軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第4話 君の動きは独学じゃない

学園祭まであと二週間。

私は今、前世の記憶にこれほど感謝したことはない。釘の打ち方を知っているだけで、こんなに感謝されるとは。

中庭に模擬店の骨組みを建てる合同作業だった。私のクラスと騎士科の三年が組まされている。設計図を見た瞬間、前世の文化祭を思い出した。ヤンキーのくせに文化祭だけは本気だった。毎年、仲間総出で屋台を建てた。

「ここ、支柱が足りないよ。横から一本入れないと風で倒れる」

指示を出したら、騎士科の男子が不思議そうな顔をした。

「クレーデル嬢、なんで構造がわかるんですか」

「勘」

勘じゃない。前世で学園祭の屋台を六回建てた経験だ。高校三年と、留年含めて。留年の話は置いておこう。

木材を運び、釘を打ち、寸法を測った。のこぎりも使った。刃を引く角度を間違えると木が割れることも、釘を斜めに打つと板が浮くことも知っている。手が覚えていた。

「リゼット先輩、すごい……」

エミルが目を丸くしている。この子は準備期間中もずっとついてくる。荷物持ちを買って出てくれるのはありがたいけど、重いものは私が持った方が早い。

昼過ぎには、予定の二日分の工程が終わっていた。

騎士科の男子が二人、顔を見合わせた。

「……リゼット先輩、うちのクラスの大工仕事も手伝ってくれませんか」

「いいけど、おやつ奢ってね」

前世のノリで答えてしまった。でも誰も引かなかった。

午後、買い出しに出ることになった。

装飾用の布と、舞台の補修材と、細々した資材。量が多いので二人で行くことになり、くじ引きの結果、ブレンナーさんと組むことになった。

くじ引きは公平だ。誰の意思でもない。ただ、エミルがくじの箱を持ってきた時に妙ににやにやしていたのは気になった。

市場は学園から徒歩で二十分ほどだった。秋の午後の日差しが低くて、石畳に長い影が伸びている。ブレンナーさんは黙って歩く人で、私も別に話すことがなかったので、しばらく無言だった。

金物屋で釘と蝶番を買い、布屋で装飾用の麻布を値切り、道具屋で木工用の接着剤を選んだ。ブレンナーさんは私が値切っている間、黙って隣に立っていた。値切りが上手いとも下手だとも言わなかった。

道具屋の隅で、ブレンナーさんが何かを手に取った。小さな瓶だった。暗い色の液体。棚の値札を見て、迷わず財布から銅貨を出した。

「それ何?」

「手入れ油です。剣の」

「騎士科の備品じゃないの?」

「備品のものより、こちらの方がいい」

それ以上は聞かなかった。騎士科の人は道具にこだわるんだろう。

荷物が増えた。麻布の束が嵩張る。木箱に入った蝶番と釘が重い。

全部持った。

前世の癖だ。仲間と買い出しに行っても、重い方を全部引き受ける。総長だから。そういう美学だった。

「半分持ちます」

ブレンナーさんが手を伸ばした。

「いい、大丈夫」

「半分持つ。令嬢だからじゃなく、二人の荷物だから」

手が止まった。

令嬢だから、じゃなく。

前世で、こういう言い方をされたことがなかった。「女なんだから持つなよ」は何度も言われた。「総長が持つことないっすよ」も。でも「二人の荷物だから」は、初めてだ。

木箱を渡した。半分。重さが腕から抜けて、妙に手持ち無沙汰になった。

「……どうも」

「ええ」

この人、いつも「ええ」で返すな。

帰り道。学園に向かって坂を上る。荷物を分けたら、歩く速度が揃った。

「あの」

ブレンナーさんが言った。この人から話を切り出すのは珍しい。

「レオンでいい。ブレンナーだと、兄を思い出す」

「お兄さん?」

「……嫡男なので」

それ以上は言わなかった。でも、その言い方で少しわかった。兄と比べられてきたのだ。声のトーンが、ほんの少しだけ低くなった。

「じゃあ……レオン」

言った。名前。

呼んでみたら思ったより自然で、でも何か、一枚薄い壁がなくなった感じがした。

レオンは前を向いたまま、「ええ」と言った。いつもの「ええ」と同じに聞こえた。でも、耳の先が赤い気がした。

気がしただけかもしれない。日が傾いて、赤い光が当たっていただけかもしれない。

坂の途中で、レオンが言った。

「一つ聞いていいですか」

「何」

「君の動きは独学じゃない」

足が止まりかけた。

「回し蹴りの軸足の置き方に癖がある。あれは誰かに教わった人の型です。独学であの精度は出ない」

鋭い。前も思ったけど、この人は観察力が怖い。

「……秘密」

また雑な誤魔化しだ。でもそれ以上に適切な嘘が見つからない。「前世の自分に教わりました」なんて言えるわけがない。

レオンは追及しなかった。

「わかりました」

坂を上りきった。学園の門が見えた。夕日が校舎の窓を橙色に染めている。

掲示板の前に人だかりができていた。

学園祭の武術トーナメント、出場者一覧。紙が新しい。さっき貼り替えられたばかりだ。

女子の部。八名の名前が並んでいて、一番下に赤い字で一行追加されていた。

『特別枠 リゼット・フォン・クレーデル』

は?

周囲がざわついている。「特別枠って何」「聞いたことない」「誰が推薦したの」。

私もそれが知りたい。エントリーなんてした覚えがない。

掲示板の端に小さく書かれている。「武術担当教官推薦による特別枠」。

グレン教官。武術の授業で組み合わせを読み上げていたあの人だ。掲示板の向こうに、教官が立っていた。腕を組んで、浮かない顔をしている。目が合った。教官は一瞬だけ唇を引き結んで、視線を逸らした。

自分の意思じゃないのだと、その顔を見てわかった。

「殿下ですね」

隣にいたレオンが、低い声で言った。

「多分」

王太子命令。教官に断る権限はない。恥をかかせるためだ。婚約を破棄した女が武術トーナメントで負ける姿を見たいのだろう。

「……出るつもりですか」

レオンが聞いた。眉間に皺が寄っている。心配しているのか、怒っているのか、どっちだろう。

「出ますけど?」

間髪入れずに答えた。

だって、売られた喧嘩だ。

レオンが目を閉じた。何か言いたそうにして、やめた。代わりに荷物を持ち直して、「行きましょう」とだけ言った。

掲示板を離れて歩きながら、考えた。

回し蹴りは本番ではやめておこう。さすがに目立ちすぎる。剣で勝つ方法を考えないと。前世のストリートファイトの技術を、剣術の型にどう落とし込むか。

腕を組んで歩いていたら、隣でレオンが何か言った。

「……靴紐」

「え?」

「ほどけています」

見たら確かにほどけていた。さっき市場で走った時に緩んだのだろう。

しゃがんで結び直す間、レオンは先に行かずに待っていた。

荷物を両手に持ったまま、黙って。

こういう人なのだと思った。何も言わないけど、いなくならない人。