作品タイトル不明
0319 ニルス
『魔王山地』の終わりが一行に見えてきたのは、赤熊と戦った翌日の午前中であった。
「ようやくか……」
ニルスの呟きに涼が反応する。
「百里を行く者は九十里を半ばとす、と言います。あるいは、家に帰りつくまでが遠足とも言います。ニルス、油断してはいけません」
「よ、よくわからんが……油断はしないようにする……」
何か涼が、すごくまともなことを言ったような気がしたので、ニルスは素直に答えた。
もちろん、百里とか遠足とかの意味は、全く分かっていないのだが……。
「おお、けっこう広い大地が広がって……」
「あの、並んでいるのは何でしょう……」
「騎馬に見えるな……」
「いえ、あれは多分……」
「ケンタウロス……」
涼が大地を見て、アモンが何かを見つけ、ニルスが第一印象を述べ、ジークが思い当たる節があることを匂わせ、エトが駄目を押す。
「ケンタウロス!? ファンタジー万歳!」
驚きの声を上げたのは、涼だ。
ちなみにハロルドとゴワンは、驚いたまま無言……。
当然だ。
ケンタウロスなど、中央諸国ではめったに見ることのない魔物なのだから。
むしろ、ワイバーンの方が、はるかに遭遇する……。
それも、考えてみれば恐ろしいことだが。
「なるほど。グラハム大司教が、最初にここに行けと言った理由は、これだったのですね」
「エト?」
エトの言葉に、涼が尋ねる。
「ケンタウロスは、知恵のある魔物です。体内に魔石があるので魔物であることは確かなのですが、人との会話が可能だと言われています。尚武の気風……というより、力が全てという種族です。『闘いの祭』を潜り抜けさえすれば、知りたい情報を得ることができると言われています」
「闘いの祭……」
エトが、補足し、涼がいかにもな名前に、ちょっとワクワクして呟く。
「でも、そんなケンタウロスも、魔王軍の一部なんですよね? そもそも、魔王軍の幹部に会えってことで、ここに来たわけですよね」
ジークが疑問を呈す。
「まあ、その辺りは、実際に行ってみればわかるだろ。どうせ、向こうは、俺らを捕捉している……行かないという選択肢は、もうない」
ニルスが、リーダーらしく決断を下す。
こういう時の、ニルスの思い切りの良さ、決断力は、涼ですら認めるところなのだ。
一行が山を下り、平地に出ると、二百は軽く超えるであろう、ケンタウロスの群れが前方に並んだ。
そして、一体の、ひと際立派な武装のケンタウロスが前に出てくる。
「この地は、我らケンタウロスの地だ。何人も侵すこと叶わぬ」
対して、一行からは、ニルスが答える。
「侵略が目的ではない。魔王のいる場所を聞くために訪れた」
ニルスの言葉が響くと、ケンタウロスたちは息をのんだ。
声にならない声、というやつだ。
ざわめく……。
カツンッ。
先ほどの、立派な武装のケンタウロスが、槍の石突で地面を突くと、ざわめきは収まった。
「よかろう。知りたいことあらば、剣で聞け。それが、我らが流儀」
そう言うと、後ろを振り返り、呼んだ。
「ケイローン!」
「おう!」
ケイローンと呼ばれたケンタウロスが返事をし、前に出てくる。
彼が、『闘う』らしい。
「これが、『闘いの祭』……。どうしますか?」
ジークがニルスに聞く。
「なあ、これ、俺に行かせてくれないか?」
「え……」
「ニルス?」
意外なことに、ニルスが自分で行くと言い、アモンが絶句し、涼が頭に、はてなを浮かべて問いかける。
これは非常に珍しいことだ。
ニルスは、未だにガキ大将の風貌だし、脳筋に見えるし、逞しい体躯の、まさに前衛剣士の典型である。
だが、この手の、模擬戦に自分から出たいとはあまり言わない。
もちろん、模擬戦が苦手というわけではない。
ただ、たいていこういう場合、『十号室』の代表として出るのはアモンだ。
アモンが絶句したのも、それがあったからであろう。
自分が出ることになるだろうと思っていたところに、パーティーリーダーが突然の、自分が行く宣言。
もちろん、そのこと自体に不満はないが……なぜ?
六人の視線を受けて、ニルスは頬を指で搔き、照れながら言う。
「いや、ほら……ケンタウロスと言えば、武人的な魔物の頂点みたいなもんだし……全力で戦える機会なんて、一生に一度もないだろ。だから、戦ってみたいなと……」
ニルスも男の子なのだ。
強い者と戦いたい。
いや、別に女の子にだって、強い者と戦うの大好きな人たちはいるが……セーラとか、レオノールとか……うん、まあ、どちらも『人』ではないかもしれない……。
結局、男とか女とか、関係なさそうである……。
「ニルスさん、頑張ってください!」
アモンが、満面の笑みを浮かべて励ます。
ニルスの気持ちがよく分かるのだろう。
どちらも、『十号室』の剣士だから。
「『闘いの祭』は、勝ち負けは関係ないよ。もちろん勝てば文句なしだろうけど、負けても、ケンタウロスに認められる内容なら、大丈夫だから」
エトはそう言って、ニルスの肩を叩く。
ハロルドとゴワンは、言葉もなく、何度も何度も頷いているだけだ。
憧れのニルスがやる気になっているのが嬉しいのだろう。
「確か、『闘いの祭』では魔法は使わないと聞いたことがあります」
ジークの言葉に、エトも同意して頷く。
剣と剣の『闘い』なのだ。
「ニルス……こういう時、アベルであれば絶対にやり遂げます。そして、今、アベルが言いました。『ニルス、お前ならやれる』と。全力で戦ってきてください」
「!」
アベルが『魂の響』を通して語りかけてきた言葉を、涼は伝えた。
ニルスが、憧れのアベルから励まされ奮起しないはずはない。
体中に、やる気がみなぎった。
「行ってくる!」
こうして、ニルスは、人生最大の『闘い』に身を投じた。