作品タイトル不明
0751 死闘Ⅴ アベル対オレンジュⅡ
空から悪魔レオノールが降ってきて、悪魔対魔人、涼対幻人の構図が出来上がった後。
アベルが、三人の魔人の眷属と対峙している。
「俺が、リョウを助けに行くのを邪魔したな」
「俺の意思じゃない……」
アベルの、低い低い声に、顔をしかめて答えるオレンジュ。
実際、阻んだのは他の眷属、イゾールダとヴィム・ローだ。
オレンジュは何も知らない。
もちろん、目の前のアベル王が怒っているのは分かる。
今までとは、雰囲気が違う……。
動きは突然だった。
イゾールダとヴィム・ローの首が斬り飛ばされた。
「……は?」
オレンジュが 素(す) っ 頓狂(とんきょう) な声をあげる。
オレンジュですら認識できない動きで、アベルが二人の間合いを侵略し、首を斬り飛ばしたのだと理解したのは、二人の首が地面に転がり落ちてから。
恐らくは、斬られた二人は何も認識できないままだったろう。
「もう俺を阻む必要はない。ということは、今の眷属二体は不要だろう?」
「……」
「いずれも、一対一の構図。それが分かりやすいし平等だ」
「そう、だな……」
アベルの言葉に反論できず受け入れるオレンジュ。
その時、オレンジュはようやく気付いた。
自分が、わずかに震えていることに。
( 怯(おび) えている? 俺が? 人間に?)
戦うのを楽しみにしていた。
一年ぶりに剣を合わせてみたら、驚くほど強くなっていた。
心が圧倒された。
それは認める。
だがそれでも、怯えはしなかった。
しかし、今のは……。
(イゾールダはともかく、ヴィム・ローは決して弱くない。剣だけなら俺が上だが、総合的な戦闘力では俺と変わらないはず。それなのに、一歩も動けずに首を斬り飛ばされた)
自らが対峙している時には見えていなかった?
傍から見て、初めて理解できた?
分からない。
分からないから、怯えているのかもしれない。
だが、同時に、明確に認識する震えがある。
怯えからではない。
恐怖からではない。
歓喜(かんき) 。
驚喜(きょうき) 。
狂喜(きょうき) !
「お前さんが、戦闘狂ということだ」
オレンジュの中の感情を読み取ったのだろう、アベルが呆れたような表情で指摘する。
「ああ、俺もアベル同様に戦闘狂だな」
「……俺を巻き込むな。俺は平和を愛する国王だぞ」
その言い方は、間違いなく、どこかの水属性の魔法使いの影響を受けている。
「民に平和を与えるために、代わりに王様が戦うんだろう?」
「俺、戦いたいなんて一言も言ってないよな?」
「眷属を一瞬で斬り飛ばしておいてよく言う……」
「世界平和って、本当に難しいんだな」
「アベル、お前のどこに世界平和なんて要素があるんだよ」
「酷い言われようだ……」
オレンジュの言葉に、いかにも心外だという表情で抗議するアベル。
「その、心の底から湧き上がる戦いへの欲求……今も言ったが、民を守るためだと理屈付ければいいだろう?」
「変な印象付けをするな。さっきから言ってる、俺は平和を愛していると」
「言うだけなら何とでも言える」
「そりゃそうだが……」
「アベル、諦めろ」
「なんで魔人の眷属から、戦闘狂認定されなきゃいけないんだよ」
肩をすくめるアベル。
「まあ、いい。お前さんとは決着をつけるべきだ。やるか」
アベルは呟く。
そして、剣を構えた。
やったのはそれだけだ。
たったそれだけで……。
オレンジュは呼吸が早くなるのを自覚した。
同時に、背中に汗が流れたのも分かった。
(これだ……。今、喋っていた間は全くなかった。だが、構えた瞬間に……圧迫された)
オレンジュも剣を構えている。
しかし、五感が叫ぶ。
こいつはヤバいと。
それは恐怖と歓喜が入り混じった感情。
まさに、狂喜。
(だが、なぜだ? なぜアベルが強い? 俺は魔人ガーウィン様の眷属、アベルは人間だ。すげー剣士なのは分かる、分かるし認める。だが、それでもアベルは人間だ。力も速さも、眷属である俺の方が上。それは天地がひっくり返っても変わらない事実のはず。それなのに、なぜ俺の五感は戦うなと叫ぶ? そして同時に、戦うことに喜びを見出している?)
オレンジュは剣を構えたまま、心の中で考える。
その間も、冷や汗は止まらない。
むしろそれを止めるために、理由を探しているというべきか。
(一年……たった一年で、ここまで変わるのか? 変わることができるのか? なら俺も……変わることができるか?)
理由は見つからず……だが、目の前の戦いから心と目を逸らそうとする自分の五感を、強引に引き戻すために、自らの成長に繋がるかもしれないと結論付ける。
そんな、オレンジュの心の整理を待っていたかのように……。
アベルが問う。
「来ないのか?」
その言葉に促されたかのように、オレンジュの体が動いた。
そう、まるで催眠術のように……。
誘われて。
ザシュッ。
一撃だった。
オレンジュの首が斬り飛ばされた。
結果だけ見ればアベルの圧勝。
だが、アベルが最も分かっている。それほどの差は無かったと。
むしろ、心以外の部分ではオレンジュの方が上回っていたのではないかと。
力、速さは言うに及ばず、技術においてもアベルが上とは決して言えない。
なら、なぜアベルは勝利できたのか。
「相手の冷静さを奪うのは、対人戦の初歩の初歩……か」
涼がいつも言う言葉を呟くアベル。
最初から最後まで、オレンジュはアベルに 呑(の) まれていた。
そんな状態では、力は出し切れないし勝てるはずがない。
「ガーウィンは、眷属を生き返らせることができるはずだが……三体とも死んだままか」
アベルは、自らが首を斬り飛ばした眷属たちを見る。
生き返っていない。
当の魔人ガーウィンを見ると……。
「さすがのガーウィンも、悪魔を相手にしては余裕がないか」
アベルは肩をすくめる。
さもありなんと。
悪魔レオノールと涼の戦いを、まさに人外の戦いを見たことがある。
だから、レオノールがどれほど強いのかアベルは知っている。
そのレオノールが……しかも、怒りに満ちたレオノールを相手にすれば、ガーウィンが眷属を生き返らせている余裕がないのも理解できる。
ちなみに、ガーウィンが率いてきた軍も全く動きはない。
その軍に囲まれるようにバットゥーゾン首長がいるが……。
「無理して俺が助ける必要もないだろう」
アベルは、ガーウィンらの戦闘が終われば解放されると理解している。
ガーウィンにとっては、バットゥーゾン首長などどうでもいいのだ。
涼やアベルと戦うための人質にすぎないと。
「まったく、人騒がせなやつめ」
アベルはそう呟くと、二つの戦闘を眺めるのだった。