作品タイトル不明
第137話「〆のはずのパスタ」
その日の夕食も、食堂のテーブルの真ん中には特製の加熱台と大きなお鍋が置かれていた。
「今日もお鍋なの?」
席についたイリ姉が、湯気の立つお鍋に目を向ける。
「そうだよ。今日は、昨日とは違う味にしてもらったんだ」
「まあ。昨日より、ずいぶんやさしい香りがしますわね」
「はい。本日は牛乳とチーズを使い、シチューに近い味つけにしておりますぞ」
今日の鍋は、牛乳と野菜の甘みを生かした白い洋風鍋だ。
仕上げにチーズを溶かしているので、湯気の中にまろやかな香りが混ざっている。
「お鍋って、具や味つけを変えるだけで全然違う料理になるんだよ。昨日はあっさりした塩味だったけど、今日はチーズのコクがある、濃い味になってるんだ」
「へえ、同じお鍋でも、こんなに変わるのね」
イリ姉は器の中の鶏肉にスープを絡め、ぱくりと食べた。
「ん……これ、チーズの味が濃くておいしいわ。昨日のも好きだけど、私はこっちのほうが好きかも」
「なるほど。ここまで味がしっかりしているなら、鍋ではなく一品料理として出しても成立しそうだな」
「でも、それだけだと普通のスープやシチューみたいになっちゃうかも。お鍋は、こうやって食卓の真ん中に置いて、みんなで同じ鍋から具を取って食べるのが楽しいんだよ」
鍋の中から鶏肉と野菜が取り分けられるのを見ながら、僕は言葉を続ける。
「それに、食べているあいだも鍋は温かいままでしょ。鶏肉や野菜の味がだんだんスープに出て、最後のほうになると最初より味が濃くなるんだ。だから、最初から器によそって出すスープとはちょっと違うんだよ」
「まあ、食卓で煮ながらいただくから、味が少しずつ変わっていくのですね」
レオ兄は、おかわりした器の具を食べ、スープも先ほどの味と比べるように味わった。
「たしかに、最初に食べたときより具の味がスープに出ているな」
「そう。だから、最後のほうになるほど、スープがおいしくなっていくんだ」
今日の鍋も家族に好評で、食事が進むにつれて中の具もだいぶ減っていった。
「坊ちゃま、そろそろパスタをお入れしてもよろしいですかな?」
「うん。じゃあ、最後に〆のパスタを入れよう」
「しめ? こないだからメルが言ってるやつね」
「そうそう。具を食べたあと、最後に残った味が出たスープに〆を入れて、楽しむのが鍋の醍醐味なんだよ。今日はパスタを入れるんだ」
イリ姉が、ヒューゴの持ってきた皿に視線を向ける。
「これがそのパスタ? この細い紐みたいなの?」
「はい。小麦粉と卵で作った生地を細く切り、いったん茹でたものですぞ」
皿の上には、茹でておいた黄色みのある細いパスタが盛られていた。
「これをお鍋の最後に入れるの?」
「そう。残ったスープに入れると、鍋のスープが絡んですっごくおいしいはずだよ」
ヒューゴはパスタを鍋へ入れ、スープを絡めるように混ぜた。
鍋の中で細い麺がほぐれ、とろりとした汁をまとっていく。
「これでよろしいですかな」
「大丈夫。じゃあ、取り分けてくれる?」
湯気を立てるパスタが、チーズの香りを漂わせながら器へ分けられていった。
「さあ、皆様、熱いうちにお召し上がりくだされ」
「これ、どうやって食べるの?」
「こうやってフォークの先に巻くと食べやすいよ」
器の端でフォークを回し、パスタを巻いてみせる。
「へえ、変わった食べ方ね。ん、チーズの味がよく絡んで、おいしー!」
「これは思ったより腹にたまるな。鍋の最後にこれを食べたら、しっかり腹いっぱいになる」
「でしょ? おいしいだけじゃなくて、お腹もいっぱいになるんだ。これが〆だよ」
「メルって、ほんと変なこと思いつくわね」
「変じゃないでしょ! まあ、思いついたのは僕だけど、ちゃんと形にしてくれたのはヒューゴだよ。一緒にいろいろ試して、これができたんだ」
「いやいや、坊ちゃまのひらめきがあってこそですぞ。ですが、このパスタはまだまだ広げられますな。鍋のしめだけで終わらせるには惜しいですぞ」
「僕もそう思う。トマトのソースをかけたり、細かくしたお肉を煮込んだソースに合わせたりしても、おいしそうだよ」
「おお、それは面白そうですな。味の案を出してくだされば、いくらでも作ってみせますぞ」
「じゃあ、また一緒にいろいろ試そう。次は別のソースも考えてみるね」
「すっごく楽しみね!」
「うむ。メルとヒューゴの新しい料理、私も期待しているぞ」
「お任せくだされ! このヒューゴ、次も腕によりをかけますぞ!」
「ヒューゴ、次も楽しみだが、まずはこのパスタをもう少しもらえないか?」
レオ兄が空になった器を差し出す。
「お気に召しましたかな。すぐにお持ちいたしますぞ!」
「ちょっとレオ兄、ずるい! 私の分も残しておいてよね!」
「イリ姉もレオ兄も、お鍋のあとなのにまだ食べるの?」
「だっておいしいんだもの。お鍋の最後じゃなくて、こればっかりずっと食べていたいわ」
「それじゃ〆じゃなくなるよ……」
呆れる僕の横で、父様もそっとお皿を差し出した。
「……ヒューゴ、私の分も頼む」
「あなたまで。ふふっ」
母様が楽しそうに笑い、食堂に明るい声が響いた。
『ナビ、大成功だね』
《肯定します。皆様の反応と食べた量から、この料理の満足度は高いと判断できます。ただし、本来の目的である「鍋の〆」としては、終了ではなく追加の一皿になりつつあります》
『たしかに、これじゃ〆じゃなくて、おかわりだね』
父様までおかわりを頼んだせいで、鍋の最後に少し食べるはずだったパスタは、すっかり食卓の主役みたいになっていた。
ここまで喜んでもらえたなら、鍋の〆は大成功だ。