作品タイトル不明
0752 死闘Ⅵ 涼対マリエ
涼は幻人マリエと 対峙(たいじ) する。
「僕はあの時、あなたから逃げました、マリエさん」
「逃げた?」
訝(いぶか) し気な表情になるマリエ。
「僕は魔法使いです。だから、剣で勝つ必要はない……そんな言葉で自分の心を納得させて、武器を狙って攻撃しました」
涼の声は決して大きくない。
だが、芯の通った声。
全く、揺るがない声。
「それは間違いでした。今なら認められます。僕は逃げた」
はっきりと言い切る。
そう、あの時、涼はマリエが持つ武器を弾き飛ばすことによって、魔法戦に持ち込んだ。
涼の両眼に浮かぶのは怒り。
過去、その選択をした自分への怒り。
なぜ、逃げる選択をしたのか?
「 抜刀術(ばっとうじゅつ) の撃ち合いで勝つ自信がなかったからです」
認める。
認めざるを得ない。
過去を認め、現在を受け入れる。
「今回は撃ち合うと? 私に勝てると? 抜刀術で?」
「勝ちます。いえ、勝って僕は先に進みます」
マリエの問いに、はっきりとマリエを見て涼は答える。
「その腕で?」
マリエの視線の先にあるのは、肘の先から斬り飛ばされた涼の両腕。
「<アイスクリエイト 右腕><アイスクリエイト 左腕>」
マリエの問いに答えるかのように、涼は自ら氷の両腕を生成する。
前回、東方諸国で戦った際にも生成した。
氷のゴーレムを造った際に、指を含めた腕の機構は研究済みだ。
しかも東方諸国の時よりも、今回の腕は 精緻(せいち) だ。
あの時は、指の一本一本は動かせなかったが、今回は動かせる。
また同じような目にあった時、もっとうまくやれるようにと……まさか、これほど早く『同じような目』に合うとは思わなかったが。
「便利なものね、水属性魔法というのは。前回も、そうやって右腕を氷で造ってたっけ。いえ、違うわね。水属性魔法が凄いのではなく、リョウが凄いんだ。危ないところだった。そこを見誤ると、また私は首を飛ばされる」
マリエは右頬を上げて口を 歪(ゆが) め、皮肉めいた口調になる。
マリエにとって涼は、力を抜いて勝てる相手ではない。
涼が、斬り飛ばされて地面に転がる、村雨と掴んだままの右腕を見る。
次の瞬間、斬り飛ばされた右腕が握っていた村雨が、涼の氷の腕の中に『飛んだ』。
「なに?」
マリエは顔をしかめる。
それは、なぜ地面に落ちていた剣が、自分で涼の元に移動したのか分からないから。
マリエは転生者だ。
地球人時代の記憶がある。
その記憶によれば、今のは……まるでサイコキネシス。
念動(ねんどう) 、あるいは 念力(ねんりき) ?
この転生してきた世界には魔法がある。
しかし、サイコキネシスは……多分、見た覚えはない。
「心を通わせた愛剣なら、これくらい可能です」
「うん、それは違うと思う」
涼がはっきりと言い切るが、マリエもはっきりと否定しきる。
間違いなく、マリエは愛刀『 虎徹(こてつ) 』と心を通じているが、多分『虎徹』はそんな動きはしない。
「つまり、水属性魔法の一種ということ」
マリエは結論付ける。
正解である。
薄い<アイシクルランス>で村雨の柄を囲み、自分に向かって飛ばした……種明かしをすればそれだけのことなのだ。
実は、今思いついたのでやってみたら、うまくいった……。
両腕を斬り飛ばされた後は、さすがの涼でも気持ちは落ち込んでいた。
しかし、こんな遊び心的なアイデアを思いつくくらいなのだから、ほぼ回復したようだ。
「斬られた腕は、後で<エクストラヒール>で回復してもらえばいいだけです」
そんな割り切り。
これが地球だったら大変なことだが、この『ファイ』には魔法がある。
村雨を飛ばしたのも魔法。
腕の回復をしてくれるものも魔法。
涼は、そんな魔法を使う魔法使い。
しかし、マリエとは剣で決着をつける。
もちろん、抜刀術の撃ち合いで。
とはいえ涼だって、完全に正面から、剣技のみでの抜刀術の撃ち合いで勝てるとは思っていない。
前回のように、相手の武器を狙っての攻撃ではない。
正面から抜刀術を撃ち合う。
全力で。
涼の『全ての力』を投入して、全力で。
涼の相棒は村雨、氷の刃を持つ剣だ。
外見の形としては、一般的な日本刀同様に反っているため、抜刀術を放つのには向いている方だろう。
だが、大きな問題がある。
それは、 鞘(さや) 。
抜刀術というのは、鞘の中で刀身を走らせて速度を上げる……と言っても分かりにくい。
簡単に言えば、抜刀する際の腕の動きを補正してくれるのだ。
それがあるからこそ、肩、肘、手首へと繋がる運動が、剣先に円を描かせる。
しかし、涼が持つ村雨の鞘は……村雨の 柄(つか) が納まるための革製のもの。
刃を生成した状態で走らせるものではない。
なので……。
「<アイスクリエイト 鞘>」
刀身を生成した村雨にちょうどいい氷の鞘が生成された。
「さすがは水属性の魔法使いだ」
称賛するマリエ。
「マリエさんは火属性の魔法使いでしたよね。あの時、融合プラズマとかいうので潰されました」
涼は覚えている。
東方諸国で戦ったあの時、『虎徹』を吹き飛ばしたのに、マリエは涼の背後に回り込んで周囲を炎の壁で囲んで逃げ道を閉じ、そこに<融合プラズマ>なる魔法を重ね掛けしたのだ。
数億度にもなる炎。
そんなものをくらえば、さすがの涼の氷でも消滅する。
「あの時、リョウが入った氷の棺ごと消滅させた……それなのにリョウは生きていて、私の首を斬り飛ばしたよね。あれは、何だったの?」
「え……これから真剣勝負をする相手に種明かしをするのは……」
「リョウが教えてくれたら、素敵な錬金術を見せてあげる」
「錬金術?」
「 積層(せきそう) 魔法陣って知ってる?」
「何ですかそれ!」
食いつく涼。
当然だ。
アニメや漫画では見たことがあるが、少なくともこの『ファイ』で見たことはない。
かの天才錬金術師ケネス・ヘイワード子爵でも、そんなものを使ってはいなかった。
これまで涼が読んできた本にも……『ハサン』から引き継いだ『黒い本』にも書いてなかった……多分。
まだ一部、理解できていない箇所があるので絶対ではないが……なかったはずだ。
「情報の交換をしよう」
「し、仕方ありません……」
マリエの言葉に、涼は抗うことはできない。
「別に特別なことではないのです。周りを炎の壁で囲まれた瞬間、空に逃げたのです」
「空? 確かに、対消滅の光が多少は周りにあったけど……氷の棺の中に、リョウがいたのは見えたよ」
「それは<アバター>で造った偽物です」
「アバター? 分身? ああ、なるほど」
マリエは何度も頷く。
「<融合プラズマ>を放った時には、すでにそこにはいなかったと。そして全てが終わった時、空から降りてきて私の首を斬り飛ばした……」
「はい」
「凄いわね」
「マリエさんも、空を飛べますよね」
涼は覚えている。
そして確認している。
あの時同様、マリエは両腕に『飛翔環』をはめているのを。
おそらく両足にも『飛翔環』をはめている。
合計四つも!
一個でも、『中黄』の外で使うと、魔力消費が尋常なく激しいのに……。
今回、涼の右腕を斬り飛ばした時も、『飛翔環』で突っ込んできたに違いない。
涼が認識する外から。
「抜刀術を放つのには関係ないよ」
マリエは『虎徹』を撫でながら言い切る。
「私の剣の技だから」
「そんなことより、錬金術です。積層魔法陣とかいうやつのことを教えてください!」
「うん? 戦闘が終わったらね」
「え……」
「え?」
涼が言葉を失い、マリエが首を傾げる。
「さっき、僕が種明かししたら教えてくれるって……」
「ええ、教えるわよ? 戦闘が終わったら」
「そんな……」
「だって、こんな戦っている最中に伝えられるわけないでしょう?」
当然だろうという表情のマリエ。
言われてみれば当然だ。
しかし……。
「僕が死んだら……」
「話は聞けないね」
「マリエさんが死んだら……」
「剣で斬られる程度では死なないよ」
「なんという差別」
マリエが笑顔で答え、涼が顔をしかめる。
こういう時に心から思うのだ。
人は何と弱いのかと。
「そういうことだから、問題ないね」
「……そうですかね」
涼は不満を表しつつも、どうしようもないということを理解している。
「やろうか」
「ええ、やりましょう」
抜刀術を撃ち合う……漫画やアニメでもない限り、普通、そんな状況は生じない。
相手より先に剣を届かせる……いや、もっと正確に言うと、剣先を届かせる。
抜刀術を物理的に解析した場合、最も長い距離を動くのが剣先だ。
デコピンで、中指が親指から解放される瞬間、中指に速度が乗る。
同様に、剣先が鞘から抜けきる瞬間、剣先に速度が乗る。
デコピンは中指がしなるが、抜刀術は右腕がしなる。
その意識が大切。
東方諸国でマリエの抜刀術に苦戦してから、涼自身、何度か抜刀術を解析してきた。
解析してきたが……未だマリエには届かない。
それは認める。認めよう。
しかし、勝ちたい。
正面から、打ち倒したい。
ならばどうする?
涼が出した答え……。
<ウォータージェットスラスタ>を使って、戦闘における全ての速度と威力を上げる。
セーラの『風装』から、水属性魔法版『風装』……名付けて『水装』。
ただし、セーラほどの完成度は無いため、せいぜい『簡易水装』。
『風装』は、体の移動だけであれば涼でも真似できる。
しかし、セーラが凄いのは、攻撃や防御でも使っている点。
ほぼ完全に、無意識で魔法を行使している点だ。
剣を振るう速度と威力を上げる……ただこの一事であっても、実際にやろうとすると非常に難しい。
剣を振る場合、上腕にかける加速と、肘にかける加速と、拳にかける加速など……それぞれに速度差が出る。
肩の付け根と拳とでは、移動距離が違うであろう?
腕が円を描くのだから、それは当然。
全てに精緻な調整が必要。
その中でも、最も難しいのは手首、そして剣を握る拳。
その二カ所は特に、<ウォータージェットスラスタ>の加速と、剣が相手に当たった際の衝撃とがぶつかる箇所。
両方向からの衝撃が重なり合う場所でもある。
普通の腕では、涼の手首はもたないと思うのだ。
それは、未だに、セーラほど完璧な超微細制御には自信がないから。
だが今は、幸いなことに、涼は氷で造った腕だ……ええ、幸いなことに……あえて、そんな言い方にしておく。
多少の無理がきくということ。
涼は完全に腹をくくった。
マリエも呼吸を整えた。
足を広げ、重心を落とす二人。
右手を柄にそっと置き、左手は鞘を握る。
二人の集中力が高まっていく。
空気が重く、沈んでいく。
音が消える。
景色が消える。
残るのは自分と相手だけ。
剣と鞘と腕を残し、自分も消える。
全てが 収束(しゅうそく) し……同時に弾けた。
放たれる二筋の閃光。
涼の右腕が斬り飛ばされた。
マリエの……首が斬り飛ばされた。