軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

風の精霊ハイリリス(1)

「ハイリリス!」

ヒルグパパはハイリリスのもとに辿り着くと、正気を失っている彼女の肩を掴んで揺さぶった。

(だ、大丈夫かな?)

体格差があってハイリリスの方がかなり小柄なので、頭が前に後ろにと激しく振られている。

「ハイリリス! 落ち着くんだっ! 俺が分かるかっ!? おい、ハイリリス! おいッ!」

「父上、そいつ首がとれるかも」

クガルグに指摘されて、ヒルグパパはやっと手を止めた。

「おっと」

「うぅ……」

目が回っているのかハイリリスは気持ち悪そうな顔をしているけれど、ヒルグパパのおかげで風は止んだ。

「ハイリリス、大丈夫か?」

今度はちゃんと力の加減をしつつ声量も落として、頬を軽く叩く。

「う、んん……ヒル、グ?」

「そうだ、俺だ」

ヒルグパパを瞳に映したハイリリスは、理性を取り戻したように見えた。眉は下がり、ペリドットのような黄緑色の目にも光が戻る。

純粋で、とっても綺麗な目だ。

風に煽られていた金色の髪も肩の上で落ち着いたけど、毛の先があっちこっちに跳ねているのは元々そうみたい。

「ハイリリス、どうしてこんな事をしたのだ」

「私……」

上半身裸のヒルグパパと薄着のハイリリスが向かい合っている図は、雪の中では違和感があった。

二人とも寒くないのかな。

母上ももう安全だと思ったのか、私を抱いたままゆっくりハイリリスたちの方へ近づいていく。

「正気に戻ったか?」

「スノウレア……」

母上が声を掛けると、ハイリリスは顔を上げて複雑そうな表情をした。

怒り、悲しみ、憎しみ……確かにそれらの感情もあるのかもしれないけど、ハイリリスが母上に向ける感情を表すもっとぴったりの表現が見つかった。

羨望と嫉妬だ。

「仕掛けたのはお前からだな、ハイリリス。何故スノウレアを襲ったのだ。それに子どもたちまで……」

ヒルグパパに責められると、ハイリリスはうつむいて口を閉じてしまった。代わりに話し出したのは母上だ。

「そなたは勘違いしておるのじゃ、ハイリリス」

「勘違い!?」

ハイリリスは母上を見て悲しそうに顔を歪める。

「何が勘違いなのよ! スノウレアは私のヒルグと……子どもを作ったくせに! それも二人もっ!」

疲れてぐったりしつつも癇癪を起こし、少女らしい高い声で叫んだ。

「四年? 五年? 私がほんのちょっと世界を飛び回っている間に抜け駆けするなんて!」

「待て、何の話だ?」

「わらわの話は信じようとせぬのでな、そなたからはっきり否定するのじゃ、ヒルグ。こやつはミルフィリアと“その黒いの”を、わらわとそなたの間にできた子だと勘違いしたのじゃ」

母上は私とクガルグを順番に見て、ヒルグパパに言った。

「何故そんな勘違いを?」

「勘違いじゃないんでしょ!? 分かってるんだから! だってヒルグはスノウレアの事が好きで、前からずっと子どもを作ろうって迫ってたし。それにその子ども二人、ほとんど歳が変わらないじゃない! ヒルグとスノウレアが同時期に子どもを作ったなら、二人が番ったんだって思うのが普通でしょ」

「わらわが暑苦しいそやつと番うはずがないじゃろう!」

聞いていてイライラしたのか、母上が口を挟んだ。

どうやらハイリリスはヒルグパパの事が好きみたい。

けれどヒルグパパは母上の事を気に入っている。ハイリリスもそれは知っていて以前からやきもちを焼いていたんだろうけど、今回、何らかのタイミングで私とクガルグの存在に気づいて二人が番ったのだと早とちりし、母上に対する嫉妬が爆発したらしい。

「そやつは最初、わらわに手紙を飛ばしてきたのじゃ」

母上が事の経緯を説明し始めた。

父上は興味を失ったようにまぶたを閉じていたが――三角関係の修羅場を迎えているこの大事な時に、まさか寝てないよね?――私はしっかり話を聞いた。

私がおつかいに出る前にスノウレア山に手紙が飛んできた事があったが、あれはハイリリスからの果たし状のようなものだったらしい。

内容は、

『私のヒルグと番ったのね! 許さない! ヒルグが誰のものか、明日決着をつけるわよ! 首を洗って待ってなさい!』

といったものだったので、母上は呆れて破り捨てたのだ。

そして私がおつかいへ出発した後にハイリリスはここへやって来て、戦いが始まったらしい。

きっと母上は最初ハイリリスを説得しようとしたんだろうけど、ハイリリスは信じなかったに違いない。

そうすると母上もそんなに気の長い方じゃないから、いい加減にしろと応戦したのだろう。

という事は、二人は約二日間も戦っていたのだ。そりゃあこれだけの雪も積もる。

とはいえ、ハイリリスも初めの方は理性があったらしい。上手く力を抑えていたからこそ、それだけ長く戦えた。

いきなり殴りこんで来ずにわざわざ果たし状を送ってきて母上に一日の猶予を与えた事からも、ハイリリスが最初からおかしかったわけではないと分かる。

「私だって、スノウレアを殺したかったわけじゃない。恋のライバルだけど、そこまで強く憎んでいなかったもの。だってスノウレアは何だかんだで面倒見がいいし、まだ幼かった私に構ってくれた事もあったでしょ? 私をハイデリンのところに連れて行ってくれた」

ハイリリスは母上から顔を背けながら続けた。

「子ども二人の事だって、もちろん殺すつもりはなかった。傷つけるつもりも。妖精を使って、ちょっとからかってやろうと思っただけ。本当よ」

スノウレア山にやって来たハイリリスは、ここに私がいない事に気づいて妖精に後を追わせたらしい。

「だけど……」

元気のない声で説明していたハイリリスが、そこで声を詰まらせ肩を震わせた。

「だけどスノウレアと戦ってたらっ……ヒルグはあの長い髪が好きなのかなとか、白い肌が好きなのかなとか、色々考えちゃって……ううっ」

黄色いアイシャドーに囲まれた大きな目から、透明な涙が次々と零れ落ちる。

「スノウレアは怒ってても美人だし、私より胸もあるしっ……! ぐすっ……」

泣いているハイリリスには失礼だけど、私は母上の迫力ある胸とハイリリスのぺったんこな胸を見比べてしまった。

ハイリリスは、ほら……華奢で細いから……仕方ないんだよ。ね。

「そんな事思ってたら何だかすっごく悲しくなってきて、力の制御が難しくなってきたの。でも私もこのままじゃまずいって思って、スノウレアの住処のほら穴に一旦隠れたんだけど……そしたらそこに――」

ハイリリスが顔を歪めると、目尻に溜まっていた涙が一気に溢れ出た。

そして彼女はヒルグパパに向かって子どものように叫ぶ。

「私がヒルグにあげた石が置いてあったのー!!」