軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第125話「森のキッチン」

「ヒューゴいるかな。また手伝ってもらおう」

ヒューゴもきっと興味を持ってくれるはずだ。

そう思って階段を降りようとした時だった。

《メル、厨房の使用は推奨しません》

『え、なんで?』

《理由は三つあります》

ナビが淡々と理由を並べる。

《第一に強い香りです。カカオの焙煎臭と練り上げる際の甘い香りは、コーヒー以上に遠くまで届きます。屋敷の構造上、調理場の換気だけでは廊下まで匂いが漏れ出すのは確実です》

『あー……。まあ、いい匂いなら別にいいんじゃない?』

《第二にそのいい匂いが人を引き寄せます。特にイリス様の嗅覚と行動力を甘く見るべきではありません》

僕は思わず足を止めた。

匂いを嗅ぎつけたイリ姉が「なになに!? 私にも一口ちょうだい!」と調理場に突撃してくる場面が脳裏に浮かんだ。

『……確かに。昨日は完成してからだったから良かったけど、作ってる最中に来られたら作業どころじゃなくなるかも』

《はい。チョコレート作りは温度管理が命です。周囲の喧騒に気を取られて失敗するリスクは避けるべきです。そして第三に、単純に今の時間帯は朝食の後片付けと昼食の仕込みで、調理場が繁忙期であることです》

確かに今はタイミングが悪そうだ。

昨日はたまたま夕方の空いている時間だったけれど、今はまだ午前中だ。

使用人たちが忙しく働いている中で場所を占領して甘い匂いを充満させるのは、さすがに迷惑かもしれない。

『……そうだね。ナビの言う通りだ』

僕は厨房へ向かう足を止めた。

のんびり実験もしたいし、失敗して泥みたいになったところを誰かに見られるのもちょっと恥ずかしい。

「でも、厨房が使えないとなると……どこでやればいいんだろう?」

部屋でやるわけにもいかないし、外で焚き火というわけにもいかない。

麻袋をいったん床に下ろして腕を組んだ。

「うーん、困ったな」

廊下の窓から屋敷の敷地を眺めた。

厨房が使えないとなると、途端に行き場がなくなる。

『ねえナビ、秘密基地はどう? あそこなら人が来ないけど』

《推奨しません。あそこはあくまで休息所として設計されています。寝具や本棚がある生活空間で、火や食材を扱うのは不適切です》

言われてみればそうだ。

あそこには調理場はないし料理ができる環境じゃないか。

《ですので、提案があります。料理研究用に特化した新しい拠点を増設してはいかがでしょう》

『……増設?』

《はい。既存の施設を改造するのではなく、匂い、煙、汚れを気にせず研究ができるキッチンハウスを新規に建築するのです》

ナビの提案に大きく頷いた。

専用のキッチンハウス。それは素晴らしいアイデアだ。

今までの秘密基地は、あくまで僕がダラダラ過ごすための休憩所だった。

けれどこれから作るのは、思う存分料理や実験ができる作業場だ。

誰にも気兼ねなく火を使えるし、もし失敗して床を汚しても魔法で丸洗いすればいい。

『それだ! いいね、すごくいい!』

僕は思わず頷いた

くつろぐ場所と作る場所。用途が違うなら建物も分けるべきだ。

「よし、決まりだ。善は急げだよ!」

麻袋を背負い直すと裏口から外へ飛び出しそのまま風を纏って空へと舞い上がった。

『ナビ、どこに建てればいい?』

《人が来にくく、匂いも広がりにくい場所が良いです。このまま奥へ進んでください》

『了解!』

ナビの誘導に従い森の奥へと進んだ。

道なんてない草木が生い茂るだけの場所だ。

《この位置で止まってください》

『ここで? 木と雑草だらけで、小屋なんて建てられそうにないけど』

《問題ありません。邪魔な雑草ごと地盤を操作し、スペースを確保します。整地範囲と手順を表示します》

『了解。イメージは完璧だよ』

視界に赤い枠線が表示される。そのガイドに従って魔力を練り上げた。

地面に手をかざすと、ズズズ……と低い音を立てて土が動き出した。

雑草が土の中に飲み込まれ、凸凹だった地面が平らにならされていく。

数分後、森の中にポツンと平坦な地面が出来上がった。

『ふぅ、これで場所は確保できたね。で、どういう建物にすればいいの?』

《今回はカカオの加工が主目的ですが、今後も様々な料理ができるよう、排煙機能と温度管理を備えた離れの調理場として設計することを推奨します》

『なるほど、それは使い勝手がよさそう。僕だけのキッチンハウスって感じでワクワクするね』

《設計図をAR表示します。青いラインをなぞるように、土魔法で壁を形成してください》

『了解。任せて』

視界に青白いワイヤーフレームの設計図が浮かび上がる。

そのガイドラインをなぞるように丁寧に魔力を注ぎ込んでいく。

ズズズ……と地面が震え隆起した土が硬い石へと材質を変えながら、四角い壁となって競り上がっていく。

《次は内装です。右奥に加熱用のかまどを。左側には作業台を設置してください》

『ん、この高さでいい?』

《あと5センチ高くしてください。作業効率が3パーセント向上します》

『はいはい、相変わらず細かいなあ』

数センチの差までこだわるのがナビらしい。

言われた通りに石を変形させ、腰の高さほどの台座を作り出す。

表面は汚れが落ちやすいようにガラス質へ変えて壁際には棚も付ける。

《続いて換気です。壁の上部に開けた穴へ風の魔法を流し、外へ空気が流れ続ける状態を作ってください。匂いと煙が常に外へ逃げるようにします》

『匂いがこもらないようにだね。これなら煙が出ても安心だ』

穴に向けて風の魔法を流し、空気が外へ抜ける流れを作った。

そのまま外へ押し出す力だけを残して流れを固定すると、ヒュウ……と小さく鳴って換気が勝手に回り続ける状態になった。

《最後に、冷却スペースです。作業台の端に氷魔法による低温維持ボックスを作成します。あわせて簡単な洗い場も付けてください》

『即席の冷蔵庫と洗い場だね』

ナビの指示通りに箱状のスペースを作り、冷気が逃げないような断熱構造をイメージして魔力を固定する。

作業台の端に小さな洗い場も付けた。

「よし……完成!」

所要時間、わずか数十分。

目の前には森の木々に埋もれるようにして、石造りの小さな小屋が出来上がっていた。

飾り気はないけれど、ナビの計算が詰め込まれた機能的な調理場だ。

『これなら思う存分お菓子作りができそうだね』

《はい。ここなら気兼ねなく試せます。おいしいものを作りましょう》

僕は満足げに頷くとカカオ豆の麻袋を担ぎ、真新しいキッチンハウスの中へと運び込んだ。