作品タイトル不明
第15話 ぐへへ
ダリアには夢があった。
それは、とても幸福で、とても暖かくて、とても嬉しくなる世界を作ること。
誰もが幸福な世界なんて、考えるだけで頭がおかしくなりそうなほど素晴らしい。
「でも、私だけの力では到底できません」
落ち込むように肩を落とす。
自分は非力だ。世界を変えることなんて、できるはずもない。
いや、それはダリアだけに言えることではなく、すべての人間は個では無力である。
世界とは多くの人が作り上げているものであり、それをたった一人で変革しようとしても押しつぶされるだけである。
「ですが、神は違う。人間とはまったく違う、大きな力を持っていますから」
ダリアが信仰するのは、心優しき美しい女神マガツヒ。
世界では、多くの信者を持っているのは天使教である。
それ以外の宗教は邪教であり、小さく縮こまっているなら見逃されるが、少しでも天使教に害をもたらすものとみなされた場合、圧倒的な物量でつぶされる。
ダリアも、磔にされて処刑されている異教徒は多く見てきた。
それがあるからこそ、異教を信仰しようとするものはそもそも少ないし、そんな中で信仰している者は、かなりの変わり者だ。
ダリアはそれでも、マガツヒ教を胸を張って信仰する。
何もしてくれない天使教なんて、反吐が出る。
「それに……ライアー教祖様……」
天使教を考えているときの忌々しそうな顔から、一気に顔がほころぶ。
それどころか、熱っぽく蕩けてしまっている。
周りに男がいれば、その強烈なまでの色気に目を奪われることは間違いない。
起伏に富んだ肢体をしているものだから、悩ましくため息をつくだけでも、とてつもない色気だ。
意図的にではなく、彼のことを考えると無意識にそうなってしまう。
マガツヒ教において、聖女と並ぶトップ。
女神マガツヒから明らかに寵愛を受けた男。
ともすれば妬みでも向けられそうなものだが、マガツヒ教の信徒でライアーとユーリエに妬みを向けるものは誰もいないだろう。
それは、ひとえに彼らの慈愛に満ちた性格による。
信徒に優しく、そして暖かく包み込み、導いてくれる。
彼ら二人に、物理的に救われた者はあまりにも多い。
ダリアもその一人だ。
「今日も教祖様はとても格好よくて……ああ、素敵でした」
だからこそ、ダリアの信仰は、マガツヒに向けられているものも当然あるが、どちらかというとライアーに向けられるものの方が大きくなっていたりする。
それはさすがに誰にも知られるわけにはいかないので、内心にとどめているが。
自分を慕ってくれるシーサイスも、それを聞けば眉を顰めることだろう。
彼女は、とても忠実で敬虔なマガツヒ教信徒だから。
「教祖様がいらっしゃれば、この世界はとてもやさしくて美しいものになります。だから、今みたいな状況はふさわしくありません」
マガツヒ教が、一つの街のスラムに押しやられている。
こんなことがあっていいのか?
世界を救うべき女神と、それを導いてくれる最高の傑物。
それを、こんなところで腐らせるのか?
「それは、断じて許されません。宝の持ち腐れ。世界の損失です」
その考えを持っているのは、何も自分だけではない。
マガツヒ教の幹部はもちろんのこと、一般の信徒たちでさえもそう思ってくれている。
シーサイスやハメルを筆頭に、様々に動いている。
長い時間をかけて準備をしてきた。
あとは、いつ動き出すかというところだけだった。
きっかけはあった。
本来、市民を守るべき官憲がこちらを攻撃してきたのだ。
「しかも、あろうことか教祖様を……! あれだけでは物足りず、もっと痛めつけてから殺すべきでしたね」
ゴールたち実行犯は、当然のことながら生まれてきたことを後悔するほどの拷問を加えてから、遺体もズタズタに引き裂いて殺害している。
彼らの泣き叫ぶ姿は多少留飲を下げることには成功したが、それでもまだ物足りない。
ハメルの力を使えば何度でも痛めつけることも可能だったが、あれは貴重なものである。
そうそう使うことはできない。
ふーっと怒りを抑えるために息を深く吐く。
まったくつり合いがとれていないとはいえ、報いを受けさせることには成功したのだ。
そして、拷問を加えたことで、領主側の戦力や動向も聞き出すことができた。
領主アリドーラが、視察でこの街をしばらく空けることも。
その時が最大の好機だと思っている。
むろん、仕込みはしっかりとしている。
「まずは、このスラムの支配者をどうにかしないといけませんが」
アリドーラの私兵団は、正直相手にならないと言っていい。
この街は、いわゆる平和な街だった。
国軍ではないから軍事行動をとることもないし、賊の出現もほとんどないから実戦経験が薄い。
私兵団と言っても、実態は警察みたいなものだった。
ゴールのように鍛えられた官憲もいるにはいるが、あれほどの実力者はいない。
ただし、スラムは違う。
彼らは殺しに慣れ、暴力を振るうことに躊躇がない。
そのまま放置していると、背中を刺されることになるだろう。
正直、それでも何とでもできると自負しているダリアであるが、万が一ライアーやユーリエに危害が及ぶことになってはならないのである。
「スラムの主は、なかなかの力を持っているようですしね」
とくに危険視しているのは、このスラムの支配者であるシルヴィエだ。
どうやら、こちらにちょっかいをかけてきているようだ。
ならば、返り討ちにし、後顧の憂いを絶つまで。
そこまで考えてから、息を吐く。
つまらないことを考えるのは大変だ。
できれば、楽しいことを考えたい。
「優しい世界を作ることができれば……そのあとは……」
そんな夢をかなえることができれば、少しくらい自分もわがままを言ってもいいだろう。
たとえば……たとえばではあるが。
そんな世界を作れば、当然ながら玉座に座るのはライアーである。
そして、彼のそばにはユーリエがいるに違いない。
少し悲しいことだが、彼ら二人のきずなはあまりにも固い。
それを断ち切って自分がのし上がろうとするのは、あまりにも無粋だ。
「ですが、優秀な血は次代に多く引き継いでいかなければなりませんから……」
一夫一妻よりも、多くの側室を抱えた方が、その優秀な血はいくつも残る。
どの国の王族や貴族もしていることだ。
むろん、ライアーはそんな有象無象とは違う本物であるから、側室を抱えることに何ら疑問はない。
その一席に、自分も入れてもらえたら……。
ダリアの夢想では、大きくおなかが膨らんだ彼女が幸せそうに微笑んでいる。
ライアーの優しい抱擁を受けながら。
「……ぐへへ」
「っ!?」
今まで見たことがないようなダリアの表情を見て、偶然顔を見てしまったシーサイスは恐怖のあまり震えるのであった。