軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第121話「ヨナスさんのお土産」

ガタガタガタッ!

「うわ、すごい風……」

僕が思わず窓を見たタイミングでコンコンと部屋の扉がノックされた。

「失礼いたします、メルヴィン様」

扉のところでエリスが一礼して、いつもの落ち着いた声で告げた。

「なに、エリス」

「旦那様がお呼びです。応接室へお越しいただけますか」

「父様が?」

「はい。ヨナス様が王都からお戻りになりまして。なんでもメルヴィン様にお渡ししたいものがあるとか」

「ヨナスさんが僕に?」

(渡したいものって何だろう……あっ、もしかしてお米が見つかった!?)

「わかった!すぐ行く」

僕は上着を羽織って、そのまま足早に部屋を飛び出した。

応接室に入ると、父様とヨナスさんがテーブルを挟んで座っていた。

仕事の話はもう終わったらしく、書類は端に寄せられ、二人とも茶器を手にすっかりくつろいだ様子だ。

「おお、メル坊ちゃま。お待ちしておりましたぜ」

ヨナスさんは椅子からぐいっと身を乗り出し、旅の疲れなんてまるで感じさせない顔でニカッと笑った。

「メル、ヨナス殿がお前に見せたいものがあるそうだ」

「何かおもしろいものでも見つかった?」

「へい、その通りでさぁ。坊ちゃま好みの品だと思いましてね」

ヨナスさんは足元に置いていた大きな荷袋を開け、中から小ぶりの麻袋を二つとガラス瓶を一つ取り出しドサッ、ドサッとテーブルに並べた。

「王都でも扱ってる店はごくわずかでしてね。坊ちゃまが色々試す分くらいは、なんとか確保してきやした。これは絶対にメル坊ちゃま向きだってね」

「僕向き?」

ヨナスさんはニヤリと笑うと、まず一つ目の麻袋の紐を解き、中身をさらりと 掌(てのひら) に出した。

「まずはこいつです」

掌に乗ったのは、黄緑がかった灰色の小さな豆だった。

「南のほうにある暖かい国から届いた豆だそうで。こいつを黒くなるまで鍋で炒ってから潰して、お湯を注ぐと苦い飲み物になるんだとか」

ヨナスさんは豆を親指で弾きながら、楽しそうに続けた。

「なんでも、眠気が吹き飛ぶって話で、王都の学者先生だの、一部の貴族だのが好んで飲んでるそうですぜ。飲むと頭が冴える、なんて言って」

僕は豆を一粒つまみ上げて、鼻を近づけてみた。

青臭いけれど、その奥にどこかで嗅いだことのある香りがかすかに混ざっている気がした。

『ナビ、これって』

《コーヒーの生豆です。焙煎して抽出を行えば、飲用可能です》

(コーヒーか!いろいろ使い道はありそうだけど、まずは素直に飲み物だよね)

たぶん子どもの舌でブラックはきつい。

でもミルクと砂糖をたっぷり入れて甘くしたら、おやつの時にちょうどいい飲み物になりそうだ。

「へぇ。眠気が飛ぶなんて変わった飲み物だね」

「ええ。王都の学者たちの間でも、味は二の次で、あくまで眠気覚ましに使う品だそうです。珍しい南の植物ですし、坊ちゃまなら、こういう変わったものが好きかと思いましてね」

「ありがとう、ヨナスさん」

「で、こっちがさらに不思議な代物でしてね」

ヨナスさんは二つ目の布袋を開けた。

ゴロリ、と重たげな音を立てて、中身が転がり出る。

それはさっきの豆よりも大きな、茶色い粒だった。

表面はゴツゴツとしていて、まるで石か木の殻みたいだ。

「これも南のほうの豆で、向こうじゃ神様の食べ物なんて呼ばれてるらしいです。潰して甘い蜜や香辛料と混ぜて飲んだり、固めたりするらしいんですが……」

「そのまま齧ってみても、ただ苦くて渋いだけでした。正直、どうやって食べるのかもよく分かりません」

父様がそのゴツゴツした一粒を手に取り、不思議そうに眺めている。

「硬いな。本当に食べ物なのか?」

僕も一粒手に取ってみたけれど、どう見てもただの石ころにしか見えない。

匂いを嗅いでも、なんだか少し酸っぱいような匂いがするだけだった。

『ナビ、これって何?』

《カカオ豆です。焙煎・加工することでチョコレートの原料となります》

(えっ、これがあのカカオ!?)

僕は驚いて手の中の茶色い塊をじっと見つめた。

これでチョコレートを作ったら、イリ姉なんて泣いて喜ぶに違いない。

「そして最後に、こいつはおまけです」

ヨナスさんは最後に小さなガラス瓶を持ち上げた。

中に入っているのは、乾燥して丸まった樹皮の切れ端のようなものだ。

「向こうじゃ、この樹の皮を乾かしたものを甘い飲み物やお菓子に少しだけ入れるそうで。ひとかけら入れるだけで、えらく良い香りになるって話でさあ」

ヨナスさんが瓶のコルク栓をポンと抜いた瞬間、部屋の空気ががらりと変わった。

甘くてピリッとしたスパイシーな香りが一気に広がる。……この匂いはシナモンだ。

「ほう……」

父様が目を細めて、その香りを楽しんでいる。

「坊ちゃまはただ飾っておく宝石よりも、こういう使って楽しめるものの方が好きでしょう?」

ヨナスさんは悪戯っぽく笑った。

さすがヨナスさん、僕の好みをよく分かってる。

見るだけの宝物より、実際に料理やお菓子に使えるもののほうが、僕は断然嬉しい。

父様も、そんな僕たちのやり取りを見て、優しく目を細めた。

「よかったな、メル。ヨナス殿のご厚意だ。大事にしなさい」

「うん、ありがとう!すごく嬉しいよ」

「へへっ。もしこいつで何かうまいもんができたら、あっしにも味見させてくだせえ」

「もちろんだよ。美味しいのができたら持っていくね!」

僕は控えていたエリスを振り返った。

「エリス、これ調理場の保管庫に運んでおいてくれる?」

「かしこまりました」

エリスはテーブルの上の麻袋と小瓶をてきぱきと抱え上げると、そのまま調理場へと向かった。

僕もその後に続いて応接室を後にした。

部屋に戻ってダラダラしている場合じゃない。

早く試してみたい。

調理場に向かいながら、一番気になっていたことを聞いた。

『ねえナビ。このカカオ豆って、どうやったらチョコレートになるの?』

《現代の製法では、豆を焙煎して皮を取り除いた後、砂糖やミルクを加えてコンチングという作業を行います》

『コンチング?』

《メランジャーと呼ばれる機械を使い、加熱しながら数十時間かけて練り上げる作業のことです。この工程でカカオ豆を細かくすり潰すことで、酸味が抜けて滑らかな口溶けが生まれます》

『……数十時間!?機械がないと作れないってこと?』

《いいえ。すり鉢ですり潰して作ることも可能です。ただ、手作業だと粒子が粗く残るため、メルが思っているチョコレートほど滑らかにはなりません。少しザラザラとした食感になりますが、チョコレートとしては問題なく完成します》

『なるほどね』

《補足します。メルの魔法を使えば、機械がなくとも滑らかなチョコレートを作成可能です》

『え、魔法で?』

《はい。魔力制御で素材を高速撹拌・粉砕すれば、コンチングマシンと同様の効果が得られます。これなら短時間で、現代のものと変わらない口溶けが再現できます》

『いいね!じゃあ、まずは魔法でパパッと作って味見しよう。普通の作り方はあとで考えればいいし』

自分と家族が食べる分なら、それで十分だ。

『それじゃ、コーヒーのほうは?』

《こちらは単純です。焙煎して黒くなるまで焦がし、細かく砕いてお湯で抽出するのみです》

『それならすぐできそうだね!』

《はい。焙煎は10分程度で完了しますので、まずはコーヒーから作成することを推奨します》

まずは手軽なコーヒーから始めよう。

どんな味になるのか想像しながら、僕はワクワクしつつ調理場の扉に手をかけた。