作品タイトル不明
第12話 三バカはすやすや
肌をほとんど露出していないため、その身体は闇夜に溶けて消えてしまいそうなほどである。
だが、生きるか死ぬかの瀬戸際にいるゴールにとっては、彼女はまさに救世主そのものであった。
「あ、ああ……」
初めて、ゴールは神に感謝した。
天使教の信仰するあれらを、深く奉ることもする。
それほどの感激を、今ゴールは胸に抱いていた。
「た、助け……助けてくれ! 俺は官憲だ! 通り魔に襲われている! 仲間を呼んでくれ!!」
「まあ」
ゴールの必死の訴えに、女は目を丸くする。
この時、彼は自分が助かることで精いっぱいだったため、いくつもの不自然な点を見逃していた。
なぜ、こんな深夜にシスターが一人で出歩いているのか。
なぜ、明らかに重傷なゴールを見て、取り乱していないのか。
その疑問に気づくことはなく、シスターがにっこりと慈愛に満ちた笑みを浮かべたことから、少しだけ残っていた警戒心すらも溶かされた。
「もう大丈夫ですよ」
「あ、ああ、ああ……! ありがとう、ありが――――――」
感謝の言葉を何度も紡ぐゴール。
それを断ち切るように、シスターはシーサイスに向かって柔らかく声をかけた。
「それにしても、上手にできましたね、シーサイス。女神様、そして教祖様もお喜びになりますよ」
「もったいないお言葉です、ダリア様」
「あ、え……?」
シーサイスと仲良さげに話し始めたシスター――――ダリアを、呆然と見上げるゴール。
まさか、まさかまさかまさか!
自分を助けてくれる救世主だと思っていた人物は、自分をここまで痛めつけたマガツヒ教の関係者なのか?
思考がまとまらず、意味をなさない声を漏らすだけとなる。
そんなゴールを横目に、二人は柔らかく会話を続ける。
「しかし、私はライアーのためにしたのではありません。女神様、聖女様、そしてダリア様のために……」
「さっきの言葉、私も聞いていたから取り繕う意味はないですよ?」
「…………忘れてください」
頬を赤らめてそっぽを向くシーサイス。
そんなかわいい仕草を正直にライアーの前で見せたらいいのに、とダリアは思った。
その思考を切り替え、彼女は膝を曲げてできる限りゴールと目線を合わせる。
その動きの際に、真っ黒なシスター服越しに胸部が揺れたが、今のゴールに気にする余裕はなかった。
「初めまして。私はダリアと申します。マガツヒ教の信徒で、恐れ多くも孤児院の運営を任されています」
「ま、マガツヒ教……」
「はい。あなた方が汚らしい脚で踏み入った、神聖な場所です」
にっこりと柔らかく微笑むダリア。
しかし、それが優しさに満ち溢れているものだとは、ゴールは微塵も思えなかった。
「わ、悪かった。反省している。二度と同じようなことはしないし、う、奪った金も返す……。だ、だから、許してくれ……」
「遅いですよ、それは」
ぴしゃりと否定される。
謝るだけではだめなのだと、強烈に指摘される。
「お仲間の方々は、すでに報いを受け始めています。あなたもちゃんと受けなければいけませんよ。その報いを乗り切れば、慈悲深い女神さまもお許しになってくださることでしょう。だから、自分から望んで罰を受けましょう」
「ひ、ひっ……」
仲間というのは、先ほどまで一緒にいた部下たちのことだろう。
今、彼らはどのような目にあわされているのだろうか。
こんな連中が所属している組織だ。ろくでもない目にあわされているに違いない。
少なくとも、自分だってこの場で放置されれば死に至る。
だが、一つだけ希望もあった。
それは、ダリアの言っていた、罰を乗り越えれば許すという言葉である。
狂った宗教家だが、だからこそ信仰する女神の名前を出した以上、そのことをたがえることはないだろう。
耐えれば……耐え抜けば、命だけは助かるかもしれない。
ダリアの言葉はシーサイスにとっても意外だったようで、口を開いた。
「……ダリア様」
「シーサイス。罰は乗り越えるために与えられるものです。そして、それを乗り切れば、贖罪が果たされたということ。そこは見誤ってはいけませんよ」
シーサイスの言葉に対しても、ダリアは優しくたしなめた。
マガツヒ教は、天使教とは違う。
ちゃんと反省し、罰を受ければ、その罪を許してくれる優しい宗教である。
ダリアは心の底から、そう信じている。
そのため、心からエールを送る。
「だから、頑張りましょう。私は、あなたのことを信じていますよ」
優しく肩に手を置くダリア。
しかし、それは徐々に力がこもっていき、ついにはゴールの皮膚が裂けるほどのものとなる。
細い女の腕からは考えられない強烈な力に、ゴールの恐怖はさらに掻き立てられる。
ぐっと顔を近づけてきた彼女の顔は、笑みを浮かべていても恐ろしいものに見えた。
「ただ、我らが教祖様を足蹴にしたことは、反省してくださいね。ああいうことは、二度としたらダメですよ?」
その言葉からわかるように、ダリアもまた心中で燃え盛るほどの怒りを抱いていた。
自分の信仰する女神、そして教祖ライアーを傷つけた愚者を、どうして許すことができようか。
確かに、罰を乗り越えれば、許さなければならない。
だが、その罰が乗り越えられるようなものでなければ、どうだろうか?
ダリアがゴールを殺すために、意図的に厳しいと思う罰を与える、ということはない。
ただ、彼女は正しく狂っている。
自分の信仰対象が、女神マガツヒよりも、教祖ライアーに比重が傾いているシスターだ。
そんな彼女が、自分の信仰対象を傷つけられたとして……果たして一般的な軽い罰が与えられるだろうか?
ダリアは、ゴールに対して耐えられると思って罰を与えるだろう。
だが、その罰の重さは、はたから見ればあまりにも重たいものであることは、誰も気づかなかった。
彼女の周りにいる信徒は、みなネジが外れているのだから。
「連れて行きましょう。さすがに騒ぎすぎました」
「はい」
「ひっ、ひいいいいいいいいい!?」
シーサイスに、あまりにも無造作に引きずられていくゴール。
ズルズルと引きずる二人の女の顔は、ひどく冷めきっていた。
「ふかふかのベッド、寝心地いいわぁ……」
「最高よねぇ……」
「……僕も寝る」
なお、三バカはすやすや同じベッドで就寝していた模様。