作品タイトル不明
54 フローラの子供時代
54 フローラの子供時代
フローラはいつも真ん中だった。
幼い頃から愛らしかった。ふわふわした金色の髪に、大きな瞳。
笑えば周囲の大人たちはすぐに機嫌を良くした。
「まあ、フローラちゃんは本当に可愛いわね」
「将来が楽しみだこと」
母親も、その言葉を聞くたびに満足そうに微笑んでいた。
だから、新しいドレスも、可愛らしいリボンも、与えられるのはいつもフローラだった。
「フローラには明るい色が似合うわ」
母親はそう言いながら、ピンクや水色の布を選ぶ。
その隣で、ミネルバには最初から灰色の布が置かれていた。
「ミネルバは迷わなくていいから、楽ね」
母はミネルバへよくそう言っていた。
まだ幼いフローラは、その言葉を疑わなかった。
母がそう言うのだから、そういうものだと思っていた。
「その色はお姉様の色ね」
無邪気に言うと、ミネルバは小さく笑った。
「そうかしらね」
怒らない。嫌そうな顔もしない。だから余計に、疑問にも思わなかった。
食事の席でも同じだった。フローラが学校で褒められた話をすれば、父親は嬉しそうに笑う。
「さすが、わたしの娘だ」
母親も満足げだった。
「フローラは華があるもの」
その隣で、ミネルバは静かに食事をしている。
ある時、フローラが言った。
「お姉様も字が綺麗って先生が褒めていたわ」
その瞬間、空気が少し止まった。
父親は「そうか」とだけ答えた。母親は笑って、こう言った。
「ミネルバは昔から真面目だけが取り柄ね」
その時のことを、フローラは後になって何度も思い出すことになる。
ミネルバはいつも静かだった。
庭で本を読んでいることが多く、騒ぐことも少ない。
使用人たちには丁寧で、侍女にきちんと礼を言った。だから使用人たちの中には、ミネルバを好ましく思う者も少なくなかった。
けれど、子供のフローラには見えていなかった。
見えていたのは、自分の周りだけだった。
「フローラ様、こちらのお菓子はいかがですか?」
「まあ、可愛い刺繍ですこと」
「今度のお茶会でも人気者ですわね」
その刺繍がミネルバの手によるものだということを、誰も口にしなかった。フローラも、特に訂正しなかった。
褒める言葉も、肯定の言葉も、いつもフローラへ向けられた。
だから自分が中心であることを、当たり前だと思っていた。
お姉様は地味で控えめで、自分は華やか。それが自然なのだと、疑いもなく信じていた。
夜会の練習でもそうだった。
「笑顔が愛らしいわ」
「立ち居振る舞いも華やかね」
フローラはそう言われ続けた。
一方でミネルバは、
「もっと胸を張りなさい」
「地味に見えるわ」
と言われ続けた。
けれど、本当は違った。
ミネルバは地味だったのではない。静かだっただけだ。
そしてその静けさを、周囲が勝手に目立たないと決めつけていた。
スペード夫人が率先してそう扱うから、周囲もそれに倣っていただけだった。
後になって、フローラは知る。ローハン家に迎えられたミネルバが、どれほど自然に人の中心へ立つのかを。
あの頃は、光を押さえられていたのだ。
スペード夫人の影響下にある者たちが、そう扱い続けていたのだ。
そしてフローラはようやく理解した。
子供時代、自分が愛されていると信じていたものの一部が、誰かを下げることで作られていた。
そのことに、あの頃のわたしは、まるで気づいていなかったのだと。