軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0558 梅林苑

梅林苑は、皇宮にほど近い場所にある、梅の名所だ。

本来、帝都民なら誰もが余暇に利用する公園だが、今日は制限がかけられていた。

とはいえ元々柵などがあるわけではなく、しかもかなりの面積があるため人の出入りを完全には制限できていない。

それは、シオ・フェン公主周辺も理解していた。

「ここは、あまりにも開放的すぎる」

「本当です。マタン伯が立てられた予定では、皇宮内でのお花見だったのですが」

公主護衛隊長ビジスが護衛のしにくさを指摘し、侍女ミーファも予定の変更を訝しむ。

「仕方ありません。公主饗応役が決めること。明日の婚礼の儀以降は、全て昔からの儀礼通りということですから、今回のように直前の変更はないでしょう」

一人、 達観(たっかん) しているのはシオ・フェン公主本人。

とても十七歳とは思えない達観ぶりだが、これも小さい頃からの多くの経験によるものだ。

もちろんその経験は、楽しいものばかりではなく……いや、むしろつらく悲しいものが多かった。

命を狙われたのも、十回や二十回ではない。

故国において、それである。

このダーウェイのように、皇位継承の争いが渦まく大国であれば、さらに多くの困難に襲われるであろうことは覚悟していた。

「さあ、二人とも、宴が始まります」

『お花見』とは言っても、実際に梅林の中に入っていって梅の花を愛でるわけではない。

設(しつら) えられた席に座り、この場に入ることを許されたシタイフ層の奥方たちと、お茶を飲みお菓子を食べる。

奥方たちは、四人ずつ公主の前の席に来て、十分ほど会話する。

それが六回行われる。

それがお花見。

新たに公主饗応役となったメゾ伯は、他の高級官僚たちと共に、宴の脇に控えている。

このお花見は、女性たちが主役なのだ。

だが、メゾ伯の動きは、控えているだけではなかった。

裏に回り、自分の部下と小声で会話をする。

「例の者たちは?」

「配置は完了いたしました」

「よし、合図を出したら混乱させ、速やかに公主に毒を打ち込め」

「承知しております」

しかし……その時、表で想定外の事が起きていた。

シャララン。

竪琴の音が響き渡る。

ただ一掻き。

それだけで、お花見の参加者の視線が、一人の男性に釘付けになった。

参加者の一人が声をあげる。

「ワンア・シー様!」

吟遊詩人のワンア・シーは、シタイフ層にも顔を知られている。

この一年ダーウェイで、特に帝都ハンリンで活動してきた成果だ。

声をあげてくれた女性に、にっこり微笑む。

歌声が無くとも、その魅力的な笑顔だけで女性の心を掴む。

それも、吟遊詩人に必要な資質。

「ここでお目にかかれましたのも何かのご縁。ぜひ、私めの歌をお聞きいただければと思うのですが……」

ワンア・シーはそう言うと、シオ・フェン公主に向かって、優雅にお辞儀する。

それを受け、シオ・フェン公主も優雅に頷いた。

「ありがとうございます。今回、趣向を凝らしまして、歌の場面に剣舞を合わせてみました。どうか、お楽しみください」

ワンア・シーがそう言うと、二人の男性が進み出てきた。

一人は、黒いマントを羽織り、剣を背負った剣士だ。

もう一人は、白いローブを羽織った、魔法使いに見える。

「あ、アベル先生?」

「リョウ殿?」

シオ・フェン公主の後ろに控える侍女ミーファと公主護衛隊長ビジスが、思わず声を漏らす。

「今、最も勢いのある吟遊詩人ワンア・シー殿と登場するなんて……あのお二人は、いつも驚かせてくださいますね」

シオ・フェン公主の微笑みながらの呟きは、小さすぎて周りの女性陣には聞こえなかった。

「王都は落ちた。王弟と帝国の手に落ちた。民の嘆きが王国の空を覆う。民の憤りが王国の大地を奔る。民の希望が……王国に新たな王を生む。その名はアベル王。辺境の街にて立ち上がらん。王国の暗雲を吹き払う冒険者の王。民の涙をまとめ、侵略者に立ち向かわん」

ワンア・シーが歌い始めると、それに合わせて、アベルが赤く輝く魔剣を振り始める。

ゆっくりと、だがある種の優雅さを持ちながら……。

それは、アベルが毎日のように振るう剣筋なのだが、ダーウェイ人からすれば珍しいものらしい。

そして、歌が進み、戦いの曲となっていくと涼の出番だ。

少し離れた場所に片膝をついて、そこで氷の人形を生成する。

その人形が、<アイスバーン>の上を滑っていき……アベルに斬られる。

手も足も動かないのだが、剣を振りかぶった剣士っぽくしたり、杖を掲げた魔法使いっぽくしたりと、涼らしい変わったこだわりがあるようだ。

氷の床の上を滑っていき、次から次に斬られる。

歌に聞き入りながらも、その光景にも魅入っている聴衆。

だが、ふと我に返った者たちがいた。

メゾ伯とその周辺だ。

「な、何をしている。合図を出せ!」

「ははっ」

それによって、お花見を遠巻きに見ていた帝都民の一団が動き出した。

一帯を囲うように守っていた守備兵たちと衝突が始まる。

それは当然、守備の綻びを生み……一部が抜けてきた。

「<アイスウォール10層>」

<パッシブソナー>で状況を見ていた涼により、シオ・フェン公主を含む女性陣と、ワンア・シーら一行は、氷の壁に保護された。

ガコンッ、ガコン、バタン、ガン……。

透明の氷の壁にぶつかる者たち。

守備兵を抜けてきた者たちであり、一癖も二癖もありそうな者ばかりだ。

さすがに、氷の壁にぶつかる派手な音によって、保護されている女性陣たちも怯える。

「大丈夫です。この氷の壁は、絶対に破れませんから」

シオ・フェン公主が、笑顔を浮かべて絶対の自信に満ちた言葉を吐いた。

それは、怯える女性陣たちを、平常に戻す。

「ああ、ワンア・シー、続きを」

小さめの声で涼が告げる。

それを受けて、ワンア・シーは一つ頷き、再び歌い始めた。

その歌は、女性陣の不安を完全に払しょくしていった……。

「アベル王に、付き従う一人の魔法使いあり。その魔法は、天を消し、大地を砕き、世界を凍てつかす、大いなる水の魔法。ただ一撃にて、十万の大軍を打ち破りしは、夢幻にあらず。人は讃えて氷瀑、あるいは白銀公爵と謳うなり」

最後の、ロンド公爵の歌を歌い終わるワンア・シー。

一瞬の空白後、拍手と黄色い声が響き渡った。

「きゃあああああ、ワンア・シーさまー!」

「最高! ほんっとうに最高!」

「ああ、アベル王とロンド公爵様にお会いしたいわ……」

最後の言葉を聞いた約二名が、スッと視線をそらしたのは誰も気付かなかった。

その頃には、さすがに守備兵が体勢を立て直して、氷の壁に阻まれていた者たちも排除していた。

予備として梅林苑の外に置かれていた守備兵たちも、援軍としてやってきてさらに強固な壁となったようだ。

守備兵の隊長などは、最初からそうすべきだったのだと呟いていたが……誰か偉い人に、外での予備に回されていたらしい。

「ワンア・シー殿、それと一行のお二人、素晴らしい歌と剣舞でした」

シオ・フェン公主が、総括して称賛すると、ワンア・シー、アベルと涼は恭しく頭を下げた。

すかさず、ビジス隊長が前に出て、ワンア・シーにお金の入った袋を渡す。

ワンア・シーは、一層深く頭を下げた。

「メゾ伯殿!」

「は、はい、公主様」

シオ・フェン公主が呼ぶと、メゾ伯が転がるように前に出てきて礼をとる。

「外で何かあったようですが、解決しましたか?」

「はい……」

「では、皆で皇宮に戻りましょう。ぜひ、皆様にお茶を振る舞いたいわ。先ほどの演奏についてもお話ししましょう」

「はい! 公主様!」

シオ・フェン公主の言葉に、嬉しそうに頷く女性陣。

彼女たちは、 凡百(ぼんひゃく) の者たちではなく、ダーウェイにおける貴族階級とも言うべき、シタイフ層の奥方たちだ。

夫の中には、メゾ伯と同格の『伯』もいる。

事故を装った民衆の暴動に巻き込まれるならともかく、メゾ伯の一存で行動を縛るのは難しい。

メゾ伯は、顔を蒼白に染めながらも、一行が戻る手はずを整えるしかなく。

失敗した自分が、この後どうなるかは想像したくもなかった……。

シオ・フェン公主と女性陣が、皇宮に入るのを見届けると、涼、アベル、ワンア・シーの三人は、ようやく一息ついた。

「良かったですね」

「まさか、暴動が起きるとはな」

「ああ、素晴らしい題材を手に入れました! ありがとうございます!」

涼とアベルが問題を回避できたことを喜び、ワンア・シーが吟遊詩人としてまた一つ、宝物を手に入れたことを喜ぶ。

「いやあ、アベルさんの剣舞は見事でしたね! 赤く輝く魔剣と相まって、とても美しかったです!」

「そ、そんなたいしたもんじゃないぞ」

ワンア・シーの絶賛に、照れるアベル。

顔を真っ赤にしながらも、称賛されて嬉しそうだ。

「それに、リョウさんの魔法も凄いですね! 氷の人形ですか? あの造形も素晴らしかったですけど、氷の壁も頑丈でしたね!」

「いやあ、それほどでも」

こちらもワンア・シーの絶賛に、照れる涼。

涼もアベルも、褒められて伸びるタイプに違いない。