作品タイトル不明
55 新時代の恋人たち
55 新時代の恋人たち
社交シーズンの始まりを告げる夜会。
煌びやかなシャンデリアの下で、フローラは笑っていた。
淡い桃色のドレス。胸元には繊細な宝石。緩やかに巻かれた金髪が灯りを受けて輝くたび、周囲の視線が自然と集まる。
その隣には、テリウス。
優しげな笑みを浮かべながら、当然のようにフローラをエスコートしている。
二人は、いかにも「理想の婚約者同士」に見えた。
「お似合いですわね」
「まさに新時代の象徴ですわ」
そんな声が、あちこちから聞こえてくる。
最近、若い貴族たちの間では「古い価値観を壊す」という言葉がもてはやされていた。
家同士の形式だけではなく、本人たちの感情も重視するべきだ。
愛のある婚約こそ理想だ。
そう語る若者たちは、テリウスとフローラを好んで持ち上げた。
「だって、本当に恋愛結婚みたいでしょう?」
「互いに想い合っているのが分かるもの」
「古い政略婚なんかより、ずっと素敵だわ」
「理想の組み合わせよね」
くすくすと笑いながら、令嬢たちが二人を見る。
その言葉に、フローラは少し誇らしげに顎を上げた。
隣でテリウスも穏やかに笑う。
「光栄ですね」
「本当ですわ。わたくしたち、応援していますの」
若い男たちも集まってくる。
「テリウス。やっぱり、自分の気持ちを貫くべきなんだよ」
「時代は変わる。家の都合だけで決めるのは古い」
「お前たちは、その象徴だ。希望だ」
熱っぽく語る彼らに、テリウスは眉をわずかに下げながら笑った。
「そこまで大げさな話ではありませんよ」
そう言いながらも、悪い気はしていない。
周囲から祝福され、羨望される。
その空気は、心地よかった。
フローラもまた、優越感に包まれていた。
視線が集まり、皆が自分を見る。
それが当然だと思えた。
「フローラ様、そのドレス素敵ですわ」
「ありがとうございます」
「テリウス様が選ばれたんですって?」
「少しだけ相談に乗ってくださいましたの」
その瞬間、周囲から甘いため息が漏れる。
「まあ……!」
「素敵……!」
「やっぱり、そういう関係って憧れるわ」
フローラは、ふっと微笑んだ。
気分が良かった。
まるで、自分たちが時代の中心にいるようだった。
広間の端では、年配の貴族たちが複雑そうな顔をしている。
だが、若者たちは気にしない。
むしろ、そんな古い世代を時代遅れだと笑っていた。
「ミネルバ様はお気の毒ですけど」
誰かが小さく言った。
空気が少しだけ揺れる。
けれど、すぐに別の令嬢が言葉を重ねる。
「でも、仕方ありませんわ。結婚は当人同士の問題ですもの」
「ええ。愛のない婚約なんて不幸だわ」
「お二人の方が、自然ですものね」
その言葉に、フローラは何も言わなかった。
ただ、静かに微笑んだ。
否定もしない、肯定もしない。
それが、答えだった。
テリウスもまた、口を挟まない。
代わりに、そっとフローラの手に触れた。
その自然な仕草に、また周囲が盛り上がる。
「見た?」
「やっぱり仲がいいわ!」
「素敵!」
歓声のような声。
その中心で、フローラはますます美しく笑った。
この頃の二人は、確かに輝いていた。
時代の寵児のように。
新しい価値観の象徴のように。
そして、誰もまだ知らない。
その眩しさが、砂の上に築かれたものだったことを。