作品タイトル不明
第124話「甘い計画」
チュンチュンと小鳥のさえずりで目が覚めた。
窓から差し込む朝日は眩しく今日もいい天気になりそうだ。
「ふわぁ……よく寝た」
ベッドの上で大きく背伸びをする。
頭がすっきりしているのは、ひょっとすると昨日飲んだコーヒーのおかげかもしれない。
「うん、やっぱりカフェインの効果は抜群だね」
子供の体には少し刺激が強かったかもしれないけれどおかげで目覚めは最高だ。
さて、シャキッと目が覚めたところで今日の予定だ。
「よし、今日はこっちだね」
部屋の隅に置いてあるもう一つの麻袋に視線を向けた。
ヨナスさんが持ってきてくれた南の島の豆。カカオ豆だ。
「昨日のコーヒーも面白かったけど、やっぱり本命はこっちだよね」
前世の記憶にある、甘くてとろけるお菓子、チョコレート。
この世界のお菓子は、焼き菓子や果物の砂糖漬けがメインで、チョコレートのような濃厚な甘味はまだ見たことがない。
もしこれを作ることに成功したら、イリ姉は飛び上がって喜ぶだろうし、母様だって気に入るはずだ。
『ねえナビ、カカオ豆からチョコレートにする手順、改めて教えてくれる?』
着替えを済ませながら、脳内のパートナーに問いかけた。
《了解しました。工程は大きく分けて 焙煎(ロースト) 、 分離(ウィノワリング) 、摩砕、そして 精錬(コンチング) となります》
『うわっ、手間がかかりそうだね』
《はい。特に精錬の工程は重要です。粒子を極限まで細かくし、カカオバターを均一に行き渡らせる作業には、長時間の撹拌と温度管理が必要です》
ナビの説明を聞いているだけで昨日のようにちょっとお湯で煮出すレベルではないことがわかる。
でも、だからこそ燃えるというものだ。
『なるほどね。要は、豆を焼いて皮をむいてドロドロになるまで練り上げればいいってことだね』
《手作業で行う場合、滑らかな口当たりにするだけで数十時間を要する重労働となりますが、実行しますか?》
『まさか。文明の利器ならぬ、魔法の利器を使うよ』
《はい。風魔法による高速撹拌と温度調整を行えば短時間で完了可能です。私の計算に合わせて正確に魔力を操作してください》
『ナビと魔法で、なんとかなりそうだね』
着替えを済ませると足取り軽く食堂へと向かった。
扉を開けるとふわりとスープの温かい香りが漂ってくる。
「おはよう、父様、母様」
テーブルには既にみんなが着席していて楽しそうな話し声が聞こえてくる。
どうやら一番最後だったらしい。
「おはよう、メル」
「おはよう。今日は少しゆっくりだったわね」
「ほらね、やっぱりメルが一番おそいんだから」
横からイリ姉がからかうように笑いながら口を挟んできた。
「……はいはい」と小さく肩をすくめて自分の席に腰を下ろした。
「おはよう、レオ兄、イリ姉」
「おはよ!」
「おはよう、メル。眠そうだが、顔色はよさそうだな」
「えっ、そうかな? 自分では目が冴えてるつもりなんだけど」
「レオ兄、メルはいつもこんな顔よ……。いつもぽやーっとしてるんだから」
「はは、違いない。ま、元気ならそれでいいさ」
レオ兄は豪快に笑って、また食事に戻った。
ぽやーっとって……ひどい言われようだけど、頭の中はカカオのことで一杯だったから否定はできない。
僕は湯気を立てる黄金色のポタージュをすくい、ふうふうと冷ましてから口に運んだ。
カボチャの濃厚な甘みが口いっぱいに広がって、寝起きの体に染み渡る。
「ねえメル、今日は外で騎士ごっこしようよ。新しい技考えたんだ!」
イリ姉がスプーンを剣のように構えて身を乗り出してくる。
「んー……ごめん。今日はちょっとやりたいことがあるんだ。遊ぶのは、また今度でもいい?」
「えー? つまんなーい。またこっそり何か考えてるんでしょ」
イリ姉が頬を膨らませて不満を露わにする。
僕はスプーンを持ったままちょっとだけ目を泳がせた。なかなか勘が鋭い。
「今はまだヒミツ。ちゃんとできたら、いちばんにイリ姉に見せるよ。味見もお願いしたいし」
「……味見? なにそれ、おいしいやつ?」
味見という単語にイリ姉の目がキラーンと輝く。現金な姉だ。
「うまくいったら、たぶんおいしくなると思う」
「むー……じゃあ今日はガマンしてあげる。そのかわり、できたら絶対呼びなさいよ? 絶対だからね?」
「うん、約束」
イリ姉はまだ少しだけ名残惜しそうにしながらも「しょうがないわね」とパンをかじった。
「あらあら、メルはまた何をするのかしら?」
「母様にも内緒だよ。でも、うまくできたら母様にも食べてほしい。感想を聞かせてね」
「まあ、楽しみね。メルが作るものなら、きっと美味しいに違いないわ」
「味見は私が一番なんだからね! ズルはだめだからね!」
「わかってるって」
父様はいつもの調子でパンを割って穏やかに言った。
「外に出るなら、あまり遠くまで行かないようにな」
「わかってるよ」
「冷え込んできていますし、外にいくなら上着も忘れないでね」
「うん」
父様と母様の言葉にうなずいて残りのポタージュを飲み干した。
お腹も膨れたし気力も十分だ。
「ごちそうさまでした」
朝食を終えると部屋に戻り、カカオ豆の麻袋を担ぎ上げて意気揚々と部屋を出た。
廊下に出た僕は、迷わず調理場へと足を向けた。