。
不審人物による襲撃等が発生した場合、生存確保に拘らず鎮圧を優先せよ。式典の進行を妨げないよう、現場指揮官の判断で迅速に対処すること。
明日は敵を打ち倒すのではない。平和を守るため、全員で一致団結して励もうではないか」
軍務卿が右手をさっと上げる。
ひりつく緊張感が、熱に変わる。私たちは踵を鳴らし、右の拳を胸に当てた。訓練された動きが一体感を醸し出す。
司会を担当していた補佐官が、そんな空気を和らげた。
「適度な緊張はよいけれど、硬くなって動きが鈍くなったり、無駄に威圧して和やかな雰囲気を壊したりしないように。
すでに来訪している賓客の警護でこの場にいない人にも、軍務卿の言葉を伝えてください。
それから、後日、賓客が帰国されるまでは油断できませんから。明日の祭典が終わったからと言って、飲みに行ったりしないようにね」
集会が終わり、それぞれの部署に散っていく。
同僚と並んで歩いていると、名前を呼ばれた。振り返ると魔術師がこちらに向かってくるところだった。
「あのさ、食堂で大変だったって聞いたんだけど。大丈夫?」
この人はこういうことを言うから、いい人だと思ってしまうのだ。
「はい。この子が撃退してくれたので」
と、同僚を手のひらで示した。
「あはは、そっか。なら、安心だね」
魔術師はローブのポケットに手を突っ込んだ。
「そーですよ。私がついているんで、大丈夫です」
同僚が胸を張ってみせる。
「うん。もう解決したかもしれないけど、念のためにこれ、あげる」
魔術師はポケットから指輪を取りだした。包装もしていない指輪を、無造作に。
「指先を向けて、この石を押すと空気の塊が飛び出すんだ。大人の男でも吹っ飛ばすことができるから、その隙に逃げて」
「え……あの、最先端の技術とか、使ってません? ちょっと、もらうわけには……」
ふと赤いバラを思い出し、腰が引けてしまう。
「指輪にするあたりが、なんとも……まあ、いいけど。ねぇ、祭典が終わって、例の男が地方に戻るまで借りておけば?」
同僚にそう言われると、素直に受け取っておいた方がいい気がしてくる。
「あの、では、ありがたくお借りします」
「うん。そうして。じゃあ」
と、魔術師は去って行った。
「ほら、さっそくはめてみなよ」
小指には大きく、中指には小さい。
「……薬指? あ、右手の薬指にしようかな。でも書類書くときに邪魔か」
「左手にはめたら?」
同僚が呆れたように言った。