軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

56 婚約式

56 婚約式

フローラ・スペードとテリウス・マクミランの婚約式。

あの婚約式を、フローラは繰り返し夢に見た。

華やかな音楽と笑い声。

色とりどりのドレス。

そしてまばらな人影。

どこかうわずった笑顔。

誰もが、盛大な式になると思っていた。

フローラもそうするつもりだった。

実際、招待状を受け取った若者たちは、口々にそう言っていたのだ。

「園遊会なんて顔見せよ」

「隣国の王子が来ようと、結局は王族の催しでしょう?」

「フローラたちの婚約式の方がずっと楽しいわ」

そんな言葉を、フローラは疑わなかった。

彼女自身も信じていた。

自分たちは時代の中心にいるのだと。

だが、現実は違った。

開始時間を待たずに現れる友人。どこか見慣れない雰囲気の服装。

来ると言っていた者が現れない。

やって来ても、どこか落ち着かない。

使用人が耳打ちをする。迎えの馬車が来る。

そして、ひとり、またひとりと退出していった。

「伯母は、ミネルバ様の装いを楽しみにしてるって」

「祖母がどうしても園遊会へ行けって……」

「どうしてもこちらに顔を出したかったの」

そんな言い訳を残して、若者たちは連れ立って去っていく。

そのたびに、会場の空気が冷えていった。

スペード夫妻の笑顔は、次第に引きつっていった。

そして、決定的だったのはマクミラン家当主だった。

彼は園遊会の終盤に姿を現したと聞いた。

「婚約式をしていて遅れた。めでたいことが重なった日だ」

笑顔でそう語ったという。

そして、アレクサンダー・ローハンがその当主を出迎えて、主賓に紹介したそうだ。

マクミラン家は、もうスペード家から心が離れている。

そう悟らずにはいられなかった。

完全に切ったわけではない。

だが、見限っている。

だからこそ、礼儀だけは完璧に守る。

貴族とは、そういう生き物だった。

その後のテリウスは、まさに理想的な婚約者だった。

フローラを褒める。

エスコートを欠かさない。

贈り物も、手紙も、季節の挨拶も完璧。

周囲から見れば、何の問題もない婚約関係。

むしろ、以前より丁寧ですらあった。

だが、近くにいるフローラだけは知っていた。

そこには、何も残っていない。

ただ義務だけがあった。

テリウス・マクミランは待っていた。

スペード家から婚約破棄を言い出すのを。

自分からは言わない。

言えば、責任が生じる。

家同士の問題になる。

だから彼は、最後まで完璧であり続けた。

その誠実さは、フローラをさらに追い詰めた。

冷たくしてくれればよかった。

怒ってくれればよかった。

責めてくれれば、まだよかった。そうすれば、まだ縋れた。

けれど彼は、最後まで優しかった。

だからこそ、終わりがはっきり見えてしまった。

そしてある日。

テリウスは静かに告げた。

「帝国へ行く」

その一言で、フローラは理解した。

もう戻らないのだと。

自分たちが、新時代の象徴だった時間は、あの婚約式の日に終わっていたのだと。