作品タイトル不明
第126話「チョコレートの試作」
よし、新しい設備の試運転だ。
石造りの作業台に、カカオ豆と厨房からこっそり持ってきた砂糖とミルクの瓶を並べる。
「よし、始めようか」
パチンと指を鳴らし、魔法でかまどに火を点けた。
フライパンにカカオ豆を入れ、煎り始める。
パチパチと豆が爆ぜ、香ばしい匂いが立ち上った。
《換気システム正常に稼働。煙の排出は順調です》
ナビの言う通り壁の上の穴から煙と匂いが勢いよく外へ吸い出されていく。
『いい色になってきた。……ナビ、次はどうすればいい?』
《風魔法で殻と中身を分離してください。比重の違いを利用すれば、数十秒で完了します》
『了解。風でぐるぐる回して、軽い殻だけ飛ばすんだね』
煎り上がった豆を空中に浮かせる。
指先を軽く振ると、小さな竜巻が発生した。
バリバリバリッ!
風の刃が豆の殻だけを器用に割り、軽い殻を吹き飛ばして重い 中身(カカオニブ) だけを選別する。
《次は粉砕です。 臼(うす) ですり潰すように圧力をかけ、油脂分を溶出させてください》
『油脂分? 豆から油が出るの?』
《はい。カカオバターと呼ばれる成分です。カカオ豆の約半分は脂質でできています》
『へえ、やってみるよ』
さらに魔力を込める。
風の圧力を高め、徹底的にすり潰す。
すると、固形だった豆が摩擦熱で溶け出し、ドロドロとした黒い液体へと変化した。
「うわ、本当に溶けた。なんか泥みたいだけど……これでおしまい?」
《いいえ。まだ粒子が粗く、舌触りがザラザラしています。砂糖とミルクを加え、さらに 精錬(コンチング) を行います》
ナビの指示に従い、ミルクを小鍋で少しだけ煮詰める。
すぐに火を止め、砂糖と一緒に投入する。
《ここからが時間のかかる工程です。粒を潰してザラつきを消し、口当たりを滑らかにします。手作業だと石のローラーで延々とすり潰す作業になります》
『へえ……どれくらいかかるの?』
《滑らかにするだけで、数時間はかかります。練り続ける根気が必要です》
『うわぁ……。でも、魔法なら?』
《魔法なら数分で終わります。風魔法で高速に撹拌し、壁面へ押しつけてこすり、粒を細かくします。本来かかる時間を短縮し一気に仕上げます》
『了解!』
魔法でボウルの中に風のミキサーを作り出す。
高速回転する風が粒子を徹底的に粉砕し混ぜ合わせていく。
《仕上げに 温度調整(テンパリング) を行います。一度温度を下げてカカオバターの結晶を安定させ、再び適温まで上げてください。これで艶とパリッとした食感が生まれます》
『温度管理だね。任せて』
氷魔法の冷気と摩擦熱を使い分け、ナビの指示する温度グラフ通りに調整を行う。
数分後。
回転を止めると、そこには先ほどの泥のようだった液体はまったくの別物に変わっていた。
艶やかで照明代わりの光の球を反射して輝く、なめらかな茶色の液体。
「……すごい。つやつやだ」
甘く濃厚な香りが狭い小屋の中に充満している。
それを型に流し込み、作っておいた氷魔法の冷蔵スペースへ入れた。
氷魔法の冷気でしばらく冷やし、表面が固まったところでそっと取り出す。
パキッ。
固まった板チョコを割り、ひとかけらを口に運ぶ。
「――んっ」
舌の上に乗せた瞬間、体温でトロリと溶けた。
カカオの深い香りと、ミルクと砂糖の優しい甘さが口いっぱいに広がる。
「……うわ。ちゃんとチョコだ」
『ナビ、美味しい!』
《味の成立を確認しました。成功です》
思わず拳を握って、ひとりで小さくガッツポーズをした。
出来上がったチョコレートをかじりながら、ふと思う。
『ねえナビ、これって魔法なしで作れるの? ヒューゴにも作ってもらいたいんだけど』
《可能です。ただし、先ほどの 精錬(コンチング) が最大の壁となります》
『やっぱり、あの混ぜる作業?』
《はい。すり鉢ですり潰し、ザラつきがなくなるまで何時間も練り続ける必要があります。その後のテンパリングも温度計なしでは職人の勘が頼りです》
『うわぁ……まさに職人芸だね』
でも、ヒューゴなら美味しいものが作れると分かれば、やってくれそうな気もする。
『でもさ。ザラザラが残ってもいいなら、もっと早く作れる?』
《可能です。滑らかさを捨てれば、 精錬(コンチング) の時間は大幅に短縮できます。ただし、舌触りは粗くなり、艶も出にくくなります》
『じゃあ、まずはザラつきが残ってもいい形で味を確かめて、慣れたら滑らか版に挑戦って流れがよさそうだね』
《はい。まずは固めて食べられる形を目標にして、慣れたら滑らかさと艶を追求してもらう手順にすると、ヒューゴ氏にも伝わりやすいです》
「よし、レシピを書いてみよう」
紙を取り出し、ペンを走らせた。
ナビに聞いた手順を書き写し、「まずは固めて食べられればOK。もっとなめらかにしたいなら、ザラつきが消えるまで練る」と最後に付け足した。
「よし、屋敷に戻ってヒューゴに味見してもらおう!」
完成したチョコとレシピを抱え、甘い香りの残る小屋を後にした。