軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第111話「さよならバルカス邸」

丘の上でたっぷり遊んだ後、僕たちは屋敷に戻った。

(ブランコで遊びすぎてちょっと疲れたな……)

そのまま少し休憩を挟んでから、客室で身支度を整え、僕たちは食堂の席に着いた。

料理が運ばれるにつれてテーブルもにぎやかになり、皆の表情も昨日よりずっとやわらいでいく。

二日目の夕食は、そんな和やかな雰囲気の中で進んでいった。

皆が一通り料理に手を伸ばし終え、会話も少し落ち着いてきたころ──

クラリス嬢が嬉しそうに声を上げた。

「お父様!今日、メルヴィン様が丘の上に『ブランコ』を作ってくださいましたの!」

「ぶらんこ……?」

バルトール卿が聞き慣れない単語に一瞬戸惑った顔をする。

「すっごく楽しいの! 湖に向かって飛んでいくみたいで!」

「湖に向かって……飛ぶ?」

(あ、説明が全然足りてない……)

慌てて小さな声で補足した。

「あの、木の枝から縄で板をぶら下げて、その上に座って前後に揺らす遊具です。こぐほど大きく揺れて、湖の上に飛び出していくような感覚になるんです」

「なるほど……枝から吊るした揺り椅子のようなものか」

バルトール卿の視線が父様にそっと向けられた。

父様はまたメルか……と楽しそうに肩をすくめると、バルトール卿に笑いかけた。

「ははは、どうやらうちのメルがまた何か突飛なものを作ったようで。クラリス嬢に楽しんでいただけたのなら何よりです」

「……いや。実に、興味深い」

バルトール卿はこちらを一瞥すると、それ以上は何も聞かず、穏やかに頷いた。

(よかった。あんまり騒ぎにならなくて)

その後は料理や狩りのことなど他愛もない話に花が咲き、バルトール様たちとの夕食もやがてお開きになった。

客室に戻り、自分の部屋のベッドに寝転がると、瞼がじわじわと重くなっていく。

その日の夜はイリ姉とクラリス嬢が部屋で遅くまで楽しそうにおしゃべりする声が、廊下までかすかに届いていた。

(あー……イリ姉もクラリスも楽しそうだな……)

そんな声を子守唄みたいに聞きながら、いつの間にか眠りに落ちていた。

気がつくと三日目の朝になっていた。

簡単な朝食を済ませて出発の支度を整えると、僕たちはバルカス領の玄関前で出発の準備が整うのを待っていた。

「クラリス!次はうちの領地でフットサルよ!絶対来てよね!」

「ええ!ブランコのお礼もございますし、必ず伺いますわ!」

イリ姉とクラリス嬢が名残惜しそうに固い約束を交わしている。

大人たちも最後のお土産話に花を咲かせていた。

「バルトール卿。この度は三日間にわたり、心のこもったおもてなしをいただき、誠にありがとうございました」

父様が深く頭を下げて感謝を述べた。

「いや、フェリスウェル卿。こちらこそ、娘が大変楽しそうで何よりでした」

バルトール卿が穏やかな笑みで応じる。

「……特に昨夜、娘から聞かされたブランコの話には、その発想に驚かされましたな」

「ははは……いやはや、お恥ずかしい限りで」

父様が少しだけ照れくさそうに笑い返していた。

ひと通り挨拶が済むと、使用人たちがきびきびと動き始め、お土産の積み込みが始まった。

バルカス領特産の燻製が次々と荷台に積まれていく。

そして、僕がお願いした「生の魚」が入った水を入れた、大きな木箱が荷台に置かれた。

それを見て、父様が声をかけた。

「メル、頼んでもいいか?」

「うん、任せて」

馬車の荷台に近づき、木箱に手を触れる。

『ナビ、お願い』

《はい。冷却魔法、実行します》

魔力を流し込むと、木箱の中の水が一瞬でカチコチの氷塊に変わっていく。

(よし、これで夕方まで余裕だね)

ふと顔を上げると、周りの視線が一斉にこちらに集まっているのがわかった。

近くにいたバルトール卿やその使用人たちは、僕が詠唱もなしに一瞬で巨大な氷塊を作ったのを目の当たりにして、ぽかんとこちらを見ていた。

だが、父様が『ははは、便利なものです』と穏やかに笑うだけだったので、それ以上は何も言わなかった。

(父様がいつも通りに軽く受け止めてくれたおかげで、変に騒ぎにならずに済んだ……)

こうしてバルカス領での三日間は、本当にあっという間に過ぎていった。

馬車がゆっくりと動き出す。

「クラリスー!またねー!」

「イリス様!メルヴィン様も、どうぞごきげんよう!」

イリ姉とクラリス嬢がお互いが見えなくなるまで夢中で手を振り合っていた。

遠ざかっていく丘の上には、昨日みんなで遊んだブランコが小さく揺れているような気がした。

(あー、楽しかったけど、やっぱり自分の家が一番だな……)

僕たちを乗せた馬車は、やがて屋敷を離れ森の中の街道へと入っていく。

窓の外を眺めていると、向かいの席からイリ姉の声が飛んできた。

「ねえお父様!帰ったら広場にブランコを作ってもいいでしょ!?」

「ふむ……村の広場にか」

「そうよ!村の子供たちにも教えてあげたいの!あれ、すっごく楽しかったんだから!」

イリ姉がきらきらした目で父様を見る。

「まあ……村の子供たちが、きっと喜びますわね」

母様が楽しそうに微笑んだ。

「メルはどう思う?実際に作ったのはお前だろう」

父様に話を振られ、僕は少し姿勢を直した。

「うーん……ちゃんとしたものを作るなら、いいと思うよ。ただ、丘のときみたいに僕がその場で魔法で作るのはやめた方がいいかなって。ちゃんと大工さんに作ってもらった方が安全だと思う」

「ふむ。具体的には、どうするつもりだ?」

「丘で作ったブランコをもとに簡単な図を描いてみるよ。高さとか座る板の大きさとか。その図面をゴードンさんに渡してもらえれば」

「なるほど。メルが考えて、あとはゴードンに作ってもらうわけだな」

父様は納得したように小さく頷いた。

「わかった。ゴードンには私から言っておこう。屋敷に戻ったら、図面を頼むぞ」

「うん。帰ったら描いてみるよ」

(よし、これで一人で全部作らなくて済むぞ……)

「やった!決まりね!」

イリ姉がぱっと顔を輝かせる。

「広場にブランコができたら、クラリスもきっと喜ぶわ!今度はうちでも一緒に遊べるもの!」

「そうだな。村の子供たちも、さぞ喜ぶだろう」

父様が穏やかに微笑む。

「でも、イリ姉。あんまり無茶な乗り方だけは、本当にやめてよね。二人乗りとか立ち乗りとか」

「うっ……そ、それは……気をつけるわよ、多分」

イリ姉がどこか気まずそうに目をそらしたので、僕は思わず苦笑した。

(まあ……ブランコくらいなら、みんなが楽しめるし、いいか)

そんなことを考えているうちに、窓の外の景色がだんだんと見慣れた森と丘の色に変わっていく。

(家に着いたら、まずはあったかいお風呂に入って……それからヒューゴのご飯。ブランコの図面は、そのあとナビとゆっくり考えればいいや)

僕は揺れる馬車の中で、帰ってからの予定を順番に思い浮かべながら、ぼんやり窓の外を眺め続けた。