作品タイトル不明
第14話 人生、つらすぎる
スラム。
残念なことだが、この国では各地に大小さまざまな規模で存在している。
そして、ライアーたちマガツヒ教が活動しているこの街でも、スラムは存在する。
ここのスラムは、治安の悪さと闇の深さだけでいうと、この国でもトップクラスといえた。
何せ、街を統治している領主アリドーラでさえも、スラムの外周部はまだしも、中心部には絶対に手を出そうとはしない。
そうなると、今抑え込んでいる闇が噴き出てくると確信していたからだ。
暴力と恐怖が渦巻く場所が、スラム中心部。
そんな場所を統治しているのは、なんと女だった。
生物的に力が男よりも劣る女が、誰もが恐れるスラムのトップに君臨していた。
「で、ゴールが死んだってどういうこと?」
明らかに不機嫌な様子の女に、報告した厳つい男は、身体をすくませる。
見た目だけでいうと完全に逆の立場であるはずなのに、現実はこうである。
女が確実にこのスラムを支配していることが分かる情景だった。
「い、いや、それが……詳しいことは分かってねえんです、シルヴィエ様。ただ……」
「ただ?」
「……かなり恨みを抱いていたようで。死体も原型がほとんどとどめていないほど、ぐちゃぐちゃでした」
「あー……。まあ、それはそうだろうな。あれだけ好き勝手していて、恨みを買っていないはずがないんだ」
深くため息をつく女――――シルヴィエ。
真っ赤な血のような色の髪は乱雑に伸ばされている。
顔は美しく整っているのだが、目の下にある濃い隈が、その美貌に陰りを及ぼしている。
起伏に富んだ身体をしているが、側近の男でさえもそれをじっと見ることはできない。
彼も反社会的勢力で乱雑な性格をしているが、だからこそ自分の命に対する危機管理能力は高い。
シルヴィエを不快にさせたら自分の命が危ないことを、彼はしっかりと理解していた。
「ただ、そこは問題じゃないよ。あいつは好き勝手していたけど、それができるだけの力があったんだ。ここの連中でも、あいつを殺すのは苦労するだろ。それに、自分が恨みを買っていることは理解していたから、いつも取り巻きを連れていたはずだ。そいつらはどうなったんだ?」
「まとめて殺されていました」
「ふーん……。じゃあ、複数犯か? ただ、ゴールを殺せるほどの手練れが、最低でも一人いることは間違いないな。この街にそんな奴いたか……? 流れ、というわけではなさそうだが……」
この街のことは、裏社会にいるが領主であるアリドーラよりも理解している。
ゴールは、この街でもトップクラスの実力を誇る官憲だった。
自分が死なないことに関しては、国でも有数ではなかっただろうか。
自分がどういう立場にあって、どれほど恨みを買っているかも理解していたため、それに見合って行動をとっていた。
その警戒の上から、ゴールたちを惨殺する。
その犯人に対する警戒は高まるばかりだ。
だが、そもそもそういうことを考えるのは、シルヴィエは好きではないのだ。
がりがりと頭をかき乱す。
「あー……マジで面倒くさい。てか、官憲の情報提供者いなくなるのやばいだろ。アリドーラはこっちに不干渉方針だけど、いつ変わるかわからないし。使い勝手よかったんだけどなあ」
シルヴィエとゴールはつながっていた。
この街においてスラムに対して不干渉を貫くアリドーラであったが、その方針がいつ変わるかわからない。
万が一弾圧に動くのであれば、それに対する情報を早く仕入れる必要がある。
また、あちらには正確で様々な市民の情報が入っている。
それを融通してもらう代わりに、金と有事の際の暴力を提供していた。
まさに互恵関係だったわけだが、それが崩された。
影響の大きさは計り知れない。
「誰か捕まえて引き継ぎさせますか?」
「ゴールくらいに有能じゃないとダメなんだぞ。そんな奴、この街にいたか? まあ、あいつから少し落ち着いてくれたら、多少能力が劣ってもいいんだけど」
足元を見て賄賂を高く求めてきていたゴール。
何度も殺してやろうかと思ったこともあったし、自身の能力で傀儡にしてやろうと模索したこともあったが、結局今の状態が一番であることは冷静な部分では認めていた。
ゴールほどに私欲に満ちていて、悪玉と手を結ぶことをいとわない、そこそこ優秀な官憲。
なかなかいないのである。
「それよりも、ゴールを殺した奴を調べろ。あいつを殺せる奴は把握しておかないと、いつか痛い目に合いそうだ。それに、こっちに損害が出るんだ。補填してもらわないと困る」
「へへっ、了解です」
報復の示唆に、側近の男は粗暴な顔を歪めて出て行った。
それを見送り、椅子に深く座りなおす。
「はーあ……だる。マジで辞めたい……。でも、ここまで来たらなあ……」
誰にも聞いていない場所で、スラムの支配者とは思えないほどの弱気発言。
特に隠すつもりもなかった。
具合が悪ければ、傀儡にすればいいだけだ。
それだけの力は持っている。
「人生、つらすぎるだろ……」
深い深いため息が、スラムの中心部で響くのであった。