軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第5話 夜会のドレスコード ~「パジャマで参加してはダメですか?」→最先端ファッションとして流行る~

夜の帳が下りる頃。

帝都の中央に位置する皇城「 鉄鷲城(アイゼン・アドラー) 」は、不釣り合いなほどの明かりに包まれていた。

歓迎夜会。

名目は私の歓迎だが、実際は「リリアナ・ヴェルディという素材の品定め」だ。

「……行きたくない」

控室で、私は鏡の中の自分に向かって呟いた。

しかし、今日の私は一味違う。

いつものように憂鬱ではない。なぜなら──。

「準備はいいか、リリアナ」

ドアが開き、正装したクラウスが入ってきた。

黒の燕尾服。胸元には勲章。

相変わらず無駄に顔が良い。

彼は私を見ると、満足げに目を細めた。

「ああ……素晴らしい。その姿なら、このままベッドへ直行しても違和感がない」

「褒め言葉として受け取っておきます」

私は裾をふわりと翻した。

今、私が着ているもの。

それは従来のドレスではない。

素材は、ヴォルグ産の「 幻獣蚕(ファントム・シルク) 」の布地。

空気のように軽く、肌触りは滑らか。

そして最大の特徴は──『ノー・コルセット』であることだ。

ウエストを締め上げる拷問器具は排除した。

代わりに、布地のカッティングと光の屈折魔法だけで、美しいシルエットを作り出している。

締め付けゼロ。

重さほぼゼロ。

名付けて『パジャマ・ドレス』。

「行きましょう、クラウス。早く終わらせて、本物のベッドへ帰るために」

私は彼のエスコートを受け、 戦場(ホール) へと足を踏み出した。

大広間に入った瞬間、数百の視線が突き刺さった。

ざわ……ざわ……。

音楽が微かに霞むほどの、さざめき。

貴族たちの目は、驚きと困惑で見開かれている。

無理もない。

周りの貴婦人たちは、戦艦のようなクリノリン(骨組み)でスカートを膨らませ、呼吸も困難なほどウエストを締め上げているのだから。

その中で、一人だけ重力から解き放たれたような私が歩いているのだ。

『あれは……ネグリジェか?』

『いや、光沢が違う。見たことのない布だわ』

『体のラインが出すぎでは……なんと破廉恥な』

ひそひそ話が聞こえてくる。

批判的な声も多い。

だが、私は胸を張って歩いた。

恥じることはない。誰よりも快適なのは私なのだから。

クラウスが周囲を威圧するように、私の腰に手を回す。

「堂々としていればいい。君こそが、この会場で最も合理的で美しい」

彼の囁きに勇気づけられ、私は皇帝の玉座へ向かおうとした。

その時だ。

バーンッ!

入り口の扉が乱暴に開かれた。

衛兵たちの制止を振り切り、一団が雪崩れ込んでくる。

白装束の集団。聖アルス教団だ。

その先頭に立つのは、見覚えのある金髪の少女。

「お待ちなさい!」

聖女セラフィナだ。

会場が凍りつく。

彼女の姿は、この煌びやかな夜会において、あまりにも異質だった。

ボロボロの僧衣。

泥だらけのサンダル。

髪は整えられておらず、頬はこけている。

「清貧」を通り越して、ただの「浮浪者」に見えた。

「聖女様……? なぜここに?」

近くの貴族が声をかけるが、彼女は無視して私を指差した。

「見つけましたよ、魔女! 神聖な皇城に、そのようなふしだらな格好で足を踏み入れるとは!」

彼女はツカツカと歩み寄ってきた。

体臭……ではないが、埃っぽい匂いが漂ってくる。

私は思わず一歩下がった。

「こんばんは、聖女様。招待状はお持ちで?」

「必要ありません! 神の使者はどこへでも赴きます!」

無茶苦茶だ。

彼女は広間に響き渡る声で演説を始めた。

「皆様、目を覚ましなさい! ご覧なさい、この女の姿を! 体の線を晒し、宝石で飾り立てる……これぞ『 傲慢(ごうまん) 』と『色欲』の象徴です!」

彼女は自分のボロボロの服を誇示するように両手を広げた。

「真の美とは、飾り気のない魂に宿るもの! 贅沢は罪です! 今すぐそのドレスを脱ぎ捨て、悔い改めなさい!」

会場が静まり返る。

貴族たちは顔を見合わせた。

彼らの表情にあるのは、感銘ではない。

「不快感」だ。

煌びやかなパーティーに、薄汚れた格好で乱入し、客人を罵倒する。

それはマナー違反以前の、生理的な拒絶反応を引き起こしていた。

私は扇子を開き、口元を隠した。

「聖女様。一つ訂正を」

「言い訳など聞きません!」

「このドレス、贅沢に見えますか? ……実はこれ、締め付けが一切ないんです」

私はくるりと回ってみせた。

布地がふわりと舞い、すぐに元のシルエットに戻る。

「コルセットも、パニエも着けていません。ただの布です。とても軽くて、深呼吸もできますし、美味しい食事もお腹いっぱい食べられます」

その言葉に、反応したのは貴婦人たちだった。

『……えっ? コルセットなし?』

『嘘でしょう、あのラインで?』

『いいなぁ……私なんて、さっきから肋骨が悲鳴を上げているのに』

羨望の眼差し。

そう、彼女たちは疲れているのだ。

教団の「慎ましさ」の強要と、貴族社会の「見栄」の板挟みで。

「楽をすることは、罪ではありません」

私は会場全体に聞こえるように言った。

「自分を痛めつけて、苦しい顔をしているのが『美徳』だなんて、私は思いません。心地よく、笑顔でいられる服こそが、その人を一番輝かせるはずです」

セラフィナが唇を噛んだ。

「 詭弁(きべん) です! 苦しみこそが……!」

「──そこまでだ」

重厚な声が、頭上から降ってきた。

玉座の間への階段。

そこに、一人の男が立っていた。

白髪交じりの髭。鋭い眼光。

ガレリア帝国皇帝、ヴァルター3世だ。

「へ、陛下……!」

セラフィナが慌てて膝をつく。

周囲の貴族たちも一斉に平伏した。

私とクラウスだけが、立ったまま頭を下げる(クラウスの指示だ)。

皇帝はゆっくりと階段を降りてきた。

その視線は、セラフィナを一瞥し、すぐに私へと向けられた。

「リリアナ・ヴェルディと言ったか」

「はい、陛下」

「その衣装……『ナイトウェア・スタイル』とでも呼ぶべきか? 斬新だな」

皇帝は私のドレスを興味深そうに観察した。

「機能性を極限まで追求し、装飾を削ぎ落としながらも、品位を保っている。……余の好む『合理主義』そのものだ」

肯定された。

空気が一変する。

皇帝が認めたのなら、それは「奇抜」ではなく「最先端」になる。

「それに引き換え……」

皇帝は、床に伏せるセラフィナを見下ろした。

「聖女よ。余の祝いの席に、その薄汚れた格好で来たのは、余への当てつけか?」

「い、いいえ! これは清貧の……」

「TPOを 弁(わきま) えよ。場にそぐわぬ服装は、ただの自己満足だ。不愉快である」

バッサリだ。

セラフィナの顔から血の気が引いていく。

「下がれ。これ以上、余の客人を不快にさせるな」

「っ……!」

セラフィナは涙目で私を睨みつけ、よろよろと立ち上がった。

そして、逃げるように会場を飛び出していく。

二度目の敗走だ。

会場の空気が緩む。

貴婦人たちが、ほっとしたように扇子を動かし始めた。

そして、その視線は熱を帯びて私に向いている。

『ねえ、あのドレス、どこの仕立て屋?』という無言の問いが聞こえてきそうだ。

「さて、リリアナ嬢」

皇帝が、不敵な笑みを浮かべて私に近づいてきた。

「宰相から聞いているぞ。面白い技術を持っているそうだな。……明日の『御前試合』、楽しみにしている」

「……御前試合?」

私は聞き返した。

そんな予定、聞いていない。

隣を見ると、クラウスが「しまった」という顔をして視線を逸らした。

「教団が納得せぬのでな。聖女の『奇跡』と、そなたの『技術』。どちらが帝国の兵を救えるか、競ってもらうことになった」

皇帝は楽しそうに告げた。

「負ければ、そなたの領地は教団の管理下に置かれる。……精々、気張るがよい」

私は天を仰ぎたくなった。

やっぱり、タダで帰れるわけがなかった。

ドレスコード対決の次は、医療対決か。

まあいい。

私の安眠を守るためなら、神の奇跡だろうが何だろうが、自動化システムで上回ってみせる。

私は覚悟を決め、皇帝に不敵な笑みを返した。

「お任せください。私の技術は、誰よりも『楽』をするためにありますから」