作品タイトル不明
0612 その行方は
「……行方不明?」
涼が首を傾げ、傍らのアベルを見る。
もちろん、アベルも思い当たる節は無いため首を振る。
「船団は、途中でいくつか寄港する予定が出されておりました。ですがそのどこからも、予定を過ぎても寄港しないのだがという報告がありました」
「船だから、天候のせいで遅れているとかそういうのは?」
「その可能性を考慮して、しばらく待った後で寄港していないという連絡が帝都に届きました」
「むぅ」
涼もアベルも顔をしかめる。
「その報告を受けて、ダーウェイ艦隊司令部も船を出して航路上はもちろん、航路海域を離れた場所まで捜索を行いました。それが一週間前でした……状況が変わったのは一昨日です」
「響音会の日ですね」
「はい。その日、 哨戒(しょうかい) を行っていた艦隊が、一隻の船を救助しました。その船に乗っていた者たちは手紙を帝都に運ぶ途中でした」
「それで?」
涼もアベルも、船団の行方不明と手紙との関連が分からないために先を促す。
「これがその手紙です」
ミュン船長はそう言うと、一通の封筒を差し出した。
「え? 僕に?」
驚いたのは涼だ。
「宛先は、リョウ殿とアベル殿になっています。艦隊司令部に着いた際に、中を開けて確認したので封が切られているのはご勘弁願います」
ミュン船長がそう言いながら差し出す封筒を受け取る。
表には、『リョウ殿・アベル殿へ』と書いてある。
中には一通の手紙が。
『決闘状
コマキュタ藩王国ならびにスージェー王国の者たちを預かった。返してほしければ別紙地図の場所まで来られたし。
何人で来ても構わない。
服装、装備も自由。
目的は、尋常なる勝負。勝敗に関わらず、二人が来れば預かった者たちは、無傷のまま返すことをここに約束する。また、二人が勝てば、ダーウェイにとって非常に重要かつ貴重な情報を提供する用意がある。
ルリより』
「……なんですか、これ」
「決闘状って、書いてあるな」
「ルリって……もしかしなくても、あの幽霊船ルリの二人ですよね?」
「他にルリは知らん」
「決闘状というより、脅迫文じゃないですか」
「まあ、船団の連中が、無事であり無傷である事は確かだろうから、それは良かったが」
涼とアベルが手紙を見ながら会話する。
「再戦要求ということは、前回よりも強いってことですよね。僕らの力を知ったうえで、それを超えられる見込みがあるからこその再戦でしょう?」
「 厄介(やっかい) だな」
涼もアベルも、幽霊船の上での戦闘は覚えている。
決して、簡単な相手ではなかった。
特に涼は、水属性の魔法を封じられての戦いだったし……。
「水属性の魔物、みたいなものって言ってましたからね。魔法を使えないというのは、魔法使いにとってはけっこう大変なんですよ」
「うん、魔法を使えないってのは、普通の魔法使いだとけっこう大変じゃなくて絶望的な」
涼が顔をしかめながら不満を述べ、アベルが認識違いを指摘する。
「とはいえ、行かないという選択肢は……」
「ないな、さすがに」
最初から結論は決まっていた。
「ミュン船長がこれを僕らの元に持ってきたということは、ダーウェイ艦隊も知っているということですよね? この地図に書いてある島に行くことにも協力をしていただけるのでしょうか?」
「もちろんです。確かにこの二カ国とは国交はありません。ですが、皇子の婚礼に来た外交団がその帰路で誘拐されたとなれば、ダーウェイとしても無関係ではすみません。国のメンツというものがあります」
涼の問いに、ミュン船長が頷きながら答える。
海の上、ダーウェイ南方沖とはいえ、十分にダーウェイの勢力圏で外交団が捕らわれているとなれば、メンツを潰され続けているとさえ言えるだろう。
だが、ダーウェイ艦隊だけでどうにかなるものではない。
明確に、宛先があるからだ。
しかも、その宛先が……。
「最初は、艦隊司令部も、宛先にある『リョウ殿』がロンド公爵と同一人物であることは知りませんでした」
「今は知っている?」
「はい、私が教えましたので」
「ああ……」
「艦隊司令部の暴発を抑えるのに必要だったもので。申し訳ありません」
「暴発?」
「こちらに人を派遣して、お二人を強制的に連れて行こうと……」
「なるほど」
ありそうなことだ。
だが、相手が皇帝の覚えめでたいロンド公爵となれば慎重になるだろう。
それで、ミュン船長は涼=ロンド公爵というのを明かしたらしい。
「決闘状の件は承知いたしました。我々を、この島に運んでください」
「ありがとうございます」
「ただ、何カ所かに知らせておきたいですね」
「艦隊の方も、準備に取り掛かってはいますが……全ての準備が終了するのは、明日の午前中かと」
「分かりました」
いくつかの手はずを整えて、ミュン船長は艦隊司令部に戻っていった。
「ルリの二人……どれくらい強くなっているだろうな」
「分かりませんけど、『本体』とかいうのが出てきたら、僕らなんかでは話になりません。多分、出てこない気はしますけど。あの二人、戦うのを楽しみたいだけでしょう?」
「リョウは、あいつらが何なのか知っているのか?」
「いえ、あくまで推測です」
そう断ったうえで、涼はある推測をアベルに告げる。
その内容にアベルは絶句した……。
「外れていることを祈ります」
「同感だ」
涼が、今日この後の予定を言う。
「僕たちも、今日のうちにいくつか回ります」
「リュン王府からか」
「そうですね。その後、皇宮で皇帝陛下にもお伝えしておきましょう。艦隊司令部から連絡が行ったかもしれませんが、直接お伝えするに越したことはありません」
この 一手間(ひとてま) が、今後の人間関係をスムーズにすることを涼は知っている。
「まずはお隣、リュン王府ですが……」
涼はそこで言葉を止めると、庭に目を向けた。
その視線の先に、黄色いスカーフをつけたゴーレムが走ってきて停止する。
涼はその頭に手を当て、何事か念じた。
「なんとか二号君?」
「友好の証二号君に関して、ルヤオ隊長にルート権限を付与しました」
ルヤオ隊長は、リュン王府の親王羽林軍の隊長だ。
「るーとけんげん?」
「管理者権限? フルアクセス? フルコントロール? まあ、どんな命令でも出せるようにです」
「だが戦闘能力は無いだろう? 大きさも人と同じくらいだし」
「確かに武装とかはないですけど、盾くらいにはなれますから」
「俺たちがいない間に……何か起きると?」
「可能性の問題です」
アベルの問いに涼は頷く。
「アベルが誰かを排除したいと考えた時、もう実力行使で排除するしかないくらい追い詰められた時……その誰かを守る強力な戦力が周りを離れたらどうします?」
「ああ……ビン親王が、 自暴自棄(じぼうじき) になってリュン親王を襲うか。だが、そんなことをすれば、今度こそ皇帝の怒りを買うだろう?」
「ええ。冷静に考えればそう分かりますよね。でも、人は追いつめられると、そんな当たり前の事さえ見えなくなります。打てる手は打っておくに越したことはありません。何も起きなかったら笑い話にすればいいだけですから」
「違いない」
追い詰められた人は、本当に何をしでかすか分からないのだ。
ほんの少しでも思考力があれば、あるいは普段なら絶対にしないようなことをする。
絶対にしない判断を下す。
絶対にしない命令を下す。
安全保障に関する限り、やり過ぎとも思えるほどの準備をしておいた者が……結局、最後に生き残る。
二人は、まず隣家を訪れた。
リュン王府である。
緊急事態であるため、先触れはない。
リュン親王は、供回りの者たちと訓練を見ていた。
「突然の訪問、申し訳ありません殿下」
「ロンド公、お気になさらずに。それで?」
涼は、起きた事態についてかいつまんで説明した。
『幽霊船ルリ』のくだりでは、全員が驚いていたところをみると、幽霊船ルリはダーウェイでも知られているようだ。
しかも、伝説の幽霊船として。
「分かりました。私の婚礼で訪れていた外交団が誘拐されたとなれば、当然放置などできません。王府の事は気にせずに、助けにいってください」
「殿下、感謝いたします」
リュン親王の言葉に、感謝する涼。
だが、いちおう懸念していることも伝えておく。
「ご存じかと思いますが、八十人の二級冒険者の行方が知れないままだそうです」
「ビン兄上のところのリンスイが雇っていた者たちですね」
公式にはそうなっているために、リュン親王も言葉を選んでいるようだ。
味方ばかりがいる場であっても、高い立場の親王として言葉は慎重に使わねばならない。
「どのような動きをするか分かりません。お気を付けください」
「分かりました」
王府を去る前に、涼はルヤオ隊長に伝えておくことにした。
「友好の証二号君は、ルヤオ隊長の命令をすべて受け入れるようにしてあります。いつでも使ってやってください。なんなら、王府に置いておいてもいいですよ?」
「ありがとうございます! 王府ではなく輪舞邸で大丈夫です。時々、見に行きますね!」
涼の言葉に、笑顔を浮かべて答えるルヤオ隊長。
元々美人であるため、笑顔になると魅力が一層増す。
ゴーレムである友好の証二号君は、笑顔の魅力は理解できないだろうが……。
次に二人が向かったのは皇宮。
こちらも先触れはしていない……というか、皇帝に 謁見(えっけん) を願い出る先触れなどありえない……。
基本的に、約束もしていない人間が皇帝に会うことはできないから。
しかし……。
「主上がお会いになるそうです。太極殿にご案内いたします」
二人はすぐの面会を許された。
「ロンド公、外交団の件、先ほど聞いたところだ」
皇帝ツーインにも、艦隊司令部を通して今回の件は伝わっている。
「ダーウェイ艦隊のお力を借りたいと思い、陛下の下を訪れました」
「うむ、もちろん艦隊を出そう。艦隊司令部から、分艦隊編成案も届いておる。それによれば、足の速い船ばかり二十隻、ミュンが司令官として率いるようだ」
「ミュン船長が?」
さすがにそれには涼もアベルも驚く。
ミュン船長は、公船第一船の船長だ。
もちろん、元提督であることは知っているが……。
「ぜひにとミュンからの希望があったらしい。一時的に、提督復帰の願いだ。ミュンであれば、余も安心して二人を任せられる」
皇帝ツーインはそう言うと、何度も頷いた。
そしてこう言って送りだした。
「ロンド公、アルバート殿、ご武運を」
「陛下、行ってまいります」
こうして二人は、ダーウェイ分艦隊でルリとの戦いに 赴(おもむ) くのであった。