軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

133:騒動の終わり

夜の森での戦いは終息に向かおうとしていた。

まだ時折襲ってくるものはいるが、警戒している村人たちの敵ではない。

熊にとどめを刺し終えた善三は辺りをぐるりと見回し、周囲の気配を確認すると人々が集まりつつある場所へと戻った。

集まった者たちは周りを警戒しながら、その輪の中心の様子を窺ってる。

和義や良夫といった空を知る者たちも、空との直接面識のない者たちも、誰もが村の子供の無事を願い、心配そうな祈るような表情をしていた。

「幸……」

善三はかけようとした声を呑み込み、黙ってその背に近づいた。

その少し後ろには和義が立ち、幸生の背を皆と同じように心配そうに見つめている。

幸生は黒い巨体の前にしゃがみ込んでいた。闇より黒いナリソコネと、そこに埋もれた自分の孫を、瞬きも呼吸も忘れたように見つめている。

微動だにしないその体に、心配そうに白い鳥が身を寄せていた。

善三は幸生の肩をポンと叩くと、大丈夫だと呟いた。

「戻ってくるさ。お前の孫だ」

「……」

「臆病なくせに変なところで度胸が良くて……最初は似てないと思ったが、やっぱりお前によく似てる」

「よく食うところもそっくりじゃねぇか」

善三と和義の言葉に、幸生は微かに頷いた。

善三は大きく黒い、歪な体を見上げてため息を一つ零した。

ナリソコネが出るかもしれない事は村の大人たちに周知されていたが、結局こうなってしまった。

もともと滅多にあることではないし、ナリソコネはその元の生き物によって習性や行動が大きく異なる。その中でも植物に由来するものの場合、気配が森に紛れてとてもわかりづらいのだ。そのため非常に見つけづらい。広大な山の中では、警戒するにも限界がある。

だがそういうものは人に切り倒された場合を除き、大抵が人間に対して友好的なのが僅かな救いなのだが。

空の一番近くには大和がいて、空の様子の変化を僅かでも見逃すまいと見つめている。

浸食が始まれば無理矢理にでも切り離すつもりで、手には術符を持っていた。

しかし、しばらくするとその大和が不意に顔を上げた。

「……契約が、成った!?」

ざわ、と周囲の空気が動く。

幸生だけが微動だにせず、ただじっと空を見つめている。

大和はナリソコネの体を見上げ、それが少しずつ薄れていく事に気がついた。

暗いのでわかりづらいが、確かにその存在が薄れて行く。

「変化している……」

やがて誰の目にもわかるほどナリソコネは薄く、小さくなっていった。

黒い体は灰色に、そして向こうが見えるような半透明に。

その巨体は少しずつ縮み、やがて立っている空とほぼ同じくらいになる。

そしてそこからはまるで空気に溶けるように、ナリソコネはふっと姿を消した。

消える瞬間まで黙ってみていた幸生が不意に手を伸ばす。

支えるものがなくなった空の体がふらりと傾き、倒れる前にその大きな手で抱き留められた。

幸生は初めて深い息を吐き、それから空の体を呆然とする大和の方に差し出した。

「あっ、はい! ちょっと待ってください……」

大和は急いで空の額と胸に手で触れる。

そしてその魂や魔力の様子を慎重に探った。

「……大丈夫です。魂はどこも欠けてないし、傷もない。魔力はかなり減っていますが、身を損なうほどではない……魔素の器も、何もかも……無事です」

わぁっ、と周囲から歓声が上がる。

たった三つの子供がナリソコネと遭い契約を果たすなど、前代未聞の快挙だった。

だがそれよりも、無事だったことの方がとにかく喜ばしい。

幸生は空の小さな体を大切に抱え直して抱きしめた。伏せた目元に光るものがあったが、それは誰にも見えなかった。

善三は幸生の背をポンと叩き、そして辺りを見回す。

「さて、じゃあそろそろ帰るか」

「そうだな。腹減ったしな」

「ええ。俺も腹が減りました……多分今頃、姉が倒れて寝ている気がします」

「こんだけの人数送ったらそうだろうな。弥生ちゃんは、大分無理しただろう」

「多分しばらくは俺が食事当番を押しつけられますよ」

大和はそう言いつつも笑顔だった。姉の頑張りが無駄にならなかったことを、早く帰って教えてやりたいと思っているのだ。

「苔山を経由して、下まで送ってもらいましょう。コケモリ様も心配してるでしょうし」

「そうだな」

「おーい、行くぞ、集合だ!」

和義の号令で村人が集まり、それぞれに動き出す。

「フク」

「ホピッ!」

幸生が声をかけると、フクちゃんの体が元通りにぎゅっと小さくなった。そして幸生が抱える空の体の上にパタパタと飛び乗る。

空の上に乗ると、フクちゃんはすぐに目を瞑った。どうやらフクちゃんも大分疲れていたらしい。

落ちないことを確認して、幸生は坂を上り始めた。その両脇を善三と和義が歩く。

行きに飛ばされたコケモリ様の領域の外れを目指し、ぞろぞろと皆で坂道を登った。

『空! 空は無事か! あああ、良かったぞ!』

コケモリ様の領域に着くと、コケモリ様がそこで待っていてくれた。

近くにはきのこで出来た輪があり、先に着いた者からそこに入って村の近くまで送ってもらっているらしい。

コケモリ様は送った者達から空の無事を聞いていたようだが、実際に姿を見て安心したらしい。くたりと柄を曲げ、しおしおと椎茸がくずおれる。

「コケモリ様、そんなに嬉しいのかよ。ヤケに肩入れしてんな」

『嬉しいぞ、嬉しいとも! これで我の山は守られた!』

ああ、そういう……と善三も和義もコケモリ様の喜びように深く納得した。

確かに、孫に何かあればその祖父母の存在が恐ろしい。

『さ、さ、早く帰るが良い! 雪乃もさぞ心配しておろう。麓に送ってやるゆえ、我の領域から疾く出るが良いぞ!』

さっさと帰らせたいという露骨な態度を気にもせず、幸生は渡りに船とばかりにスタスタときのこの輪に入った。それを慌てて二人も追う。

「コケモリ様、騒がせたな」

「ありがとうな」

『良い良い。ゆっくり休め。しばらく来なくて良いからの』

コケモリ様はピコピコと傘を振って三人を見送った。

残る村人はもう僅かだ。

それらを順に送ってやり、最後に大和が声をかけた。

「コケモリ様、ありがとうございました。お陰様で、一応皆無事でした」

『いや、いやいや無事で何よりだ。空は寝てるだけと聞いたが、明良はどうなのだ?』

「……少し難しいですね。魂に影響があったのですぐに目覚めるかどうか……恐らく今家族が必死で呼びかけていると思います」

『やはりか。やはり呑まれかけたか。それは難儀だの。無事に目覚めるよう、我も祈っておるぞ』

コケモリ様の言葉に大和は頭を下げ、もう一度礼を告げて苔守山を後にした。

送ってもらった場所は山のすぐ入り口だ。

ここから神社に帰るにはもう少し歩かなければいけないが、村の人間にとってはさほどの距離でもない。

大和は矢田家を気にしつつ、一旦神社に帰ることにして歩き出す。

明良には雪乃と家族がついているだろうし、恐らく倒れているだろう弥生のことも気になった。

村人が皆帰ってきたことで、魔砕村の空気はまた元の穏やかなものに戻りつつある。

冷えた空気の中を急ぎながら、大和はまたアオギリ様に祈る。

(どうか、明良くんが無事に目覚めますよう)

それは、今この村の多くの家で人々が同じように抱いた祈りだった。