軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

127:ナリソコネ

「……フクちゃんがひかってて、よかった」

「ホピ……」

真っ暗な森の中、空は温かなフクちゃんの首に抱きつきながらぎゅっと目を閉じた。

まだここでは声は遠いが、方向は何となくわかる。

「フクちゃん、あっちいって」

指を差した方向にフクちゃんがゆっくりと歩き出す。コケモリ様の山の端であるこの場所は比較的傾斜が緩やかで、冬枯れした森は雪はあるが見通しも良く移動しやすい。

少し進むとふわりと周囲の空気の温度が変わったように空は感じた。そして声が大きく、近くなる。コケモリ様の領域を抜けたようだ。

『カ……キテ……コノコ、ノミコミタクナイ……ケシタクナイ』

「フクちゃん! いそいで!」

空が叫ぶとフクちゃんが走り出す。声がはっきり聞こえたためかフクちゃんの足取りにも迷いがない。フクちゃんは木々の隙間を縫うようにして坂を駆け下りた。やがてどこからか細い水の音が聞こえてくる。

空はハッと息を呑み、フクちゃんの背から顔を上げて乗り出すように前を見た。

『……ガウ、チガウ。コウジャナイ、チガウノ。アア……イヤ、イヤダ』

悲しい声はもう、すぐそこだった。

「……フクちゃん」

空が指示せずとも、フクちゃんは足を止めた。もうすぐそこに、探していた明良と、ナリソコネがいる。空はフクちゃんの背から慎重に滑り降り、声のする方を見た。

暗い谷間に、周囲の闇よりももっと濃く暗いモノがうずくまっている。

大きく歪な形をしたその何かは、空の存在に気付いてもぞりと体を動かした。闇の固まりとしか見えなかったそれが、ぐぐっと身を起こす。

「……ひぇっ」

空は思わず小さく悲鳴を上げ、隣にいたフクちゃんの羽を掴む。しかし湧き上がる恐怖をどうにか堪えて、ソレを見た。

その奇妙なものを何と表現したら良いのか、空にはよくわからない。身を起こし体を伸ばしたソレは、思いのほか縦に細長かった。

足下は地面に溶けるように広がって境目がはっきりせず、体はストンと真っ直ぐで、頭は体より少し大きい球状だった。全体的に見れば頭が丸い棒が地面に刺さっているような感じだ。

そして、その丸い頭の中心に、白く大きな目とおぼしきものがある。まん丸で大きく白い部分を目だと思うのは、その真ん中に瞳のような丸い部分があるからだ。その部分だけ色がはっきりと黄色い。そしてそれがきょろりと動いて空の方を向いている。

黒と白と黄色で出来た三重の円のような奇妙な頭を空はしばらく見つめてから、ゆっくりと視線を下ろした。

その目の少し下の方、体とおぼしき部分の途中に明良はいた。体から出た手らしきものに横抱きにされ、目を瞑って動かない。

「……アキちゃん!」

明良は、その何かに抱きかかえられて確かにそこにいた。

「アキちゃん……アキちゃん!」

空は大きな声で呼んだが、明良はピクリとも動かなかった。

それを確かめた空はもう一歩、明良とナリソコネに近づく。空が近づいてもナリソコネは動かない。ただ空をじっと見つめている。

空はそれに少しだけ安堵し、明良がどうなっているのかよく見ようとさらにじりじりと少しずつ近づいた。そして、気がついた。

「あっ……!? アキちゃん、はんぶんくっついてるの!?」

空が思わず声をあげると、ナリソコネがビクリと体を震わせる。

そして叫び声を上げた。

『トメテ……トメテ! コノコ、トケル! イナクナル!』

ナリソコネが嫌々をするように頭を横に振る。

ソレに抱えられた明良の体は、その三分の一ほどが黒い体に埋もれているのだ。そしてその境目はじわじわと広がっているように空には見えた。

「アキちゃんっ……やだ、だめ!」

空は慌てて走り寄り、明良に手を伸ばした。するとナリソコネが身を縮め、明良の体が空に届くよう近づけてくれる。

『ハヤク、ハヤク! コノコ、タスケテ!』

「……うん!」

空はナリソコネの行動に驚きながらも、強く頷く。そしてだらりと下がったままの明良の手をしっかりと握った。掴んだ手は、ぞっとするほど冷たかった。

次の瞬間、空は家の中にいた。

「……え?」

驚いて周囲を見まわすと、見覚えがある場所だという事に気付く。

「ここ……アキちゃんちだ」

そこは何度も遊びに行ったことのある、明良の家だった。

けれど家はひんやりとして、静まりかえっている。空は歩き出し、とりあえず目の前にあった障子を開けてみた。するとそこには、探していた明良がいた。

「アキちゃん!」

けれど縁側に座った明良はこちらの声に反応しない。隣に座る誰かに、一生懸命に話しかけているのだ。それに、よく見れば今の明良より大分幼く見える気がする。

「……からね、ウメたん、あきね、ゆーまにめってしたの。そしたら、ゆーまないちゃったの」

「あらあら。それで、ごめんなさいしたの?」

「してくれたよ! あきも、めってしてごめんねってした!」

「えらいわ、明良。優しい、良い子ね」

「えへへ」

明良の隣にいる人は、空にはぼんやりとぼやけてよく見えなかった。

けれど幼い明良の信頼しきった表情を見ていれば、その人がどれだけ明良にとって大切なのかがすぐにわかる。

「あきねー、おっきくなったら、つよくなって、いえ、まもるんだ!」

「そうなの? 頼もしいわ」

「ウメたんも、あきがまもってあげる!」

「あら、私が明良を守りたいのに?」

「じゃあ、まもりっこしよ!」

「ふふ、それも素敵ね」

「あきは、ウメたんも、むらもまもる、つよいこになるんだ!」

「明良は、ずっとここにいるの?」

「うん! ここすきだもん! ずっとここで、おっきくなる!」

空は無邪気に笑う明良の言葉に目を見開いた。そして、いつか明良が零した願いを思い出す。

『おれ、やだ……おれ、ここにいたい……きょうだいはうれしいけど、おれ、ここがすきだ』

村で生まれ、家族や家守に大事に愛され、明良は大きくなった。

このまま村で大きくなり、いつかここを守るくらい強くなるのだと願って。その未来を純粋に信じて、疑いもせず。

優しい縁側の風景がぼやけて薄れ、明良の願う声がどこからか響いた。そして、重なるようにもう一つの声も聞こえる。

『おれがもっとおおきかったら、かあちゃんもきょうだいもまもってやれるのに……おれがもっとおとなで、つよかったらよかったのに』

『ココニイタイ……キエタクナイ。オオキクナッテ、ツヨクナッテ……モット、ズット、ココニ』

強くなりたい、ここでずっと生きていきたい。たったそれだけの二つの願いが重なり響き合って、空にも聞こえた気がした。

そして二人の姿は徐々に薄れ、空気に溶ける様に消えてしまった。