軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

134:一足早い春

(……良い匂いがする)

ぐうっとお腹が鳴る音が聞こえた気がして、空は眠りながらもぞもぞと自分のお腹を押さえた。

(ああ……テリタママヨハンバーグ。僕のハンバーグ……)

空は夢の中で出来たてのハンバーグに齧り付く。

「空。そーら、はんばーぐだぞ。空が食べたいと言っていた、てりたまだ。空、起きるのだぞ」

「て……り、たま」

ううん、と唸って空はもごもごと口を動かした。

「起きないならヤナが食べてしまうぞ。そーら」

「だ、だめ……まよ、まよは……」

「もちろん、まよもたっぷりだ。ああ、美味しそうなのだぞ。いただきまーす」

「だ、だめぇ! ぼくのはんばーぐ!」

空はガバッと起き上がり、手を伸ばした。その手は当然宙を掻き、ハンバーグに触れる事はない。

パチパチと瞬きをして、空は呆然とその手を見つめた。

そして視線を横に向ける。そこには大きなお盆を持って、泣きそうな顔で微笑むヤナと、空に顔を擦り付けるフクちゃんがいた。

「空……おはよう」

「ピルルルル!」

「ヤナちゃん、フクちゃん……おはよう」

おはよう、と空が言うと同時に、そのお腹がぎゅるるるとすごい音を立てる。それを聞いてヤナはぶはっと吹き出した。

「空、ほら朝ご飯だ。昨日のおやつから何も食べてないだろう? 夕飯に食べ損ねたはんばーぐだぞ」

「はんばーぐ! たべる!」

空は完全に覚醒し、手を伸ばす。

ヤナはそれを落ち着かせ、用意していた小さなテーブルにお盆を載せて箸を渡した。

「沢山食べるのだぞ」

「いただきまっす!」

空は大きな口を開けて、夢にまで見た照り焼きソースに目玉焼きを載せ、細くマヨネーズを回しかけたハンバーグに齧り付く。たちまち口に広がるその美味しさに、空は満面の笑みを浮かべた。

「ごちそうさまでした……!」

大きなハンバーグ二つをおかずにどんぶり飯を四杯平らげ、空は心から満足して手を合わせた。

「美味かったか?」

「てんごくだった!」

「そうか、それは良かったのだぞ」

お腹が満足して心に余裕が出ると、空はハッと気がついて部屋を見回した。

「ヤナちゃん、ぼく、いえにいる!?」

やっと気がついたかとヤナは呆れ混じりでくすりと笑う。

そして無事に帰ってきた愛し子の頭を優しく撫でた。そのあと、その手で空の額にピシッとデコピンをした。

「いたっ!」

「これは勝手に家を出た罰なのだぞ! まったく、空はヤナや年寄りの心臓を止める気かと思ったぞ!」

「……ごめんなさい」

「頼むからもうこんな思いはさせないでくれ……とは言っても、幸生も紗雪もそうだったからなぁ。幾ら止めても、いざ友達が危ないとか、面白い事があるとなれば勝手に飛び出して行ってしまったのだぞ」

「そうなの?」

「ああ。だが、さすがに空の年ではなかった気がするぞ? まったく、普段は大人しい良い子なのに、そんな記録は更新せぬとも良いのだぞ!」

空はもう一度ごめんなさいとヤナに謝った。さすがに空も今回は無茶をした自覚がある。フクちゃんがいたから出来た無茶だ。

「フクちゃんも、たすけてくれて、ありがとう!」

「ホピ、ホピピッ!」

しかしあのタイミングで覚悟を決めて飛び出さなければ、きっと間に合わなかっただろう事は確実だった。そう考えて空はハッと顔を上げた。

「アキちゃん! ヤナちゃん、アキちゃんだいじょうぶだった!?」

友情よりハンバーグを優先した己を反省しつつ、空はヤナを見上げた。

しかしヤナの表情は優れない。

「……ヤナちゃん?」

「何と言えば良いのかの……体は無事なのだぞ。だが呑まれかけた影響が魂に残り、まだ目覚めぬのだ」

「そんな……! それ、なおるの!?」

空の問いにヤナは頷かず、難しい表情で首を捻る。

「魂の……傷とか欠けとか、そういうものは難しいのだ。今雪乃が治療しておるが……外部から魔力を与えて、それを変化させ、霊力……魂に似た力で、その傷を塞いだ。しかし、まだ目覚めぬ」

「めがさめないの、なんでなの?」

「それは……うむ、例えばだが、綺麗な絵皿が割れて一部分が欠けてなくなったとする。その部分を漆などで埋めて形だけは元に戻しても、器に描かれた絵は欠けたままだ」

その例えは空にもよく理解出来た。

欠けやヒビを埋めたとしても、そこにあったものは失われたままで完全に戻ったわけではないということだろう。

「それを何とか直す為、注ぐ力は生まれた時から共にいる家族のものが使われる。家族らの記憶が、その欠けを修復してくれるはずなのだ」

「……はず?」

空が呟くと、ヤナが困ったように眉を寄せた。

「ウメがな。ウメが、目覚めぬ。ウメは明良の姉のように、もう一人の母のように過ごした。ウメの記憶が無ければ、明良は恐らく目覚めないだろう」

「そんな……じゃあ、ウメちゃんはなんでめざめないの!?」

その言葉に、ヤナはわからぬ、と腕を組んで首を捻った。

「実はな……ウメはもとから、そろそろ本体を更新する頃合いだったのだぞ」

「こ、うしん……?」

ああ、と頷いて、ヤナは植物の家守によくある現象について教えてくれた。

たとえ寿命の長い木に宿っていても、やはり長く家を守って古木になると家守としての力が落ちる。

枯れれば当然消えてしまう。普通はそうなる前に予め特別な種を作り、苗木を用意して、そこに魂を移すものなのだという。

準備には時間が掛かるため、ウメももう十年以上前から、それこそ明良が生まれるずっと前から新しい木を自分の本体の隣にひっそり育てていたというのだ。

「それで……新しい木が育ち、魂を移して馴染ませるにも、それなりに時間が掛かる。ウメは本当なら、五年くらい前に眠り、二、三年ほどで目覚める予定だったのだ」

「ごねんまえ……アキちゃんが、うまれたころ?」

空が気付くとヤナがその頭を撫でた。

「空は聡いの。そう、ウメは生まれた赤子が可愛くて、その世話が楽しくて、眠るのを遅らせたのだ。だがその間にも本体は少しずつ年を取る。そこで魂を移す作業を、子守の傍らに起きたままし始めた」

しかしそれが無茶だったようだ、とヤナは苦い顔を浮かべた。

時折眠って作業し、明良が会いたいと言えば目覚める。

そんな事を不定期に繰り返し、やがて少しずつウメは目覚める時間が短くなっていったらしい。

「その上一昨年の冬に古木の枝が折れ、ウメはそれで大きく力を落とした……多分、今は魂の移動はほぼ完了しているのだぞ。だが、力が足りず目が覚めぬ。ウメの魂は新しい本体の奥深くのどこかにあるが、消えぬよう殻にでも閉じこもっておるのか、それとも迷っておるのか出てこれぬのだ」

空は、明良の記憶の中で見た、二人が過ごした日々の姿を思い出した。あんな風に愛し愛され、大切な時を沢山重ねたのだろう。

それがたった五年と少しの中の短い時だとしても、明良の魂の大切な部分を形作っていたに違いない。

空は一生懸命頭を巡らせた。

何か自分にも出来る事がないかと、今まで見聞きしてきた事を頭の中で混ぜて考える。

「あたらしいきは、げんき?」

「うむ」

「でも、ちからがたりない?」

「そうだぞ」

「ウメちゃんは、とじこもってるか、まよってる?」

「多分な」

「……」

空はしばらく黙って考え、そして閃き、立ち上がった。

「ヤナちゃん、ちょっときて!」

「お、うむ?」

空はフクちゃんを肩に乗せ、ヤナの手を引いて廊下へ飛び出した。そのまま真っ直ぐ神棚のある座敷を目指す。そして昨日も見た棚を開け、風呂敷包みを引っ張り出した。

「ヤナちゃんは、これ、いちどにどのくらいたべられる?」

風呂敷包みから乱暴に引っ張り出され転がった金色の鏡餅の四角い欠片を、ヤナは驚いたように見つめた。

「ヤナなら……ううむ、四つ……いや、五つくらいはいけるかの? ただ、多分すごく光るぞ」

「ひかるくらい、いいとおもう! じゃあ、いつつ、ウメちゃんのねもとにうめよう!」

「それは……そうか、それなら良いかもしれん! 年神様が分けてくださった力なら、恐らく我らとも反発せぬ!」

「かないあんぜんだし、むびょーそくさいだよ!」

ヤナは頷き、金の欠片を一つ二つと手に取り、四つ目で止めた。

「ウメの新しい体はまだ若いからな。様子を見てこのくらいだ」

「じゃあ、いこ!」

空は大急ぎでパジャマの上からコートを着ると、そのコートに昨日入れた物が入っているのを確かめてヤナを急かして靴を履いた。

「ごめんください!」

「邪魔するぞ!」

隣の矢田家に走って玄関に一応声をかけると、二人は一目散に庭に向かう。

矢田家の庭には確かに梅の古木があった。大きな枝を失った痕跡が残り、バランスが悪くなった姿が痛々しい。

その後ろの少し離れた場所に、もう一本若木が生えている。

ヤナは急いでその木に駆け寄り、持ってきた小さなスコップで根のありそうな辺りを小さく掘り返した。

「空! 目が覚めたの!?」

「あ、ばぁば、おはよう!」

後ろから声をかけられ空が振り向くと、縁側に疲れた様子の雪乃が立っていた。パタパタと手を振ると、その姿を見た雪乃とその後ろにいた幸生がホッと息を吐く。

雪乃の横には憔悴した様子の美枝がいて、空の姿を見て膝をつくと、深々と頭を下げた。

「空ちゃん……ありがとうね。明良を助けてくれて、ありがとう」

空は美枝に一つ頷き、けれど首をプルプルと横に振った。

「みえおばちゃん……あんね、それ、もうちょっとあとでいって!」

「え?」

空はそれだけ言うとヤナの方にまた向き直る。

ヤナは少しずつ場所を変えて四つの欠片を地面に埋め、丁寧に土を戻して様子を見ている。空もその木をじっと見つめた。

やがて変化は突然に、しかも劇的に起こった。

若木が突然じわりと光を帯び、めきめきと音を立てだしたのだ。そして見る間にそのほのかな光は強く神々しい輝きとなって、梅の木全体を包み込んだ。

「うわぁ……まぶし」

「だから言ったのだぞ」

しかも光り輝く梅の木は音と共にじわじわと大きく、太くなってゆく。

見守っていると、大体二回りくらい幹や枝が太くなり、一割くらい背丈が伸びたところでその変化は終わりを迎えた。

「大分安定したか……ウメ、ウメ! 起きろ!」

ヤナが声をかけたが、光る梅の木からは誰も現れない。

「駄目か……」

「……うん、じゃあ、こんどはこれ!」

空は頷き、コートのポケットに手を突っ込んだ。底にあるものを掴んで取りだし、パッと手を開く。その手の平には、半分だけ深い緑に透き通った丸い石が載っていた。

「空、それは?」

「これは……ぼくのたからもので、あたらしいともだち!」

ヤナの問いに答えて、空はその石を両手できゅっと包む。そして声をかけた。

「テルちゃん、テルちゃん、たすけて! ちからをかして!」

空が呼びかけると石がチカチカと光り、そしてそこからシュルリと木の色をした小さな妖精の様なものが現れた。空の目の前の地面に二本の根のような足でちょこんと立っている。

「ソラ! ソラ、オキタ!」

「うん、おはよう!」

突然現れた空の新しい友達とやらに、ヤナも大人たちも目を丸くする。

空はテルちゃんを両手で持ち上げ、そっと梅の木の根元に運んだ。

「テルちゃん、あんね、このこ、たましいがまよってて、おきないんだって。テルちゃん、なんとかできないかなぁ」

空は食欲に負けて、テルちゃんにテルタママヨヒコなどという名を付けた。漢字にすれば、照魂迷彦だ。

あの時は苦し紛れに迷える魂を照らす、などと言ったが、もしかして本当にそんな事が出来るのではないかと考えたのだ。

空と契約し、名を交わし、新しい理を得たというのなら、もしかしてと。

「テル、デキル! ヤッテミル!」

テルちゃんはピッと手をあげると、梅の木の前に行ってその幹にピタリと張り付いた。

するとその小さな体が、梅の木と一緒に光り出す。テルちゃんの体は梅の木に半分埋まり、幹にこぶが出来たようだ。

そのこぶのようなテルちゃんを包む光は、やがてチカチカとテンポ良く明滅を始めた。まるで蛍の光か、あるいは何かの信号のようにテルちゃんが光る。

空が固唾を呑んで見守っていると、不意にどこからかふわりと流れてきた良い香りが鼻をくすぐった。スン、と鼻を動かして、空は周囲を見回してその香りの元を探した。

「……あ!」

気付けば、梅の若木にぽつりと一つだけ、可愛い花が咲いている。

何もなかった梅の枝の先に一つだけ、まるで明かりが灯るように、白く香しい五弁の花が咲いていた。

しかもそれを皮切りに、他の枝でもどんどんと花芽が生まれ、膨らみだした。

一つ、二つ、三つと花芽が次々膨らみ、そして花開く。

「花が……ウメちゃんの花が……!」

花が咲く姿を見た美枝が、感極まった声を零した。

花は見る間に全ての枝の先まで広がり、可憐に咲き誇る。

そこにいる誰もがその光景に見とれ、感嘆の声をあげた。

一足早い春が、矢田家の庭にようやく訪れたのだ。