作品タイトル不明
0613 御庭番
「帝都から、この指定の海域まで片道三日といったところです」
涼とアベルが乗艦し、出航する前に提督に戻ったミュンが海図を広げて説明している。
だが、表情が渋い。
「ただ、指定された島というのが、正直よく分かっておりません」
「え?」
ミュン提督の言葉に、首をかしげる涼。
アベルも意味が分からないようで、同じように首をかしげている。
「指定された海域は分かります。ですがその辺りに島はないのです」
「なんですと……」
「この分艦隊旗艦の艦長、先ほど挨拶したジュン・カーですが、彼も知らないとのことでした。ジュン・カーは、ダーウェイ艦隊でも屈指の経験豊富な艦長です。彼でも知らないとなると、普通の島ではないでしょう」
ジュン・カー艦長はミュン提督とほぼ同年代、四十代半ばの冷静で優秀な艦長に見えた。
初対面の涼とアベルに、この人なら大丈夫と一瞬で確信させるような雰囲気を 纏(まと) った……。
そして、ミュン提督がこう説明するということは、やはり優秀な艦長のようだ。
その艦長すら知らない島?
「魔法か何かで生み出した島なのかもしれませんね」
涼の言葉に、ミュン提督は無言のまま頷いた。
どちらにしろ、普通の相手ではない。
幽霊船ルリと言えば、ダーウェイでもよく知られているらしい。
だがそれは、演義の中に出てくる伝説の幽霊船としてだ。
実際に遭遇して、生きて帰ってきた者はいない。
しかも今回は、そんな幽霊船からの決闘状?
実はミュン提督の頭の中には、クエスチョンマークがいっぱい飛び交っている。
とはいえ、やるべきことは理解している。
二人を送り届けること。
そして、戻ってくること。
今回、足の速い艦だけ二十隻の艦隊を組んだのは、いろいろな理由がある。
まず一つは、当然、できるだけ早く指定海域に到着するため。
時間をかけていいことなど何もない。
次に、救出する相手は二カ国の外交団だ。
船が無事ならいいが、そうでない場合は、この艦隊に分乗させて戻らねばならない。
そのために二十隻という数が必要となった。
軍艦には、そもそも予備的空間はそれほどないから。
最後に、今言った通り、二十隻全て軍艦だ。
それは、到着した先で何が起きるか分からないために……。
ロンド公に届けられた手紙では、解放を約束していたが……正直分からない。
最悪の事態を想定するのが提督の仕事。
軍艦であれば、何が起きても対処できる。
ミュン提督はそう考えていた。
「ロンド公にお尋ねしたいことがあります」
「はい、なんでしょう?」
ミュン提督は、二人の乗船以降、ロンド公呼びで統一している。
公船の時にも、その後の帝都で何度か会った際も、ずっと『リョウ』呼びだったのだが、艦上ではそれは避けた。
ここには、他のダーウェイ軍人がいる。
彼らは『ロンド公爵を運ぶ』という任務を受けている。
だから、ミュン提督もロンド公と呼ぶことにしていた。
「幽霊船ルリ……正直なところ、勝算はどれほどでしょうか?」
「ああ……それはとても難しいですね」
涼は、そう言うとアベルの方を向いた。
アベルも首を振っている。
確かに、一度勝っている。
だが、戦闘後、ルリの二人はこう言ったのだ。
「この二人相手には、この『器』じゃ弱すぎたな」「いつか、本体で戦ってみたいね」と。
つまり、条件さえ揃えば、まだまだ強くなるということ。
そして今回、外交団を 攫(さら) ってまで二人に対戦を要求してきたということは、その条件が揃い、前回よりも強い状態で戦えるということなのだろう。
涼とアベルはそう認識している。
「人質になっている人たちを回収したら、島を離れてください。あえて皆さんや人質を攻撃しようとはしないでしょうけど、その島は戦場になります。戦場では何が起きるか分かりませんから」
「……承知しました」
涼の言葉に、ミュン提督は頷いた。
言われるままに、戦場になるのだろう。
数多の戦場を渡り歩いたミュン提督である。
戦場では何が起きるか分からない……それは痛いほど知っている。
だからこそ、万全を期さねばならない。
幽霊船ルリを知る涼たちがそう言うのであれば、それに従うのが最も合理的。
ミュン提督の元を離れて涼とアベルが案内されたのは、船尾提督室。
今回、二人はゲストであり、皇帝からも二人をもてなせと言われているため、旗艦にある提督室が割り当てられている。
「リョウ、昨日の夜、寝てないだろ? 休んだらどうだ?」
「いえ、島に着くまでにやっておきたいことがまだあるんです」
アベルが休むことを提案するが、涼は拒否していつもの氷の板を生成した。
涼がこれを取り出すときは、たいてい錬金術だ。
「昨日の夜も、錬金術をしていただろ?」
「ええ。昨日のやつは、輪舞邸の分です」
「輪舞邸?」
「正確には、友好の証二号君と輪舞邸 御庭番(おにわばん) 二番隊ですね」
「友好の証二号君は分かるが……御庭番二番隊?」
涼が説明するが、アベルは首をひねる。
多分、初めて聞いた単語だ。
「友好の証二号君の下に、ゴーレム十機を配置しました。彼らは二番隊として、隊長機である二号君の配下として動くのです」
「すまん、よく分からん」
涼の説明が適当であるため、アベルには通じていないようだ。
仕方ないだろう。
そもそもアベルは『御庭番』という言葉を知らないのだから。
「御庭番というのは、ゴーレムたちが庭の掃除をしているからか?」
「いや、まあ、確かに元々の語源である御庭番たちも、普段は庭師的なお仕事をしていましたけど……」
御庭番とは、江戸幕府において将軍の直接の指示を受けて諜報活動を行った 隠密(おんみつ) のことである。
時代劇では、幕府の忍者として、スパイのような破壊活動までやっていたように描かれることもあるが……実際のところは不明である。
資料など残されていないため、当然であるが。
一般的には、八代将軍吉宗……いわゆる暴れん坊将軍として時代劇で描かれる彼の時に設けられたと言われている。
実際は、時代劇で描かれる忍者のようなものではなく、目付や大目付……ダーウェイにおける刺史のように各地方の監察を行ったり、江戸市中の見回りを行ったりしていた役職であったと……。
まあ、実際、江戸城の庭の番をしていたために、御庭番だったわけで……輪舞邸のゴーレムたちも庭の番をしているので御庭番というのは正しい……に違いない。
「友好の証二号君も、先触れ担当一号君同様に隊長機です。二号君の下に十人のゴーレムを配置しました。彼らが御庭番二番隊として、二号君の指示で動くのです」
「そうか……戦闘能力はないと言っていたが、いずれはそいつらが世界を征服するのかもな」
「いいですね! 欲望の無いゴーレムたちに支配される世界は、平和な世界に違いありません。人間のような欲まみれの生物より、はるかに世界のためですよ」
なぜか嬉しそうに言う涼。
間違いなく、生み出されるのはディストピア……機械に支配される暗黒世界的なものになりそうだが。
アベルは小さく首を振るのであった。
三日後、分艦隊は予定の海域に到着した。