作品タイトル不明
第123話「苦っっ!!!!」
バンッ!
調理場の扉が勢いよく開いた。
「なになに!?すごくいい匂いがするんだけど!」
飛び込んできたのはイリ姉だった。
その後ろから、母様も顔を覗かせている。
「あらあら。廊下の向こうまで、香ばしくて良い香りが漂っていたわよ。メル、また何か美味しいものを作っているの?」
「鼻がいいなあ、二人とも。ちょうど今、完成したところだよ」
僕はポットから、抽出された黒い液体をカップに注いだ。
「これ、豆を炒って作った飲み物なんだ。香りがいいから味見してみて」
僕はイリ姉、母様、そしてヒューゴとエリスの分も用意して配った。
「えっ……これ、本当に飲み物なの?真っ黒だけど……」
「香りはすごくいいけれど……大丈夫なのかしら?」
「お毒見ついでにご相伴にあずかります」
みんなが香りを確かめ、恐る恐る一口飲んだ。
「「「「「苦っっ!!!!」」」」」
五人の声が綺麗にハモった。
イリ姉なんて、べえーっと舌を出して顔をしかめている。
「なにこれ!?苦い!」
「すごい味ね……香りはこんなに優雅なのに、味は焦げた薬みたいだわ」
母様も目を白黒させている。
ヒューゴは渋い顔でカップを見つめている。
「んぐ……強烈ですな。苦味が真っすぐきます」
焙煎してくれたエリスでさえ無表情を保ちつつも、少しだけ眉をひそめていた。
「……とても、大人の味でございますね」
「あはは、すごい苦いね。このままだとちょっと苦すぎるみたいだ」
僕は予想通りの反応に苦笑いした。
これだけ苦いものを初めて飲んだら美味しいと感じるわけがない。
「でも、これだけ香りがいいんだから、ミルクとかと混ぜたら美味しくなる気がするんだ」
「確かにミルクにあいそうですな」
「ヒューゴもそう思う?じゃぁミルクと砂糖を用意してもらえるかな」
「ミルクですな?すぐにご用意しますぞ」
ヒューゴが壺に入ったミルクと砂糖壺をドンとテーブルに置いてくれた。
僕はそれを自分のカップとイリ姉のカップに注ぎ入れた。
真っ黒だった液体に白が混ざり合い渦を巻いて優しい茶色へと変わっていく。
「砂糖もたくさん入れて……よし、これでどうかな」
僕はスプーンでくるくるとかき混ぜイリ姉に渡した。
「イリ姉、もう一回飲んでみてよ。今度は甘くしたから」
「本当に?また苦いんじゃないの?」
「大丈夫だって。騙されたと思って」
イリ姉は恐る恐るカップに口をつけコクリと一口飲む。
その瞬間、イリ姉の表情がぱあっと輝いた。
「……おいしい!!」
イリ姉は瞳をキラキラさせて、勢いよく二口目を飲んだ。
「なにこれ!さっきと全然違う!甘くて、すごくいい匂いがするミルクって感じ!」
「あら……本当?メル、私のもお願いできる?」
母様が興味津々でカップを差し出してきた。
「うん。母様は甘いの好き?」
「そうね、ミルクはたっぷりで、お砂糖は控えめにお願いしようかしら」
「わかった。ヒューゴとエリスも、好きな量を入れてみて」
僕は母様のカップにミルクを注ぎ、ヒューゴたちにもミルクと砂糖を勧めた。
それぞれが自分好みにミルクを足し一口飲む。
「……なるほど、こいつは化けましたな!」
ヒューゴが思わず唸った。
「あの強烈な苦味が、ミルクを足しただけでこんなに奥深い味になるとは……。甘味の中に香ばしさが残って、後味もすっきりしている」
母様も、ほうっとため息をついた。
「本当ね。お菓子みたいに美味しいけれど、ちょっと贅沢なお茶時間って気分になるわ。これ、気に入ったわ」
エリスもこくりと頷き、口元をナプキンで拭った。
「美味しいです。体が芯から温まります」
「でしょ?ミルクと合わせるとすごく美味しくなるんだよ」
みんなの反応に、僕はガッツポーズをした。
やっぱり、子供や甘いもの好きにはこの飲み方が最強だ。
「イリ姉、おかわりあるからね」
「飲む飲む!これならいくらでも飲めちゃう!」
大好評みたいでひと安心だ。
僕は成功したコーヒーセットをワゴンの上にまとめた。
「よし、父様のところへ行ってくるよ」
◇
エリスにワゴンを押してもらい、父様の執務室へと向かった。
ノックをして中に入ると、ヨナスさんはもう帰ったあとで、父様は一人で書類と向き合っていた。
「父様、さっきの豆、飲み物にできたから持ってきたよ」
「ほう、もうできたのか」
父様はペンを置き、興味深そうにワゴンを見た。
「まずは、そのままで飲んでみて」
僕はブラックコーヒーが入ったカップを差し出した。
父様は香りを楽しみ、一口飲むと眉をピクリと動かした。
「……苦いな」
「やっぱり?」
「だが、悪くない。頭の中のもやが一気に飛ぶような鋭い苦味だ。仕事中に飲むにはいいかもしれん」
さすが父様、実用性を重視している。
僕は次にミルクと砂糖が入ったポットを取り出した。
「ミルクと砂糖を足すと、飲みやすくなるんだ。父様は甘いのはお好き?」
「仕事中はあまり甘いものは取らんが……どれくらい変わるか見てみよう」
「わかった。じゃあ、ミルクはたっぷり入れて、砂糖は少しだけにするね」
僕は父様のカップにミルクを注ぎ、砂糖をスプーンで軽く一杯分加えた。
父様はそれをスプーンで混ぜ、一口飲むと、ふっと表情を緩めた。
「ふむ……。角が取れて、随分とまろやかになったな。これは休憩の時に良さそうだ」
「気に入ってくれた?」
「ああ。ヨナス殿に感謝しないとな。……メル、よくやった」
父様は僕の頭をポンと撫でてくれた。
父様も気に入ってくれたみたいでよかった。
僕は嬉しくなって、執務室を後にした。
「次はレオ兄だ」
◇
最後に向かったのは、レオ兄の部屋だ。
ノックをすると、中から兄様の声がした。
「誰だ?」
「僕だよ、レオ兄」
「……メルか。入っていいぞ」
部屋に入ると、レオ兄は机に向かって難しい顔で兵法書のようなものを読んでいた。
「レオ兄、差し入れだよ。眠気覚ましにいい飲み物ができたんだ」
「眠気覚まし?……変わった匂いだな」
レオ兄は本を閉じ、僕が淹れたブラックコーヒーをじっと見つめた。
「すごく苦い飲み物だよ。まずは何もいれずに、一口だけ試してみて」
レオ兄はカップを受け取り、一口飲む。
イリ姉や母様みたいに「苦っ!」ってなるはずだ。
けれど、レオ兄は表情一つ変えずにそのまま飲んだ。
「……悪くない」
「えっ、苦くないの?」
「苦いな。だが、この苦味と香りが、集中するにはちょうどいい」
続けてもう一口飲み、ふうと息をついた。
「ミルクと砂糖も持ってきたけど、入れる?」
ワゴンからポットを指して尋ねた。
「いらないよ。甘いのは休憩のときでいい。今はこれが合う」
そう言って、レオ兄は平然とブラックコーヒーを飲み干してしまった。
(うわぁ……さすがレオ兄、かっこいい……)
あの苦さを顔色ひとつ変えずに飲むなんて、やっぱりすごいな。
「目が覚めたよ。ありがとうな」
レオ兄は短く礼を言うと、空になったカップをソーサーに戻した。
「ううん、邪魔してごめんね。頑張って」
僕は空になったカップを受け取り、部屋を後にした。
コーヒー、みんな喜んでくれてよかったな。
さて、残るはカカオ豆だけど……。
廊下の窓から外を見ると、もうすっかり日が落ちていた。
まずは今日使った道具を片づけて、続きは明日にしよう。
明日はチョコレートを作って、イリ姉をもっとびっくりさせるつもりだ。