作品タイトル不明
第136話「うどんのはずがパスタになった」
「うん。このスープには、別の作り方をした麺のほうが、もっと合うと思うんだ」
『ナビ、どうすればいい?』
《麺は先ほどより細く切ることを推奨します。粉は、ヒューゴ氏がパン用と説明していた黄色みのある粉が適しています》
「さっきの粉じゃなくて、こっちを使ってみよう。あと、今度は卵も入れて、切る幅はさっきより細めにしてみよう」
「粉を変えて、卵まで入れるとなると、先ほどとは別物になりますな」
「最初に作りたかったのとは違うけど、せっかくなら、このスープに合う麺を作ってみたいんだ」
「なるほど。そこまでおっしゃるなら、とことんお付き合いいたしますぞ」
そう言うと、ヒューゴは新しい粉を器に入れ、卵を割り入れた。
さっきとは違う、ほんのり黄色みを帯びた生地が、力強くこねられるうちにひとつにまとまっていく。
「おお……先ほどより、ずいぶんまとまり方が違いますな」
「卵が入ってるからかな? これを、さっきより細く切りたいんだ」
「わかりましたぞ。先ほどより細くですな」
生地をこね終えたヒューゴは、台に粉を振り、木の棒で薄くのばしていった。
さっきよりも黄色みのある生地が広がり、折りたたまれて、包丁で細く切られていく。
切り分けられた生地は、うどんより細く、色もほんのり黄色い。
それを沸いたお湯に入れると、細く切った生地は鍋の中でほぐれ、表面の粉っぽさが消えていった。
「そろそろ一本、食べてみてもいい?」
「もちろんですぞ。熱いのでお気をつけくだされ」
小皿に取ってもらった麺を、まずはそのまま口に運んだ。
さっきのうどんより歯ごたえがあって、噛むと小麦の味が広がる。
「おいしい! さっきより噛みごたえがあって、小麦の香りも強くなってる」
「ほんとですな。粉を変えて卵を加えるだけで、ここまで風味が変わりますか。噛むほどに小麦の甘みが出てきますな」
「これ、ミネストローネをかけたら絶対おいしいよ。早く食べてみよう!」
「では、熱々のミネストローネをたっぷりとかけましょう」
茹で上がった麺が器に盛られ、その上から真っ赤なミネストローネがかかる。
完熟トマトと野菜の甘い香りが湯気と一緒に立ち上り、細い麺にスープがよく絡んでいる。
「さっそく味を見てみますぞ」
ヒューゴは一口だけ食べて、味を確かめるように噛んだ。
「なっ……これはなんですかな!!」
「そんなに違う?」
「先ほどとは全く別物ですぞ! この細い麺がスープの強さに負けず、しっかりと味を受け止めております!」
その言葉を聞いて、僕も自分の器から食べてみる。
「おいしい! これならミネストローネに合ってる!」
「これは先ほどの麺とは別物ですな。同じ麺でも、ずいぶん印象が変わりますぞ」
「たしかに、さっきの麺とは違う作り方だし、これはパスタかな」
もう一度食べようとしたヒューゴのフォークから、細いパスタが器の中へ戻ってしまった。
「むむ、味はよいのですが、細いぶん少々食べにくいですな」
「フォークでくるくる巻くと食べやすいよ」
「巻くのですかな?」
「そう。麺を絡めて、こうやって回すんだ」
目の前でやってみせると、ヒューゴも同じようにクルクルとパスタを巻いた。
「おお、本当ですな。これなら食べやすいですぞ」
覚えたばかりの食べ方で、ヒューゴはまたパスタを味わった。
僕ももう一口食べてみる。やっぱり、ミネストローネに合わせるなら、こっちのほうがずっといい。
『おいしいし、うどんよりミネストローネに合ってるね』
《肯定します。小麦の風味と歯ごたえが増し、スープも麺に絡みやすくなっています》
『でも、やっぱり違う……』
《はい。現在の料理は、ミネストローネに合わせて調整されています》
『これじゃあ、鍋の〆ってよりスープパスタだよ』
《はい。分類としてはスープパスタです。ただし、現時点で和風のつゆを用意できない以上、洋風鍋の〆には、最初に作ったうどんよりもパスタのほうが適しています》
『今の洋風鍋の〆としては、こっちのほうが正解なんだね』
《肯定します。現在の材料と味つけでは、こちらのほうが適しています》
「ずいぶん考え込んでおられますな。美味しくできておりますぞ」
「これはこれで、すごくおいしいよ。お鍋の最後に入れるなら、この麺で大成功だと思う」
「おお、それは何よりですぞ!」
ヒューゴは満足そうに胸を張った。
たしかに、今日の目的だった鍋の〆としてはちゃんと成功している。
ただ、最初に作ったうどんを思い出すと、別の味も恋しくなってくる。
『……うどんとして食べるなら、やっぱり醤油っぽい味がほしいな』
《はい。前世で想定しているうどんの味に近づけるには、醤油系のつゆが必要です》
『醤油って、作れないかな』
《作製自体は可能です。ただし、醤油の醸造には大豆、小麦、塩、そして麹菌が必要です。さらに、発酵にも長い期間を要します。最初から醤油を目指すより、まずは味噌に近い発酵調味料から試作するほうが現実的です》
『味噌なら、お鍋にも使えそうだね』
《はい。汁物や鍋の味つけにも利用できます。ただし、醤油と同じく麹菌の確保が前提です》
『大豆と小麦と塩は、なんとかなるかもしれないけど、麹菌ってなに?』
《発酵に必要な菌の一種です。醤油や味噌の味と香りを作る重要な要素です》
『それ、この世界にあるの?』
《現時点では不明です。近い性質の菌を探し、安全に育てる必要があります》
聞けば聞くほど、すぐに作れるものではなさそうだった。
材料をそろえるだけなら、いつかはなんとかなるかもしれない。
『ちなみに、どれくらいかかるの?』
《味噌に近いものでも数か月、醤油に近づけるなら最低でも半年から一年を見込む必要があります》
『一年……』
《補足します。これは、材料の確保、麹菌の培養、発酵管理がすべて順調に進んだ場合の最短見込みです》
『つまり、一年待てば作れるって話でもないんだね』
《はい。食用として安定した品質にするには、さらに試作期間が必要になる可能性があります》
『うーん……先が長いなあ』
『じゃあ、今は手がかりを探すところからかな』
《推奨します。麹菌、発酵調味料、他地域の食文化を調査対象として記録します》
『味噌も醤油も、どこかで見つかるかもしれないしね』
醤油のおつゆで食べるうどんは、まだ先になりそうだ。
それでも、いつか必ず、あの黒くてしょっぱいおつゆでうどんを食べてやる。
そう心の中で決めながら、湯気の立つスープパスタをもう一口食べた。