軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第119話「甘いひと休み」

カーテンの隙間から朝日が差し込んでくる。

まぶしくて、僕は布団をかぶり直した。

(今日は絶対に動かない……)

昨日は一日中公園で遊び方を教えたり、安全確認で駆け回ったりしていた。

おかげでまだ体に疲れが残っているし、今日はもう一歩も布団から出たくない気分だ。

『ナビ、昨日の疲れ、まだ残ってるか確認して』

《バイタルデータ確認。疲労の蓄積を検知しました。本日は活動レベルを落とし、休息を最優先すべきと判断します》

よし、お墨付きももらったことだし、今日は徹底的にダラダラしよう。

布団を頭までかぶって、気持ちよく二度寝モードに入った。

遅めの朝食を食べ終わるころには、屋敷の中はすっかり静かになっていた。

イリ姉は、とっくに朝食を終えて「今日も一番乗りよ!ルカたちに負けてられないわ!」と公園へ飛び出していったらしい。

あの底なしの体力には呆れるばかりだ。

レオ兄も見回りついでに公園を見に行き、父様は執務室、母様もどこかへ出かけてしまった。

つまり、今の屋敷は僕だけの天国だ。

みんなが出かけたのを見届けてから、僕は談話室へと移動した。

扉をそっと開けると、暖炉の薪だけがパチパチと心地よい音を立てていた。

「……最高だ」

暖炉の真正面にある一番ふかふかのソファに身を投げ出した。

ずぶり、と体がクッションに沈み込む。

窓の外では冷たい風が木を揺らしているけど、ここだけはぽかぽか天国だ。

(静かだなぁ……)

聞こえるのは薪が燃える音と、たまに窓ガラスがガタつく風の音だけ。

クッションを抱きしめ、天井をぼんやりと眺めた。

何もしなくていい時間。こういうのが一番の贅沢だ。

そのままうとうとし始めた時、廊下を誰かが通る気配がした。

静かで控えめなエリスの足音だ。

「……あ、エリス」

僕が声をかけると、扉がそっと開いてエリスが顔を出した。

「あら、メルヴィン様。ここでお休みでしたか」

エリスは洗濯物の入った大きな籠を抱え直して、微笑んだ。

その指先が寒さで真っ赤になっているのに気づく。

「エリス、指先が真っ赤だよ。寒そうだね」

「今日は風が冷たいですからね。外干しをしていると、どうしてもかじかんでしまって」

そう言って、冷えた手をはぁーっと息で温めようとして、こすり合わせた。

「風邪ひかないようにね」

「はい。ありがとうございます。では、残りの洗濯物を干してきますね」

エリスは一礼すると、足早に廊下を戻っていった。

その後ろ姿を見送ってから、再びふかふかのソファに深く沈み込んだ。

暖炉の熱がじんわり伝わってきて、体の中までぽかぽかしてくる。

(外は寒そうだなあ……。ここは天国だ……)

パチパチと薪が爆ぜる音を聞いていると、ふと口寂しくなってきた。

この完璧なリラックスタイムに、甘くて温かい飲み物があれば、もっと最高なんじゃないか。

(なにか暖かい飲み物でも飲みたいな……)

『ねえナビ。何か体が温まる美味しい飲み物ない?』

《ホットミルクにすりおろしたリンゴを加えるレシピを推奨します。糖分とビタミンが摂取でき、リラックス効果も見込めます》

『リンゴとミルクか……。いいね、それ』

(……よし。作ってこよう)

僕はのんびりとソファから起き上がり、厨房へと向かった。

厨房に入ると、ヒューゴたちが魚料理の試作で盛り上がっていた。

香ばしい匂いと活気のある話し声が響いている。

「あ、坊ちゃま。なにかご用ですかな?」

僕に気づいたヒューゴが手を止める。

「ううん、気にしないで。ちょっと温かいものが飲みたくなっただけだから」

「お茶ですかな? すぐに用意させますが」

「いいよ、自分で作るから。ヒューゴたちは続けてて」

そう言って、空いている調理台のほうへ向かった。

(せっかくだし、エリスたちの分も作っていこうかな。みんな寒そうだったし)

僕は大きめの鍋を用意し、たっぷりの牛乳を注いだ。

まずはリンゴの準備だ。

鍋の上にリンゴを浮かせ、そっと風魔法を流し込む。

イメージするのは刃じゃなくてヤスリ。

ごく細い風が、表面をなでるようにこすっていく。

しゃらしゃら……。

白い粉みたいになった果肉と果汁が、ふわっと牛乳の中に落ちていく。

そこに砂糖も加え、仕上げにかかる。

『ナビ、温度調整お願い。沸騰させないで、飲み頃の温度で』

《了解しました。熱伝導を制御し、最適温度65度まで急速加熱します》

じわりと熱を伝えるイメージで魔力を送った。

ナビの制御のおかげで、吹きこぼれることもなく、数秒で飲み頃の温度になる。

ふわぁっ、と。

甘酸っぱいリンゴとミルクの優しい香りが立ち上った。

「よし、できた」

あっという間に鍋いっぱいのホットドリンクが完成した。

僕はカップと中身たっぷりの鍋をトレイに乗せ、魔法でふわりと浮かせた。

そのまま居間へ戻ると、ちょうどエリスが洗濯物を干し終えて戻ってきたところだった。

「あ、メルヴィン様。いい香りが……」

「エリス、お仕事お疲れ様。はい、これ」

湯気の立つカップを手渡す。

「まあ……! ありがとうございます」

エリスはカップを両手で包み込むように持つ。

カップの温かさで真っ赤だった指先がじわじわとほぐれていく。

「……おいしい。甘くて、落ち着きますね」

そのまま、ほっと息を吐いた。

そこへ、裏口の方から話し声が聞こえてきた。

「うー、さむさむ!今日は冷えるねえ」

「手がかじかんで薬草の選別が大変でした……」

庭仕事から戻ってきたソフィアと、薬草庫から出てきたリディアだ。

二人とも鼻先を少し赤くして、手をこすり合わせながら廊下を歩いてくる。

「あれ?なんか甘くていい匂いがする!」

鼻の利くソフィアが、すぐにこちらに気づいた。

「二人も飲む? まだあるよ」

僕は新しいカップを取り出し、鍋からなみなみと注いで渡した。

「えっ、いいんですか?いただきまーす!」

ソフィアが豪快に一口飲んで、目を丸くする。

「うまっ!!なにこれ、めっちゃ温まる!」

「……リンゴの香りですね。すごく優しい味です」

リディアも、カップの湯気を顔に浴びて、嬉しそうに目を細めている。

指先が温まると、二人ともふーっと力の抜けた顔になった。

甘い香りと湯気で、ひんやりしていた屋敷の空気まであったかくなった気がする。

「じゃあ、僕は向こうで飲むから。鍋に残ってる分は、あとで他のみんなにも分けてあげてね」

「はい。皆にもお配りしますね」

エリスたちが嬉しそうに頷くのを見届けてから、僕は自分のカップを持って暖炉横のソファへと戻った。

「さて……。最高のお昼寝タイムの再開だ」

ソファに深く腰掛け、カップに口をつけた。

甘い温かさが胃に落ちて、体の中からポカポカしてくる。

(……ふあ)

飲み終えてカップをサイドテーブルに置いたころには、もう瞼が重くなっていた。

そのままゴロンと横になると、エリスが優しく毛布をかけてくれた。

「ゆっくりなさってくださいね」

(……ふあ)

暖炉の火の音とお腹の中の温かさ。

そのままぐっすりお昼寝コースに突入した。

――ドタドタドタッ!

その足音で僕は目を覚ました。

扉の向こうから聞き慣れた声と気配が、勢いよく近づいてくる。

「ちょっとメル! ずるい!」

公園から帰ってきたイリ姉が、バン!と扉を開けて飛び込んでくる。

「ふぁあ……おかえり……」

「エリスたちから聞いたわよ!美味しいミルクを作って配ったんですって!?なんで私がいないときにやるのよ!」

ソファに詰め寄り、僕の肩を揺さぶる。

「明日また作るよ……」

「本当ね!? 約束だからね! 明日絶対だから!」

イリ姉はそう言うと、満足げに僕の隣に座り込み、冷えた手を暖炉にかざした。

パチパチと薪が爆ぜる音が心地よく響く。

(……明日のことは、明日考えよう)

その音を聞きながら、もう一度ふぁあっと大きなあくびをした。