軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

0516 剣と音楽

「……翌日から、師匠アベルによる過酷な訓練が始まった。人を人とも思わない恐ろしい訓練メニューは、徐々にミーファの心と体を 蝕(むしば) み、容赦なく打ち倒してくるアベルの剣は、狂剣士アベルの名が嘘ではない事を周囲に知らしめた。情け容赦のないその剣は……」

「……リョウ、何だそれは?」

「え? 気にしないでください。腹ペコ剣士アベルシリーズ『外伝 弟子ミーファの苦難』の一節……になるかもしれない文章です。ただのフィクションで、実在の人物や組織の名称とか一切関係ありませんから」

涼は、紙などに書きながら話しているのではない。

なんとなく、しゃべっているだけだ。

「ここに出てくる『アベル』というのも、アベルの事じゃないですから。物語の中の、架空の人物です」

「読んだ人は、絶対俺の事だと思うだろう?」

「そ、それは読者が誤解しているだけです。僕のせいではありません」

「人を惑わせる書物か。王国では、発禁にすべきかもしれんな」

「なんてことを! 検閲(けんえつ) 反対! 表現の自由を守れ!」

拳を突き上げて、主張する涼。

世界は、いろいろと複雑な問題を抱えているのかもしれない……。

もちろん、アベルによる現実の訓練は、ある意味丁寧だ。

最初の宣言通り、模擬戦を行い、アベルが気付いた点を指摘し、改善策を提示する。

文字にすればこれだけだが、そもそも問題点を指摘し、改善策を提示するのがなかなか難しい。

どんな分野でもそうだが、熟練者でなければできない。

そして、アベルは熟練者であった。

アベルが、モゴック局長にお願いしていたことが一つあった。

それは、模擬戦用に刃を潰した、様々な武器を揃えてもらう事。

この模擬戦の主目的は、ミーファの経験不足を補うことにある。

そのため、アベルが使う武器を変えて模擬戦を行う。

それぞれの武器に対して、ミーファは適切に戦う……そんな経験を積んでいく。

ミーファは女性であるため、男性に比べて筋力は少ない。

片手剣は、片手のみで剣を扱うため、相手の体重の乗った打ち込みを正面から受け止めるのは、筋力のある男性でも難しい。

基本は、剣に角度をつけて受け流すことになる。

それは、経験によってのみ、身に付ける事ができる……。

アベルは一つ一つ丁寧に教え、ミーファは真面目に取り組んだ。

それは、傍から見ている涼にもよく分かった。

え? 涼は何をしていたのか?

模擬戦が行われる中庭の椅子に座って、図書室から持ってきた本を読んでいる。

ちゃんとモゴック局長や奥様の許可はとってあるのですよ。

時々、そんな涼の横に奥様が座って、ミーファの訓練の様子を見ることもあった。

目の前で行われる訓練に関して、奥様が質問することがけっこうある。

涼は、その質問に答えていた。

アベルに代わって。

「決して、無駄飯食いではないのです」

「別に、何も言っていないだろう?」

訓練が始まって数日後、昼食の席で、涼はアベルにそう主張した。

「アベルの視線が、そう言っているように見えました! 働かざるもの食うべからずと」

「……そうか」

実際、アベルとしては、涼を非難するつもりなど全くない。

ただ、涼が読んでいる本は気になっていた。

「『呪符と霊符の歴史と効用』?」

「ええ。図書室にありました。呪法の中でも、呪符を中心にいろいろ書いてあって、とても興味深いです」

「ほぉ」

「図書室の、召使司書さんに聞いてみたら、これは入門書で、さらに専門的になる続編もあるそうなので、読み終わったらそちらに進むつもりです」

「そういうところ、リョウは真面目だよな」

「フフフ、 真面目家(まじめか) 涼と呼んでいいですよ」

「いや、呼ばない」

食後、二人はモゴック局長の部屋に向かった。

事前に呼ばれていたのだ。

モゴック局長は、ミーファの上達を喜び、心から感謝した。

その上で、今後の日程が決まったということで、それを伝えるために二人を呼んだらしい。

「二週間後、代官スー様が首都ジョンジョンに向かわれます。その時に、ミーファも首都に向かうことになっていたのですが、お二人も一緒に首都に移動していただくことになりました」

「承知した」

「首都でも、我が屋敷に滞在いただく予定です。お二人は……さらに北に向かう予定だと伺いましたが」

「最終的に、中央諸国に戻るつもりだ」

アベルがミーファを弟子に取った後、今後の予定に関して、正直にモゴック局長には話すことにしたのだ。

娘を弟子として預ける以上、ある程度は信頼していると考えてもいいだろうと。

であるならば、正直に目的を伝えて、協力してもらった方がいい。

モゴック局長は一つ頷くと、改まった表情で話し始めた。

「ミーファは、陛下の三女、シオ・フェン公主様の侍女となります。それは、公主様が 輿(こし) 入れをするので、それについていくためです。輿入れ先は、ダーウェイの第六皇子です」

「ふむ」

モゴック局長の説明に、アベルは顔色を変えずに聞いている。

隣に座る涼は、心の中で首をひねっていた。

(ダーウェイって、どこかで聞いた気がするんですが……はて……)

「第六皇子は、次期皇帝位争いからは一歩引いていて……というより、後継者の候補には上がっていません。民からは好かれていますが、いわゆる権力者となる鋭さのようなものは持っていないとか。第六皇子の正妃となるシオ・フェン公主としては、もちろんその方がいいわけですが……」

「後継者争いに絡むと、命の危険が増すからな」

「おっしゃる通りです。その辺りの事もあって、ミーファは剣に専心しているのです……」

モゴック局長はそこまで言うと、深くため息をついた。

「ミーファは、輿入れするシオ・フェン公主とは仲がいいとか」

「はい。今、ミーファは十六歳、シオ・フェン公主は一つ上の十七歳です。妻がシオ・フェン公主の叔母にあたりますし、私が、首都に長くいたこともあって、二人は幼い時から姉妹のように仲良く育ちました。そのため、シオ・フェン公主の輿入れが決まると、すぐにミーファは侍女としてついていくと宣言し……」

モゴック局長は、再び深いため息をついた。

「その、ダーウェイというのは、厄介な国なのか?」

「はい……。ああ、お二人は中央諸国の方ですからご存じないでしょうか。ダーウェイ……中央諸国風に言えば、ダーウェイ王朝と言うべきかもしれません。王朝の名前が国の名前として通用します。なぜならその国こそが、『東方諸国そのもの』だからです」

「そうか! その国か……。中央諸国では、ただ『東国』とだけ習うな。なぜなら、王朝がいろいろと変わるからだ。東方の超大国。そうか、今はダーウェイ王朝か……」

アベルが知っていたことに、モゴック局長は驚いたようだ。

「ご存じでしたか。ええ、東方諸国以外では、『東国』と呼ばれることもあるようですね。東方諸国の者は、皆、その時々の王朝の名で呼びます。百五十年前に、新たな王朝が打ち立てられました。それが、ダーウェイです」

「あの……それって、どれくらい大きいのですか?」

ずっと黙ったままだった涼だが、どうしても気になったので尋ねてみた。

答えたのは、モゴック局長ではなくアベルだ。

「中央諸国で言うなら、王国、帝国、連合の三大国を合わせたほどの領土。他の周辺国家との国力差も、いつの時代でも数十倍の開きがあると言われる」

「それは……凄いですね」

「我がボスンター国も、ダーウェイの意向には逆らえません。もっとも、我が国の政治に口を出してくるようなこともありませんが」

アベルの答えに涼が驚き、モゴック局長は関係性を説明した。

涼の頭の中には、古代アジアにおける 冊封(さくほう) 体制という言葉が思い浮かぶ。

基本的に、貢物を出しておきさえすれば、口出しはしてこないし、超大国の 威光(いこう) で王の権威も後押ししてもらえる……。

ある種の国際秩序といってもいい。

「お二人が中央諸国に戻るなら、必ずそのダーウェイを通り抜けることになります。中央諸国に行くには、ダーウェイ北西部から、いくつものオアシス国家を通っていく以外に道はありませんから」

「なるほど」

モゴック局長の説明に、涼もアベルも頷いた。

「首都ジョンジョン以降は、また考える事にしましょう。とりあえず、今はミーファの剣ですね」

「ミーファは、他の準備は問題ないのか? 侍女としてついていくのだろう。まあ、立ち居振る舞いは問題なかったが……」

「はい……」

アベルは、それほど深い考えがあって尋ねたわけではなかった。

だが、モゴック局長がついたため息は、今までのどれよりも深い……。

「何だ、問題があるのか?」

「いえ、問題と言いますか……。ダーウェイは元々、 尚武(しょうぶ) の国でした。ですが、さすがに百五十年も大国として君臨すると、武よりも文が強くなります」

「まあ、どんな国でも通る道だな」

モゴック局長が言い、アベルも同意した。

それくらいは、アベルでも知っている歴史の共通項だ。

「おっしゃる通りです。現在のダーウェイにおいては、文の中でも芸、特に音楽、器楽に関する人材は重宝されます。そのため、各国が送り込む人材も、その辺りを重視しております」

「ミーファは、苦手なのか?」

「いえ、むしろ得意だと言えるでしょう。小さい頃から、シオ・フェン公主と一緒に、多くの楽器を演奏してきましたから。特にヴァイオリンは」

「ほぉ」

「シオ・フェン公主と共に向かう侍女の中では、最も上手いですし、基準は大きく超えてはいるのですが……ダーウェイにおいては、上手ければ上手いほどいい。それは、シオ・フェン公主のダーウェイ宮廷内での地位も上げることに繋がるでしょう」

「ミーファは賢い子だ。それは理解しているだろう?」

「はい。ですが、剣も楽器も両方は無理だと……。自分は替えが利かない剣を、楽器は他の侍女に任せると……」

「なるほど。その理屈も分からないではないか」

アベルは、ため息をつきながら頷いた。

「ああ、すいません、 愚痴(ぐち) を言ってしまいました。どうか忘れてください。アベル殿は、ミーファの剣を鍛えてください。他はこちらで何とかしますので」

モゴック局長の部屋を出たところで、涼は何かに気付いたように、頭を上げた。

「思い出しました!」

「何をだ?」

「ダーウェイです!」

「『東国』の現王朝だろう?」

「そうではなく……いえ、そうなんですけど、どこで聞いたかです。自治都市クベバサの冒険者互助会でした」

「互助会で? あったか?」

「ええ、ありました。特級冒険者がいっぱいいる国です」

冒険者互助会の会長が言ったのを思い出したのだ。

東方諸国広しと雖も、特級冒険者がいるのは『ダーウェイ』くらいのもんだよと。

「そういえば言ってたな。よく覚えていたな、そんな事」

「フフフ、僕の記憶力もなかなかのものでしょう?」

アベルの称賛に、喜ぶ涼。

「人材も豊富ということか。超大国の名は伊達ではないな」

「建国して百五十年も経つのに、中央諸国にいた時には、『ダーウェイ』という名前は聞かなかったのですか?」

涼は疑問に思っていたことを問うた。

「ああ。西方諸国は、時々冒険者などが行き来しているが、東方諸国からのというのはほとんど聞かないしな」

アベルはそう言いながら、視線がツツーと動いた。

「あ! アベル、その辺りの授業、真面目に聞いてなかったですね!」

「そ、そういうわけではないぞ! 『東国』については覚えていたんだし、いいじゃないか。俺だって完璧じゃない」

「アベルが完璧だなんて思っていませんよ。その時、手を抜いたのが、今になって跳ね返ってきているのです。手抜きという技術は、超一流の打ち手だけがやっていい技術なのです」

「うん、意味が分からない」

涼が、手抜きの語源である囲碁について語ったのだが、それはアベルには通じなかった。

文化の違いというのは難しい問題だ。

「お嬢様! 今日こそはヴァイオリンの練習をしていただきます!」

「ヴァーヤ、私は剣の練習で忙しいの」

「公主様のためにも……」

「それは分かっているわ。でも、楽器は他の侍女の方に任せて……」

そこに、歩いていた涼とアベルがさしかかった。

「師匠! 今日も稽古をつけてください」

「ふむ。ミーファ、ちょっとヴァイオリンを弾いてみてくれ」

「え……。な、なぜでしょうか。剣には関係ありません」

「ミーファ、俺は師匠だ。俺の言う事は必ず聞くと、最初に約束したよな?」

「……はい」

ミーファは、 不承(ふしょう) 不承(ぶしょう) という態で、ヴァイオリンを持つと弾き始めた。

アベルも涼も知らない曲であったが、一言で言って上手だ。

隣で聞いている、ミーファ専属召使のヴァーヤさんも、うっとりと聞いている。

演奏中、アベルは目を瞑らずに、ミーファの指、特に弦を押さえる左手の指をじっと見ていた。

演奏そのものは、特に間違うこともなく……いや、もちろん知らない曲なのだが、涼には間違いがあったようには思えなかった。

なので、拍手をした。

ヴァーヤさんも拍手をした……かなり熱狂的に。

「悪くない」

アベルは、一言そう言うと、一度言葉を切り、そして続けた。

「リズムというのは、音楽だけではなく戦闘においても無視できない要素だ」

アベルは、何度も経験してきた。

特に、強敵との戦い……あまり差のない相手との戦闘で、長引いた時に 顕著(けんちょ) に出る。

たとえば、勇者ローマンとの戦闘でもそうだった。

「リズムが乱れることによって、それまで上手くいっていた戦闘が、その形勢が一気に変わることがある」

「はい」

アベルの言葉が、どう展開するのか分からないのだろうが、ミーファはとりあえず頷いている。

「楽器が演奏できるのは、剣という面から見た場合でも、悪い事ではない」

「はい、ですが……」

「ちょっと、そのヴァイオリンを貸してくれ」

「え? はい……どうぞ」

ミーファのヴァイオリンを受け取ると、アベルはすっくと立った。

そして、 奏(かな) でた。

曲は、涼も知っている曲。

昔、ルンにいた頃、アベルが自ら王として即位してから、辺境伯の屋敷で演奏してくれたことがあった。

その時、聞いた曲だ。

「パガニーニ……24の奇想曲、第24番」

悪魔に魂を売ってその技術を手に入れた、とさえ言われた 稀代(きたい) のヴァイオリニスト、パガニーニ。

彼の有名な曲の一つ。

ナイトレイ王室の人間は、全員、幼い頃からヴァイオリンの練習をさせられる。

それは、中興の祖リチャード王がヴァイオリンの名手であったから。

涼は、後日、そんな説明を聞かされた。

当然、ナイトレイ王国国王であるアベルは、ヴァイオリンが弾ける。

それも、驚くほど上手に。

数あるヴァイオリン曲の中でも、 超絶(ちょうぜつ) 技巧(ぎこう) の一曲として知られる、『24の奇想曲』を完璧に弾きこなすのだ。

以前、涼が聞いたことがある『現代のパガニーニ』とすら言われたヴァイオリニスト並みの演奏。

そういえば彼も、身長は193cmとアベル並みの高身長……。

やはり、高身長のヴァイオリニストは見栄えがいい。

しかも演奏も、甲乙つけがたい……いや、目の前で弾いている分、アベルの方が上手いとさえ感じる。

もちろん、涼はヴァイオリンは弾けない。

だが、アベルの演奏には聞き入った。

それは、ミーファもヴァーヤも。

いや、近くを歩いていたり、仕事をしていた召使たちですら、手が止まり、演奏に聞き入っている。

それこそが、音楽の力。

美食と共に、国境を越え、人種を超越し、世界すら超えて人の心を掴むもの。それが音楽。

美しい音楽は、聞く人を幻想へと誘う。

まさにアベルの演奏は、人を幻想へと誘った。

そして、四分後、アベルの演奏は終わった。

訪れる、完全な、だが一瞬の静寂。

一瞬後。

「ブラボー!」

涼が拍手をし、その演奏を称賛する。

さすがに、声を出しての称賛は涼だけだったが、ミーファとヴァーヤはもちろん、止まって聞いていた召使たちも、拍手をした。

自然と、沸き起こった。

そんな称賛を受けて、顔を赤くするアベル。

自分からヴァイオリンを要求しておきながら、照れている。

「ミーファ、剣と音楽の両立は不可能ではない。一日一時間でいい。毎日、とにかく毎日ヴァイオリンを弾いた方がいい。せっかく、小さい頃から身に付けた技術、失くすのは惜しいぞ。剣でも音楽でも、どちらでも公主の力になれる。やってみてはどうだ?」

「はい。やります!」

アベルの言葉に答えるミーファの顔は、上気していた。

決して、追い詰められて仕方なくではなく、他に選択肢が無いからやむを得ずでもなく、やりたいと自分から感じたのだ。

尊敬する師匠が自ら見せてくれた。

剣と音楽の両立した形。その姿。

自分も、それを目指したいと感じた。

アベルは言葉ではなく、自らの姿で弟子を導いたのであった。