作品タイトル不明
なんか、懐いた
#29 ふぁーすとこんたくと
遺跡の奥深くで出会った謎の少女を、私たちは天使と呼ぶことにした。
見た目は人によく似ているし、感性も近しいものがある。コーヒーにはあれきり口をつけようとしなかったが、フリーズドライのコーンポタージュは美味しそうに飲んでいた。
:本当になんなんだろうね、この子
:異種族と考えるには人間に似すぎてるというか
:人間となんの関係もなく生まれてきた種族とは思えないよね
:でもそれはルリリスも同じじゃない?
:ルリリスはまだ、人間をモチーフにした魔物って考えられるじゃん
リスナーたちは侃々諤々の議論を交わしていたけれど、私はその大半を聞き流していた。
考えるのは学者先生に任せたらいいと思う。探索者の私がやるべきことは、有用な情報を持ち帰ることだから。
「……******」
天使はコーンポタージュを飲み干したマグカップを、名残惜しそうに見つめている。
ちょっと物欲しそうな顔をしていたりして。
:物足りなさそう
:お腹すいてるのかな?
:餌付けできたりしない?
他になにかなかったっけ、とポーチをあさる。ちょっと探していると、塩パンサンドが出てきた。
塩バターパンにレタスとハムとチーズを挟んだやつ。おやつにしようと、近所のパン屋で買ってきたものだ。
「たべる?」
差し出してみる。天使はそろそろとそれを受け取って、くんくんと匂いをかぎ、恐る恐る口にした。
「****!」
短い感想。後はもう、一心不乱にかぶりついていた。
:お気に召しましたか
:よかったね
:おなかすいてたのかな?
:天使は塩パンサンドがすき
食べ終わった天使は、満足そうにふうと一息つく。
それから、両手を組んでお腹の前に置いた。
「****」
なにかしらの意思表示。わからないけれど、まあ、多分好意的な意味だと思う。
ご飯を食べて満足したのか、天使は立ち上がる。それから、私の白衣の袖をくいくいと引いた。
「***。******」
そう言って、天使は二本の指と片翼を出口に向ける。
相変わらず彼女の言葉はまるで聞き取れないけれど。
:早く行こう、かな?
:ついてきてください、かも
:とりあえず一緒に行く意思はあるらしい
:よくわかるなお前ら
:そりゃまあ、日頃からお嬢に鍛えられてるから
別に、鍛えたつもりはないんだけどなぁ……。
野営道具を手早く片付け、全部まとめて次元ポーチに放り込む。その様子を天使は興味深そうに見ていた。
身軽になってから、私たちは神殿の出口に立つ。
「行こっか」
「*****」
そして天使は、意気揚々と神殿から一歩外に出ようとして。
「あ、待って」
とっさに私は、彼女に服の襟を掴んだ。
そのまま後ろに引き倒すと、彼女はぺたんと尻餅をつく。それからむっとした顔で私を睨んだ。
「*****! ********!」
「えと……。ここ、ほら、えっと」
説明は相変わらず苦手だ。どう話せば伝わるのか、私にはわからない。
だけど彼女の場合は、言葉じゃどうやっても伝わらないだろう。だから私は、実践で見せることにした。
その辺に転がっていた石ころを放り投げる。すると、出口に潜んでいた三匹のナマケモノが、石ころに機敏に反応して爪を振り下ろした。
「こうなるから……。ね?」
「……*****」
:こっっっっっっわ
:奇襲があまりにも多すぎる
:殺意たけえよこの遺跡
:索敵スキル持ちじゃないと即死だろこんなもん
天使は顔をさっと青ざめる。それから私の後ろにぴったりと寄り添って、ちょんちょんと背中をつついた。
「******」
:先に行ってほしい、だってさ
:それはそう
:索敵は苦手なのかも
:素直でよろしい
私としてもそっちのほうがいい。こんな奇襲をいちいち食らっていたら、探索なんてままならない。
出口を飛び出して、ナマケモノたちを斬り捨てる。ついでに近くにあった罠を蹴っ飛ばし、飛んできた罠を身を反らして避けた。
通路の安全、よし。もう大丈夫そうだ。
「いいよ。来て」
「********!」
天使は胸の前で手を組んで、両翼をぱたぱたと羽ばたかせていた。
:これはなんだ……?
:拍手、かな?
:表情から察するに、感嘆とか、賞賛とか、そんな感じの意味かも
:あんま自信ないけど、好意的な意味合いだとは思う
リスナー翻訳の結果、そんなニュアンスらしい。はいはい、どういたしまして。
天使とのコミュニケーションの一方で、私には気になるものがあった。
遺跡の壁に突き刺さって、びいんと揺れる矢。その先端には異臭のする液体が塗られている。
「リスナー。これ」
:はーい
:たぶん毒かな?
:お嬢、ドローンのスキャンデータって共有してもらえる?
:おい出番だぞお前ら
:任せとけ、調べ物だけは得意なんだ
:わっせわっせ
ドローンカメラのスキャンモードを起動して、矢の先端に近づける。ドローンから放たれたX線が液体の成分を分析して、後はそのデータを元にリスナーたちがよろしくやってくれるはずだ。
一応、液体そのものも小瓶に採取しておく。もしも未知の毒だったら、実物があったほうがいいだろう。
「*****?」
「わ」
そんなことをしていると、天使は私の手つきを覗き込んだ。
小瓶を見て、それからドローンカメラを不思議そうに覗き込む。興味津々、といった具合に。
:わぁ
:天使ちゃんのガチ恋距離だ
:お嬢は絶対にやってくれないのに
:かわいいね
:あのお嬢、天使ちゃんのスキャンデータがすごい勢いで流れてくるんですが
:とめてとめて
「もう……」
X線は放射線の一種だ。ちょっとくらいなら大丈夫だけど、そんな風に覗き込んでいいものではない。
急いでスキャンモードを停止する。その後も天使は、宙に浮くドローンカメラを不思議そうにちょんちょんと小突いていた。
好奇心旺盛というか、警戒心が薄いというか。
「……ルリリスみたい」
あの子もよく、見慣れないものにこんな風に手を出してたっけ、と。
そんなことを思い出していた。