軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第6話 御前試合・開幕 ~聖女の「手当て」vs リリアナの「自動医療ポッド」~

翌日。

皇城の裏手にある第一練兵場は、異様な熱気に包まれていた。

砂埃が舞う広場に整列しているのは、帝国の精鋭騎士団。

その数、およそ二百名。

さらに観覧席には、皇帝陛下を筆頭に、教団関係者や貴族たちがずらりと並んでいる。

「……暑い」

私は日傘の下でぼやいた。

直射日光が肌に悪い。早く帰りたい。

隣に控えるクラウスが、ハンカチで私の額の 汗(まだかいていないが) を拭うふりをして囁く。

「辛抱してくれ。これが終われば、教団もしばらく大人しくなるはずだ」

「信じますよ。……で、あれが患者?」

私が指差したのは、広場の中央に座り込んでいる集団だ。

包帯を巻いた者、腕を吊っている者、足を引きずっている者。

昨日の模擬戦で負傷した兵士たち、百名だそうだ。

「ルールを説明する!」

審判役の騎士が大声を張り上げた。

「聖女セラフィナ殿、およびリリアナ嬢。両名には、ここにいる負傷兵の治療を行ってもらう! 制限時間は二時間! より多くの兵を、より万全な状態へ回復させた者を勝者とする!」

シンプルだ。

質と量。その両方が問われる。

広場の左側には、白装束の聖女セラフィナ。

彼女は今日もボロボロの僧衣を纏い、悲壮な決意を瞳に宿していた。

広場の右側には、私。

今日の服装は、昨日好評だった「パジャマ・ドレス」の活動タイプ(丈が少し短い)だ。

「始め!」

銅鑼(ドラ) の音が鳴り響いた。

「おお、神よ……! 迷える子羊に慈悲を!」

先手を取ったのはセラフィナだった。

彼女は一番重傷の兵士──腕を骨折している大男の前に 跪(ひざまず) き、その患部に手をかざした。

カッ!

眩い黄金の光が溢れ出す。

教団が誇る「聖女の奇跡」だ。

「う、おお……! 痛みが引いていく!」

兵士が驚きの声を上げる。

光が収まると、折れていたはずの腕は元通りに繋がっていた。

観客席から「おおっ!」と感嘆の声が上がる。

しかし。

「はぁ、はぁ……っ」

セラフィナがよろめいた。

額には玉のような汗が浮かび、顔色が紙のように白い。

一人治しただけで、これだ。

彼女の治癒魔法は、自身の生命力を魔力に変換して分け与えるタイプなのだろう。

美しい自己犠牲だが、効率が悪すぎる。

「あ、ありがとうございます聖女様! ですが、無理をなさらないで……」

治された兵士が、恐縮して身を縮こまらせている。

自分が治る代わりに、聖女が苦しむ。

そんなの、まともな神経をしていれば罪悪感で胃が痛くなるだろう。

心のケアができていない。減点だ。

「……次は、私の番ね」

私は日傘を畳み、指先を指揮棒のように振った。

(亜空間収納、展開)

(オブジェクト呼び出し:『全自動医療ポッド・量産型』×10)

(設置)

ズズズズンッ!

私の背後の空間が歪み、巨大な金属の箱が十個、一列に並んで出現した。

見た目は、カプセル型の棺桶……あるいは、蓋付きのバスタブといったところか。

表面は清潔な白で塗装され、側面にはパイプや魔導計器が張り巡らされている。

「な、なんだあれは!?」

「棺桶か!?」

ざわつく会場。

私はマイク(拡声魔法)を使って、兵士たちに呼びかけた。

「さあ、まずは十名様、どうぞ。服を着たまま入れますよ」

兵士たちが顔を見合わせ、怯えている。

無理もない。怪しすぎる。

「……俺が行く」

一人の古傷だらけの軍曹が進み出た。

彼は決死の覚悟で、一番端のポッドに足を踏み入れた。

プシューッ。

ガラスの蓋が閉まる。

中は見えなくなる。

ゴウン、ゴウン、ゴウン……。

機械が低い唸りを上げ、内部で何かが蠢く音がする。

外から見れば、人をミキサーにかけているように見えるかもしれない。

「ひぃっ! 軍曹が食われてる!」

「悪魔の機械だ!」

教団の司祭たちが叫ぶ。

セラフィナも治療の手を止めて睨んでくる。

三分後。

ピンポーン♪

軽快な電子音が鳴り、ポッドの蓋が開いた。

中から溢れ出したのは、真っ白な蒸気。

「ぐ、軍曹……?」

部下たちが固唾を呑んで見守る中、中から出てきたのは──。

「……ふあぁ~……極楽……」

ツヤッツヤになった軍曹だった。

肌はピンク色に上気し、目尻は下がり、体からは甘いハーブの香りが漂っている。

切り傷も打撲痕も、綺麗さっぱり消えていた。

「おい、どうしたんだ軍曹!?」

「あ、ああ……。なんか、温かいスライムに包まれて……揉まれて……傷口がピリピリして……気づいたら終わってた……」

軍曹は夢見心地で語った。

「腰痛も消えた。肩こりもない。……俺、今なら空も飛べる気がする」

その言葉が、全ての合図だった。

「お、俺もやる!」

「俺もだ! 並べ!」

「おい押すな! 順序良く入れ!」

兵士たちが我先にとポッドへ殺到した。

もはや治療待ちの列ではない。

人気アトラクションの待機列だ。

私のポッドの仕組みはこうだ。

1.『医療用スライム(無菌)』で全身を包み込み、患部を特定。

2.『高濃度ポーション』をミスト状にして浸透圧で強制注入。

3.同時に『微弱電流』と『振動』で筋肉をほぐし、リラックス効果を与える。

4.仕上げに『洗浄魔法』で汚れを落とし、乾燥。

所要時間は三分。

十台稼働しているので、三分で十人が完治する計算だ。

「はい、次の方ー。中で暴れないでくださいねー」

私は椅子に座り、お茶を飲みながらオペレーション(指一本)を続けるだけ。

まさに自動化工場。

一方、セラフィナ側は悲惨だった。

「ま、待ってください! 私の祈りを……!」

彼女が呼びかけるが、兵士たちは目を逸らす。

彼女の治療は「痛い(精神的に)」のだ。

対して、私の治療は「気持ちいい(物理的に)」。

怪我が治るだけでなく、日頃の訓練の疲れまで取れるとなれば、どちらを選ぶかは明白だ。

「そんな……私の、祈りが……」

セラフィナが呆然と立ち尽くす。

彼女の足元には、まだ十人ほどしか治療を受けていない痕跡があった。

対して、私のほうは既に五十人を突破している。

「勝負あったな」

貴賓席で、皇帝が満足げに頷くのが見えた。

隣にいる教団の大司教は、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「……あーあ」

私はカップを置いた。

勝つのはわかっていたけれど、少しやりすぎたかもしれない。

セラフィナの様子がおかしい。

彼女はふらふらと、残った重傷者に歩み寄ろうとしていた。

足が震えている。

魔力切れだ。これ以上使えば、命に関わる。

「やめなさい」

私は声をかけたが、彼女は聞こえていないようだった。

「まだです……まだ、私は役に立ちます……。神よ、我が身を糧に……」

カッ!

彼女が無理やり魔法を発動させた瞬間。

糸が切れた操り人形のように、彼女の体が崩れ落ちた。

「聖女様!」

周囲が騒然となる。

私は舌打ちをした。

(……面倒くさい!)

敵に塩を送る趣味はない。

でも、私の目の前で過労死されるのは、極めて寝覚めが悪い。

「回収!」

私は指を振った。

待機していたポッドの一台が、アームを伸ばしてセラフィナを捕獲した。

「なっ、何をする!」

「聖女様を機械に入れる気か!」

司祭たちが喚くが、無視だ。

ポッドの中にセラフィナを放り込み、『緊急蘇生モード』を起動する。

プシューッ。

数分後。

蓋が開くと、そこには安らかな寝息を立てる聖女の姿があった。

顔色には赤みが戻っている。

ただの栄養補給と、強制睡眠だ。

「……よし、生きてる」

私はホッとして、大きく息を吐いた。

「勝者、リリアナ・ヴェルディ!」

審判の声が響き渡る。

兵士たちからの割れんばかりの拍手と、教団からの憎悪に満ちた視線。

その両方を浴びながら、私は「早く帰って寝たい」とだけ思っていた。

だが、これで終わりではなかった。

倒れた聖女が目を覚ました時、彼女の中で何かが──信仰か、あるいは価値観そのものが、音を立てて崩れようとしていた。

そしてそれは、帝都を揺るがす新たな騒動の幕開けでもあった。