軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第112話「やっぱり家が一番落ち着く」

「メル!ほら、屋敷の屋根、見えてきたわよ!」

向かいの席でイリ姉がぱっと窓の外を指さした。

つられてそっちを見ると、森の向こうに見慣れたフェリスウェル邸の屋根がのぞいていた。

(……やっと着いた。見慣れたあの屋根を見ると、なんだかホッとするな……)

「ほんとだ……。はあ、やっと帰ってきたって感じがするね」

馬車が玄関前に静かに停まり、御者さんが扉を開けてくれる。

玄関前には、レオ兄やカトリーナたち屋敷のみんなが整列して出迎えてくれていた。

「ただいま!バルカス領、すっごく楽しかったわよ!」

「ふふ、顔を見れば分かるよ。ずいぶん楽しんできたみたいだね。道中で困ったことはなかったかい?」

レオ兄が落ち着いた声で僕たちを迎えてくれた。

「道中に大きな問題はなかったさ。……まあ、メルが向こうでまた妙なものを作ったりはしたがな」

「ブランコよブランコ!あとで話してあげるわ!」

父様の言葉にイリ姉が楽しそうに続けた。

僕たちがそんなふうに話しているあいだにも、玄関前ではソフィアやメアリーが手際よく馬車から荷物を降ろしていく。

「燻製の樽は厨房へ。瓶詰めは食料庫へ運んでくれ」

「あの、旦那様。こちらの冷たい木箱はいかがいたしましょう?」

荷下ろしをしていたソフィアが、冷たさに手をこすり合わせながら父様に尋ねた。

「ああ、メルが凍らせた魚だな。メル、全部厨房でいいか?」

「ううん、一つはそのまま厨房へ運んで、残りは氷室に運んでほしいかな」

「承知いたしました。メアリー、そっちを持ってくれる?」

ソフィアに呼ばれたメアリーが、張り切って木箱を持ち上げようとした瞬間だった。

「ひゃっ、つっ冷たいですぅ!」

メアリーが悲鳴を上げて慌てて手を引っ込める。

その様子を見て父様がくすっと笑った。

「メアリーその箱は凍ってるから気を付けてね」

「は、はいぃ!気を付けますぅ!」

メアリーは涙目でエプロンの裾を使って箱を持ち直すと、ソフィアと一緒に重そうに運んでいった。

その背中を見送りながら、父様が僕に言った。

「ついて行って、ヒューゴに見せてやるといい。きっと面白がるだろう」

「うん、僕も厨房に顔出してくる」

僕は父様たちとそこで別れ、木箱を運ぶソフィアたちの後を小走りで追いかけた。

厨房の扉を開けると、湯気と夕食のいい匂いが一気に押し寄せてきた。

ヒューゴが腕組みしながら「そっちは火を弱めろ!」と、いつもの調子で指示を飛ばしている。

「ただいま、ヒューゴ」

「おお!坊ちゃま、お帰りなさいませ!」

ヒューゴが嬉しそうに振り返るが、すぐに僕の後ろに運ばれてきた木箱を見て目を丸くした。

「……ん?なんですかな、その大きな木箱は」

「バルカス領の湖で獲った魚だよ。水ごと凍らせて持って帰ってきたんだ!」

「水ごと凍らせたですと?……がはは!いやはや、流石は坊ちゃまですな!そんな芸当、普通はできやしませんぞ」

ヒューゴは目を細め、興味津々で木箱に近づいてきた。

『ナビ、氷を割りやすいように外側だけ少し脆くできる?』

《可能です。表面のみ温度を上げます》

僕は木箱にそっと手を当て、魔力を流す。

氷の表面に、じわっと白い曇りと小さなヒビが入った。

「ここを叩けば割れると思う」

「お任せくだされ!」

肉叩き用の大きな木槌を振り上げる。

バキッという派手な音と共に氷が割れ、中から透明な氷と一緒に、魚が姿を現した。

銀色の鱗はきらきらと光り、目もまったく濁っていない。

「……なんと!こいつは凄いですぞ……」

ヒューゴが、思わず目を見開いている。

「今日の朝に獲ったやつだよ」

「今日の朝ですと!?がはは!今、網から上げたと言われた方がまだ信じられますわい!」

ヒューゴのテンションが一気に爆上がりした。

厨房にいたメアリーや、箱を運んでくれたソフィアも「わあ、ピカピカ……」「本当に湖からあまり時間が経っていないみたいですね」と覗き込んでいる。

ヒューゴは魚を眺めながら、腕組みしてぶつぶつとメニューを組み立て始めた。

「塩焼き、香草焼き、煮込み……。そうですな、せっかくのこの鮮度!まずは素材の味を活かした料理でいくのが一番ですな!こいつは豪華な晩餐になりますぞ!」

ヒューゴは高らかに宣言する。

「さあ、あとはわしにお任せくだされ!今夜はバルカス湖の恵みで腕を振るいますぞ!楽しみに待っていてくだせえ!」

「うん、よろしくね、ヒューゴ」

厨房を出たあと、僕は一度自室に戻った。

旅支度の上着を脱いで、ベッドにどさりと倒れ込む。

「ふあ〜……やっぱり自分のベッドが落ち着く……」

《本日の移動距離と活動量を考えると、入浴後の睡眠で十分な回復が見込めます》

『そうだね。馬車に揺られて体がバキバキだから、まずはゆっくりお風呂で温まることにするよ』

廊下からは、さっき別れたイリ姉と母様の楽しそうな声がかすかに聞こえてくる。

(元気だなあ……。やっぱりイリ姉は体力あるよ)

「よし、行くか」

僕はむくっと起き上がり、お風呂の準備をして脱衣所へ向かった。

お風呂の前に来ると、木の扉の隙間からほのかに湯気が漏れ、薬草の匂いが漂っている。

「バルカス領のお風呂もきれいだったけど、やっぱりこの匂いと空気の方が落ち着くな」

脱衣所で服を脱ぎ浴室へと足を踏み入れる。

湯気で白く曇ったその先には、たっぷりと薬湯を湛えた湯船が待っていた。

「はあぁぁぁ……」

『やっぱこれだ……。あっちのお風呂も悪くなかったけど、僕にはこっちの方が合ってるな』

《薬草の成分が筋肉のこわばりを緩和しているようです》

『……ん、そうかも。本当に気持ちいいよ』

大きく息を吐いてから、肩までしっかり湯に浸かり、この三日間のことをぼんやりと振り返る。

ブランコのこと、フットサルの約束、クラリス嬢の笑顔、そして湖の魚のこと。

(……まあ、イリ姉には振り回されたけど、全部ひっくるめて楽しかったな)

「……ふあ」

温かさと疲れで、だんだんまぶたが重くなってきた。

カクンと船を漕ぎかけたところでナビの声が響く。

《警告。入浴中の睡眠は危険です。直ちに上がることを推奨します》

『はあい……もうちょっとだけ……』

《過去のデータによれば、その発言の後に自力で上がれた例はありません》

『う……。わかったよ……すぐ上がるよ』

僕は観念して、ざばりと湯船から上がった。

脱衣所で体を拭いていると、エリスがタオルと一緒に小さなトレーを持って入ってきた。

「メルヴィン様。湯上がりに、こちらをどうぞ」

トレーの上には、よく冷えたフルーツ牛乳の瓶が乗っている。

「うわ、用意してくれてたんだ。ありがとう、エリス」

「長旅でお疲れと思いまして。メルヴィン様は、お風呂上がりにフルーツ牛乳を欲しがられますから」

エリスがくすっと笑う。

《適切な栄養補給は、回復効率の向上に寄与します》

僕は瓶の口を開け、腰に手を当てて、ぐいっと一口飲んだ。

「ぷはぁ……これだよ、これ……」

《満足度の数値が、入浴時を上回りました》

『そりゃそうだよ。お風呂上がりのフルーツ牛乳こそ至高なんだから』

エリスはくすっと笑いながら、トレーを少しこちらに傾けた。

「そうおっしゃると思って、多めにご用意しておきました」

「……じゃあ、もう一本だけ」

僕は遠慮なく、二本目の瓶に手を伸ばした。

さっぱりした気分で食堂に向かうとテーブルの上には、いつものフェリスウェル家らしい料理に加えて、バルカス湖の魚を使った料理や、お土産の燻製を使った一皿が並んでいた。

塩焼きのこんがりした皮、フェリスハーブを使った香草焼き、温かいスープ煮込みが、食欲をそそる香りを漂わせている。

「なにこれ!すっごくいい匂い!」

食欲をそそる香りに、イリ姉が真っ先に身を乗り出す。

母様も、ずらりと並んだ皿を見て嬉しそうに微笑んだ。

「まあ……とても華やかな食卓になりましたわね」

「湖の魚で、ここまで種類を出すとは……さすがだね」

「バルカス領の湖で獲れた魚でございます。メル坊ちゃまが氷漬けにして持ち帰ってくださったおかげで、この通り鮮度は抜群ですぞ」

「うむ。メルのおかげだな」

父様が満足そうに頷く。

食事が始まると、イリ姉がさっそく香草焼きを頬張った。

「皮がパリパリで中はふわふわ!ヒューゴ、すっごく美味しい!」

「ええ、そうですわね。これなら毎日でもいただきたいくらいだわ」

「でしょ?あーあ、バルカス領がもっと近ければいいのに!」

イリ姉はそう言うと、次の一口を幸せそうに頬張った。

僕はお風呂でほぐれた体とお腹いっぱいの幸せ、家族の賑やかな声に包まれながら、しみじみと思う。

(バルカス領も楽しかったけど……やっぱり、夜はこの家でご飯食べて、お風呂入って、ベッドでごろごろするのが一番好きだな)

《メルにとって、本日のような一日は満足度の高い生活パターンと言えます》

『うん。こういう日が、これからもいっぱいあるといいな』

「ちょっとメル、さっきからなにニヤニヤしてるのよ」

イリ姉のツッコミが飛んできて、テーブルに笑いが広がった。