作品タイトル不明
0515 剣
二人は、三時ちょうどに屋敷に到着した。
話が通っていたらしく、屋敷の中に案内される。
先に立つ召使らしき人が、扉をノックし、二人は中に入った。
「ああ、ようこそおいでくださいました」
二人を迎えたのは、色黒の肌、黒髪に半分ほどの白髪が入った五十歳ほどの男性であった。
仕事をしていたのだろう。
彼がいる執務机の上には、いくつもの書類が置かれてある。
二人を応接セットに導くと、男性も座った。
「私は、ボーガー・ウォン・モゴックと申します。この度は、娘がぶしつけなお願いをしまして……」
「いや……。私の名はアベル、中央諸国ナイトレイ王国の者だ」
「同じく涼です」
「ええ、よく存じ上げております」
「……よく?」
アベルは首を傾げる。
「実は私、なんと言いますか……国の諜報活動に携わっておりまして。西方統括局長という地位を賜っております」
「なるほど。潜んで彼女を守っていたのは、諜報の人間たちだったか」
モゴック局長の言葉に、アベルは頷いて答えた。
そこにノックの音が響く。
そして、一人の女性が、四人分のお茶を持ってきた。
その女性は、あの少女であった。
お 淑(しと) やかに、カップを置いていく。
そして、置き終わると、一礼した。
「ボーガー・ウォン・モゴックの娘、ミーファと申します。よろしくお願いいたします」
「ナイトレイ王国のアベルだ。立ち居振る舞いも見事だ」
「ありがとうございます」
ミーファは少し照れながらそう言うと、モゴック局長の隣に座った。
「実は、ミーファは数か月後、公主様付きの侍女となります。そのために、色々と作法に関しても訓練を積んでおりまして」
「なるほど。もしや、剣が強くなりたいというのも、それと関連が?」
「はい。公主様をお守りするのが、私の役目です」
アベルの問いに、ミーファははっきりと言い切った。
「ふむ……。その辺りについては、おいおい聞かせてもらうとしよう」
アベルはそこまで言うと、少し顔をしかめて言葉を続けた。
「弟子にするとは言ったものの、恥ずかしながら、今まで弟子をとったことがない。しかも、この街にもいつまでいるか分からないし、どこまで行動の自由を認められているのかも分からん」
そう言いながら、チラリとモゴック局長を見る。
そして言葉を続けた。
「剣筋はもちろん、剣の理も俺が身に付けているものとは違うだろう。だから、型を含めた訓練は、今まで通り続けて欲しい」
「はい」
「俺からは、実戦を通して色々伝えられればと思う。だから、模擬戦を行い、そこで気付いたことを伝える。そういう形式で、とりあえずは始めたいと思うが、どうだろうか」
「はい! よろしくお願いします!」
ミーファは立ち上がって、思い切り頭を下げた。
それの様子を、横から微笑みながら見ていたモゴック局長が、口を開いた。
「今、お二方は宿に泊まられていらっしゃいますが、どうかこの屋敷に 逗留(とうりゅう) ください。その方が、ミーファの 稽古(けいこ) も付けやすいでしょう?」
「お父様! ありがとうございます!」
モゴック局長の申し出に、ミーファが嬉しそうに言う。
「いいのか?」
「もちろんです。我が家だと思って気兼ねなく」
そこで、アベルは何かに気付いたように、小さく、あっと言い、さらに言葉を重ねた。
「この……リョウもお邪魔していいのか?」
「もちろんです。実は、代官のスー様からは、もしアベル殿が望むならという条件付きですが、お二人を屋敷で過ごしていただく許可を貰っております。ですので、どうぞ」
「ありがとうございます」
ここで、初めて涼は口を開き、頭を下げた。
涼は、基本的に、初めて会う人の前ではあまり 喋(しゃべ) らない。
自分が喋るしかない状況ならともかく、今回のように主役ですらない場合は、ちょこんと座って静かに飲み物を飲んでいることが多い。
空気の読める魔法使いなのだ。
モゴック局長の前を退室した二人を、ミーファが案内している。
「お母様に、お二人が逗留されることをお伝えします。ついてきてください」
笑顔でそう言って。
そんなミーファの後ろからついていく、涼とアベル。
涼が心配そうな顔で、本当に小さな声でアベルに囁いた。
「アベル、ミーファのお父さんは理解のある方でしたけど、きっとお母さんが、烈火のごとく怒って、僕たちは 窮地(きゅうち) に 陥(おちい) るのです」
「は?」
涼の言葉に、 素(す) っ 頓狂(とんきょう) な声で答えるアベル。
涼は、そんなアベルを無視して言葉を続けた。
「きっとお母さんは、ミーファがおままごともせず、剣ばかりにのめり込んでいること自体を嫌っていて、それに加担するアベルを憎んで……そう、食べ物に毒を入れたりする可能性もあります」
「……別に、女の子が剣の道に励んでもいいだろう?」
「甘いですね! 世界にはいろんな人がいるのです。親と子の考え方に違いがある家庭だってあります。ここがそうである可能性もあるので、気をつけておいてください」
涼はアベルの注意を喚起する。
事が起きてからでは遅いのだ。
「リョウが、そう思う根拠は?」
「それこそが、王道展開だからです!」
「あ、うん……多分、その辺の事を言うと思っていたが、本当にそうだったか」
物語的王道展開の可能性を指摘する涼に対して、アベルは小さく首を振った。
そんな事を話している間に、三人はミーファの母の部屋に着いた。
「お母様! 師匠が屋敷に逗留してくださるそうです!」
「まあ! それは良かったわね、ミーファ。もっと強くなれるわね」
ミーファが嬉しそうに言うと、机に並べられた石を灯にかざして、何かを比べていた女性が微笑んで答えた。
「ああ、アベル先生にリョウ様ですね。この度は、娘のぶしつけなお願いを聞いていただき、誠にありがとうございます」
「いや、これも何かの 縁(えん) 。しばらく屋敷に間借りさせていただくことになりました。何分、故国とは勝手が違う故、ご迷惑をおかけすると思うがご容赦いただきたい」
「どうかそんな事はお気になさらずに。我が家と思ってくつろいでください」
アベルの言葉に、モゴック夫人は笑顔で答えた。
(善い人で良かったです)
アベルの後ろで、涼はホッと胸をなでおろしていた。
物語的王道展開の可能性を説いたものの、決して、そうなって欲しかったわけではない。
実際にそうなったら、いろいろと大変だったろうからだ。
……もちろん、なったらなったで、ちょっと感動した可能性も否定はできないが。
涼とアベルが、ミーファに連れられて部屋を出た後、すぐにモゴック局長も屋敷を出た。
向かった先は、代官スー・クーの執務室。
「スー様、アベル殿とリョウ殿は、我が屋敷に逗留することになりました」
「そうですか。ミーファの剣の先生になってもらえたのは良かったですね。少しでも強くなることがミーファの、ひいてはシオ・フェン公主の命を長らえることに繋がるかもしれませんからね。やれることはやってから、送り出したいです」
「はい……」
代官スー・クーは微笑みながら言ったのだが、それに対してのモゴック局長の返事は、少し暗い。
「局長?」
「いえ……今まで以上に、剣にだけ集中しそうで……」
「ああ……」
モゴック局長の懸念は、代官スー・クーにも理解できた。
公主の侍女としてついていく以上、多くのものが求められる。
知識、作法に関しては、ミーファは完璧といってもいい。
元々、努力することを苦としない性格なうえ、小さな頃からの大切な友人でもあるシオ・フェン公主のためだ。
問題はない。
だが……。
「『あの国』においては、高い演奏技術が求められると聞きます。高ければ高いほどいい……」
「その部分は、別の侍女に任せる、でしたか。以前ミーファが言っていたのは」
実は、楽器演奏に関しても、ミーファは求められるレベルは超えている。
だからこそ、ミーファとしては、公主の命に直結する剣の腕をさらに磨きたいと考えている……それも、二人は理解できる。
ミーファも、周囲の懸念は理解してはいるのだ。
だが、剣も音楽もと……両方とも手に入れるのは難しい。
だから、他の侍女では代わりがきかない剣を。
絶対に、公主を守り切れる剣を。
それが、ミーファの決意である。
「ミーファの気持ちも分かるだけに、難しいですね」
「はい……」
二人は、大きくため息をつくのであった。