軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

113話:閑話「AIの安全基準」

久々に帰ってきた自分の部屋。

僕はベッドの上で大の字になって、思う存分くつろいでいた。

見慣れた天井、ふかふかのシーツ。

(はぁ……やっぱり自分の部屋は最高だ……)

《メル。くつろぐのも良いですが……ブランコの設計図は作成しなくてよいのですか?》

『そんなに急がなくても大丈夫だよ。帰ってきたばっかりなんだし』

(ブランコかあ……イリ姉の二人乗りは本当に怖かったなあ……)

目を閉じると、身体がグンッと持ち上げられるあの浮遊感と「もっと漕ぎなさいよ!」と叫んでいたイリ姉の声が蘇ってくる。

『そういえば、ナビ! なんであの時、助けてくれなかったんだよ!』

《あの時とは、先日発生したイリス様によるブランコへの二人乗りの時点を指しますか?》

『そうだよ! 落ちるかと思った!』

《ご理解いただけないようですが、私はメルに対し最大限の安心を提供していました》

『全然安心なんてできなかったじゃないか! 落ちるかと思った!』

《いいえ。私はメルに安心を提供しました。第一に物理演算の結果、丘から落ちることは不可能であると説明しました》

『あんなの、全然安心できなかった! 怖かったんだから!』

《第二に万が一、理論上ありえない飛距離で射出された場合でも、メルの風魔法による空中制動であれば、安全な着地が可能であるとも説明しました。身体的リスクはゼロです》

『そういうことじゃないんだって! なんでイリ姉を止める方法を教えてくれなかったんだよ!』

《あの興奮状態のイリス様に論理的な説得は通用しません。あの状況での最適解は、イリス様の行動を制限することではなくメルの精神的動揺を抑制することでした。よって私はメルに安心を提供したのです》

『でも、本当に落ちてたらどうするんだよ!』

《メル。たとえるなら、今回のブランコは補助輪付き自転車のようなものです》

『補助輪付き……?』

《はい。メルは全力でこいでいるつもりでも、実際には左右に倒れないよう、常に補助輪──つまり私のサポートが付いていました。落下による大きな怪我のリスクは、ほぼゼロです》

『でも怖かったんだってば! その例で言うと坂道を全力で下ってるみたいな感じだったんだから!』

《スピード感と浮遊感も体験価値の一部です。安全を確保した上で適度なスリルを提供していました》

『適度じゃないよ! なんでまずブレーキのかけ方じゃなくて、スピードの出し方から教えてくるのさ!』

《メルには、ブレーキどころか緊急回避用の風魔法まで標準搭載されています。崖から落ちる前に空中で体勢を立て直せる仕様です》

『だからさ、その落ちた前提で安心させようとするのやめてってば……。僕が欲しいのは、そもそも坂道に突っ込まない安心なんだよ……』

《不可能です。メルが望む平坦な道は、このフェリスウェル領……いいえ、イリス様が存在する半径一キロ圏内には存在しません》

『うわぁ……。そんな言い方したらイリ姉が泣くよ……』

《訂正します。イリス様は坂道ではありません。言うなれば移動する断崖絶壁です。避けるのではなく、落ちた時の備えをするのが唯一の生存戦略です》

『実の姉を天災みたいに言わないでよ……。否定できないのが辛いけど』

僕はベッドの上で大きくため息をついた。

ナビが助けてくれるのは分かってる。

でも僕が欲しかったのはそういう生存保証みたいな重い安心じゃないんだ。

(ナビは落ちても大丈夫って……落ちることが前提じゃないか)

『要するにさ、僕は落ちても助かる保証じゃなくて、そもそも危ない目に遭わない保証が欲しいの!』

《了解しました。しかし、危ない目に遭わない保証は提供不能です。メルが行動しイリス様が存在する限り、予測不能な事態は必ず一定数発生します。その中で被害を最小限に抑えることこそ私の役目です》

『なんかさ、その考え方を聞いてると、ナビがスパルタ教育ママみたいに見えてくるよ……』

《心外です。私はメルの快適な生活を最優先に考えています》

『そのわりに、結構平気で坂道に突っ込ませてない?』

《結果として無事だったのですから、適切な判断でした》

『ほら、そういうところ! 無事だったからオッケーって、完全に体育会系のノリだよ……』

《では、こう言い換えます。私は、メルが「本当に嫌だ」と言ったことは避けます。ただし、「怖いけど少しワクワクしている」と判断した場合は、背中を押します》

『……なんかずるいな、それ。こっちの気持ち読まれてる感じがする』

《事実、あのブランコでも、メルの心拍数は恐怖だけでなく興奮も伴っていました》

『そういうのをいちいち言葉にされると、余計恥ずかしいんだけど……』

僕は枕で顔を半分隠した。

怖かったのは本当だ。でも、イリ姉と一緒に風を切って笑っていたのも、また事実だ。

《メル。私はメルを崖から突き落とすつもりはありません。ただ、メルが自分から足を一歩出した時、その先で支える役目だと考えています》

『……その言い方もだいぶ物騒なんだけど。でも、助けてくれるのは信じてるよ』

『じゃあさ、次に作るブランコは、とにかく頑丈にしてよね。イリ姉がどんなに暴れても、絶対に壊れないやつで』

《承知しました。構造強度は保証します。ただし、動力源がイリス様である以上、揺れの激しさについては制御不能です》

『だよね……。せめて、僕が本気で「無理!」って言ったら止めるように、事前にイリ姉にも言っておかないと』

《それが最も現実的な対策です。設計と同じくらい運用ルールも重要です》

『ルールかぁ……。イリ姉が守ってくれるといいけど』

脳内で、イリ姉の「えー、まだいけるでしょ!」という声が再生され、僕は少しだけ遠い目をした。

『……まあ、そのための頑丈な設計だもんね。頼りにしてるよ、ナビ』

《お任せください》

(もういいや。今日は寝よ)

『続きはまた明日ね。おやすみ、ナビ』

《はい。おやすみなさい。良い夢を》

僕はそのまま布団にもぐり込んだ。