軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

一方その頃、救助隊

#29-EX 迷子を迎えに(蒼灯すず)

息を殺して、曲がり角にカメラを突き出す。

手元のモニターで映像を確かめる。熱源センサーに反応はなし。続けて超音波エコーを打つと、床の一部から奇妙な反応が返ってきた。

廊下の真ん中に感圧式の罠が一つ。避けて通れば問題はないだろう。

得られたデータをナイトビジョンゴーグルにリンクさせると、罠の位置が視覚的にも表示された。

(罠一つ。進む。ついてきて)

ハンドサインで仲間たちに合図を出す。それから、音を出さないように、慎重に――。

「なー、すず」

……進もうとしたら、後ろから話しかけられた。

「ちょっと、ルリリス」

「すずお前、さっきから何やってんだ?」

「静かにしてください。ここ迷宮ですよ」

これは救出作戦だ。真堂に言われた通り、不用意な戦闘をする必要はない。

だからこうして静かに侵入しているのだけど、話しかけられているようでは元も子もなかった。

「つか明かりくらいつけろよ。暗いだろ」

「ナイトビジョンゴーグル使ってくださいよ。渡したじゃないですか」

「ないとびじょ……なんだそれ?」

「あー、もう」

使い方も教えたはずなのに。遺跡に入って早々、作戦はぐだりつつあった。

「井口。使い方、教えてあげてください」

「そうしたいところだが……。私のゴーグルもどうも動かなくてな。故障したか?」

「電源、入ってます?」

「む……」

「貸してください」

井口の手からナイトビジョンゴーグルを受け取る。案の定入っていなかった電源を入れて突っ返すと、井口は渋い顔でそっぽを向いた。

「機械は好かん。あれはボタンが多すぎる」

「お前らの道具っておもしれえけど、七面倒臭えよなぁ。もっとわかりやすくなんねえの?」

「あー、もう。わかりました。あなたたちに文明の利器を使わせようとした私が間違ってました」

結局こうなるらしい。マイペースが二人もいると、迷宮探索は遠足の引率と見分けがつかない。

:うまくいかんなぁw

:まあ知ってた

:おばあちゃんとお子様だからね、しょうがないね

「それにな、無理に使うこともないんじゃないか」

「わ、ちょっと」

井口は蒼灯の頭からナイトビジョンゴーグルを取り上げた。

「喋らない。顔も見せない。明かりもつけない。それでは配信にならんだろう」

井口は蒼灯のドローンカメラを捕まえて、蒼灯に向ける。反射的に、蒼灯は配信向けの表情を作った。

「……あおひーですけど。文句ある?」

:ないよ

:すねちゃった

:やさぐれあおひーだ

:態度悪くて草

:今日もかわいいね

「じゃなくて!」

蒼灯はドローンを奪い返す。

「配信のことはいいんですよ。それよりもっと、大事なことがあるでしょうに」

「ああそうだ、今は人命第一だ。しかしな、だからと言って普段のスタイルを捨てるのは違うんじゃないか」

少しだけ井口の雰囲気が変わる。腑抜けた先輩から、大御所のそれに。

「そう焦るな、落ち着け蒼灯。今は普段と違う状況だ。その上やり慣れないことまでしていたら、大事なことを見落とすぞ」

「……まあ、そうかもしれませんが」

一応、理屈は通っている。屁理屈のようにも聞こえるけれど。

それでも、焦りがあったのはその通りだ。

白石楓の遭難に、未探索の遺跡。この状況に浮足立っていたと言われれば、思い当たる節はある。

「だったら、こうしますけど」

蒼灯はドローンカメラのライトをつけた。

LEDの強力な光線が照射され、遺跡の廊下を明るく照らし出す。壁の質感も床に仕掛けられた罠も、その全てがクリアに浮かび上がっていた。

「いいんですか? 居場所、教えてるようなものですよ?」

「構わんさ」

周囲が明るくなると同時に、迷宮の闇がざわめきはじめる。

どこからともなく迫りくる魔物の気配。井口とルリリスは、それに機敏に反応した。

「こっちの方が、我々らしい」

「お? やっちまっていいんだな?」

前方から飛びかかってきたスカラベの群れはルリリスが焼き、後方から忍び寄ってきたナマケモノは井口が殴り飛ばした。

井口桃子は、魔法も武器も使わない異色の探索者だ。

得物は徒手空拳。戦闘スタイルは正面突破。魔力を籠めた拳で数多の魔物をなぎ倒し、それ一本で迷宮四層まで辿り着いた百戦錬磨の猛者である。

「……ま、いっか」

蒼灯は蒼灯で、天井にはりついたトカゲの魔物に氷柱を打ち込む。

バランスを崩して天井から落下したトカゲは、ルリリスが放つ火炎に巻き込まれて消し炭になった。

「作戦変更。どっかんばっこんで行きましょう」

:い つ も の

:結局こうなるんだよなぁ

:ルリリスも井口さんもゴリ押しした方が強いから……

:強いってことはね、強いってことなんですよ

:ゴリ押しで突破されてしまう迷宮サイドにも問題があると思う

:隠密特殊作戦はまた今度で

ほどなくして戦闘が終わる。

前方には焼き尽くされた魔物の群れ、後方には、叩き潰された魔物たち。

清々しいほどのパワープレイだが、こうしたほうが手っ取り早い。それに、派手な方が画面も映える。

蒼灯としては頭が痛いが、これが自分たちのスタイルだった。

「お疲れ様です。お怪我はありますか?」

戦闘が終わると、耳につけたインカムに通信が入る。七瀬の声だ。

「問題ありません。このまま進みます」

「よかったです。気を付けて」

状況確認のための簡素な通信だ。実直な彼女らしい、と蒼灯は思う。

「リーダーなんて、結局ただのまとめ役ですよね。お気持ち、わかりますよ」

「あはは……。どうも」

同情的なことを一つ付け加えて、七瀬からの通信は切れる。

ヒーラーであり迷宮救命士である彼女は、救助協力者たちを監督する立場にある。もしかしたら、リーダーとしての在り方には思うところがあるのかもしれない。

そんなことを考えていると、今度は井口が寄ってきた。

「……蒼灯。今の通信、どう思う」

「どうって?」

そう言われても、特におかしなところは思い当たらない。

強いて言うなら、今度迷宮救命士としての話を聞いてみたいと思った。それくらいだ。

「いいか蒼灯、よく聞け。本作戦の成否を左右する重要な情報がある」

「はいはい、なんですか」

「さる情報筋によれば、七瀬ちゃんは救助協力者と話す際、普段はタメ口らしい」

「……そうですか」

どうせろくでもない話だと思っていたら、思っていた以上にどうでもよかった。

「ちなみにそれ、どの情報筋なんです?」

「リスナー情報」

「鳩じゃねえっすか」

:井口さんさぁ……w

:堂々と鳩使いやがってこいつ

:最近ついたあだ名はななちーだぞ

:それ以上機密情報を漏らすな、俺らの七瀬が見つかっちまう

:アングラなファンもいます

ここぞとばかりにふざけだすリスナーに、頭が痛くなる。

リスナーを介して他の配信の情報を得る。俗に言う、伝書鳩ってやつだった。

「我々にだけ敬語を使われているこの状況は不健全だと思わんか。このままでは連携にも支障をきたす。看過するわけにはいくまい」

「井口あなた……」

別に話し方くらいどうでもいいだろう、と蒼灯は思う。

敬語が取れるのは結果であって、大事なのはその過程だ。仲良くしたいのはわかるが、そんな些細なことを気にしているから若者から距離を取られるのだ。

「……めちゃくちゃいいこと言いますね」

「えっ」

それはそれとして、蒼灯は乗っかった。

面白そうな方に振り切る。それが蒼灯すずである。

インカムに七瀬の困惑が入っていたが、蒼灯は気にせず続けた。

「それは確かに許せません。早急に対処しなければならない事態です」

「そうだろう、そうだろう」

「え、あの。蒼灯さん?」

黙って話を聞いていた七瀬が、困惑気味に通信を入れてくる。

井口流話術の餌食になったこの少女に同情はするが、容赦する気はなかった。蒼灯は蒼灯で、七瀬と仲良くしたいと思っているからだ。

「ななちー。なんで敬語なんです?」

「ななちー。お姉さんともっと仲良くしよう」

「ななちー。前からあなたとはお話したいと思っていたんですよね」

「ななちー。愛してるぞ」

井口と連携して交互に攻め立てる。この二人、こういう時の連携だけは隙がない。

ただ一人、この話を聞いていない――インカムは支給されているが、使い方がわかっていない――ルリリスが、不思議そうに首を傾げていた。

「……わかったから。さっさと先、進んでってば」

恥ずかしそうな無線が返ってくる。井口と蒼灯は、顔を見合わせてにやりと笑った。

白石楓救助隊。滑り出しは上々だった。