作品タイトル不明
126:コケモリ様再び
道を走る巨大な光る鳥はすごく目立った。
そりゃもう目立ったのだが、フクちゃんはものすごく速かった。餅パワーが効いたのか、やる気が出すぎているのか、目にした誰もが何だあれと思いつつ追いつけないくらい速い。
空は羽根の間に埋もれるようにして身を伏せ、しがみ付いている。
そのせいで風のように走っていく鳥の背に子供が乗っていることなど、見送った者達は気付かなかった。
フクちゃんは真っ直ぐ村を駆け抜け、あっという間に目指した山の麓まで辿り着いた。そして今度は山道を駆け上がる。
さすがに山道は雪かきもされていない。フクちゃんの意外と長い足でも雪に埋もれて速度が落ちる。
しかしフクちゃんは懸命に雪を蹴散らしながら駆け上り、さほど時間をかけずに、いつか空と落っこちた小さな空き地へと辿り着いた。幸いなことに空き地は木々に囲まれているせいか、雪はあまり積もっていなかった。
フクちゃんが足を止めたので、空はやっと顔を上げた。
「もうついたの……? フクちゃん、すごい!」
「ホピピッ!」
フクちゃんが誇らしげに胸を張り、少し小さくなる。低くなったフクちゃんの背から滑り降り、空は辺りを見回して、緊張を解すように深く息を吸った。
そして、叫んだ。
「コケモリさま! コケモリさま! ぼく、そらです!」
空の高い声が静かな山に響く。
「コケモリさま、きこえてたらでてきて! おねがい! きんきゅーじたいなの!」
空が懸命に呼びかけると、不意に辺りの空気がざわりと動いた。
フクちゃんが空をかばうように羽を広げ、周囲を警戒する。
さわさわと何かが囁きあうように空気が揺れる。空は何となく空き地の真ん中に視線を向けた。
すると、薄らと積もった雪を押しのけるように、その中央部分から茶色いものがぽこりと顔を出した。
「……コケモリさま!」
出てきたのはもちろん、椎茸だった。山の上から遠いせいか以前会った姿より大分小さい、普通サイズの椎茸だ。
『空、空か。久しいの』
コケモリさまはむにょ、と柄を曲げて挨拶するように傘を傾けた。
『一人か? まさか一人か? いや、鳥と一緒か……こんな所にこんな時期に、何用なのだ?』
コケモリさまは空を見てそれから傍にいる巨大な鳥を見て、少し傘を震わせた。
空はコケモリ様の前に膝を突き、頭を下げた。
「コケモリさま、おねがい。アキちゃんがいるばしょ、しってたらおしえて!」
『アキ? アキちゃん? どこのアキだ。名は?』
「やだあきらっていうこ! コケモリさましらない?」
コケモリは左右に揺れるとピコッと頷いた。
『矢田家の明良、明良。知っておるぞ。幼い頃に縁を結んでおる! 明良がどうかしたのか?』
「アキちゃん、むらからいなくなっちゃったの! みんなでさがしてもみつからなくて……でもぼく、こえをきいたんだ」
『声? 声だと? ……まさか、この間からうるさく泣いておる、ナリソコネの声か!?』
「……ナリソコネ?」
コケモリ様の言葉に空は首を傾げた。
『知らぬか。まだ知らぬか……ナリソコネとはな、長い年月を生きたそこそこ力のある存在が何かの理由から依り代を失い、精霊や神霊になり損ねたというモノだ。しかしすぐ消えるほど弱くもないのが厄介だ。それ故に、いずれ消え去る己が運命を嘆き、新たな依り代を求めて彷徨うモノを言うのだ。哀れなモノだ』
「……あぶないの?」
『うむ、ううむ……そう危なくはない。だが危ないと言えば危ない。我らのようなモノは、依り代を失うとその力は大きく落ちる。ナリソコネは本来なら、ただ闇雲に彷徨い、当て所なく嘆き呼びかけるだけで害を成すことはほとんどない』
空は自分が今まで何度も言い聞かされた事を思いだし、首を捻った。
「ぼく、だれかによびかけられても、こたえちゃだめっていわれたけど、そういうの?」
コケモリ様はうむ、と頷く。
『あれらは……あれらには、新たな依り代を見つけるか、誰か合う者と契約して己が理を変えるかしか、生き残る術はない。しかしちょうど良い空っぽの器などそうそう見つかるはずもない。そしてその声が届くのは……残念ながら、幼子が多いのだ』
おさなご、と空は小さく呟いた。明良の顔が浮かんで、鼓動が急に早くなる。
「こどもが、こえをきくとどうなるの?」
『声か、声だけなら無害だ。無視すれば済む。だがもしその声と、思いが、願いが重なれば……道が繋がってしまう。そうなればその子は、ナリソコネに会うだろう』
「あったら?」
『……七つだ。七つが分かれ目だ。子が七つより育っていれば、大抵は無事に戻る。そう言われておる』
空はヒュッと息を吸った。その先を聞くのが怖くて、手が震える。しかし、聞かなければならないと、空は震える手を強く握りしめた。
「ななつより、したなら」
『恐らく、恐らくは呑み込まれるだろう。そして、ナリソコネに身も心も食われ……その子は二度と帰らぬ。ナリソコネはその子の姿を映しとり、山に帰る』
「そんな……そんな、アキちゃん」
空はふらりと座り込んだ。
コケモリ様はそんな空を見て、嘆くように椎茸の傘を震わせた。
『……矢田の明良は、ナリソコネに呼ばれたのか。いつだ、いつごろだ?』
「わ、わかんない。きょうのあさごはんたべてから、おひるごはんのあいだくらい?」
『遅い……遅いか? いや、まだ間に合うか?』
「まにあうの!? アキちゃん、どうなってるの!?」
コケモリ様はしばらく沈黙し、それから傘をひょいと上げた。
『声。声はどんなだった? 我は波長が合わぬゆえ嘆いていることしかわからぬ。空に聞こえた声を教えよ』
「こえ……たすけてっていってた。このこをたすけて、とまらない、のみこんでしまう、って」
『まだか? まだ聞こえているか?』
空はそう聞かれて慌てて耳を澄ました。ここはコケモリ様の領域であるせいか、声は山に入ってすぐの時よりも遠い気がする。
けれど確かに、まだ声は聞こえている。
「まだきこえてる……いやだ、このこを、けしたくない、だれかとめてって」
『抗っておるか。抗うならまだ希望はある』
「どういうこと? どうしたらいいの? そばにいって、アキちゃんをひきはなせない?」
助けられるなら何でもすると空が勢い込んで聞くと、しかしコケモリ様は傘を横に振った。
『空、空には無理だ。空はまだ七つではない。空も呑まれるぞ』
「なんで!?」
『弱いのだ。七つまでは、まだ自我が弱い。しっかりしているように思えても、まだ心が弱く柔らかいのだ。その柔らかい心がナリソコネと触れると、結ばれるはずの契約は逆流し、幼子の魂を呑み込むのだ』
「たましい……のまれちゃう?」
『そうだ、そうなのだ。だがそれはナリソコネも望んでいない。望む形ではないのだ』
コケモリ様はナリソコネという悲しい存在について空に聞かせた。
長い時を生き抜きもうすぐ精霊になるはずだったのに、その依り代を突然失ってしまった存在の悲劇を。
ナリソコネには大抵がそれぞれ、なりたかった形がある。
やがて個としての意思を持ち、意思ある隣人と交流し、己の領域を守って長く生きる。
そういう存在になることを彼らは望んでいる。
契約者の魂を呑み込みその意思を失わせ、それと引き換えに形を得ることをほとんどのナリソコネは望んでいない。そうやって生まれたモノは大抵の場合どこか歪んでいて、その後で神や人間に討伐されてしまうことが多いからだ。
しかし一度それが始まれば、ナリソコネにももはや止めることは出来ないという。
そして当然ながら人と触れ合ったことのないものほど、己の声に応えた相手が七つを過ぎているかどうか、判断する事も出来ないらしい。
そこまで聞いて、空はゴクリと唾を飲み込んだ。
(心が……魂が子供は柔らかい)
それは何となく理解出来るような気がした。誰が言ったことか知らないが、空の前世の記憶では七つまでは神のうちというような言葉もあった気がする。
言葉として記憶しているだけでその本当の意味を空は知らないが、けれどそれならばそこに微かな希望があるように空には思えた。
(……じゃあ、僕なら? 前世の記憶があって、ちょっとだけ子供っぽくない、僕なら、どうなる?)
最後に会った時のアオギリ様の言葉が空の脳裏を過る。
『お主はちと珍しい魂の色をしておるから、もしかしたら大丈夫かもしれぬ。だが、子供は守られてしかるべきもの。そのもしかに頼る必要はないのだ』
(そのもしかが、今かもしれない)
空は明良よりも小さい。それでも今この時だけは、前世の記憶があるという自分の魂の可能性にかけたい。
空は震えを止め、顔を上げた。
「コケモリさま。アキちゃんのいるとこ、わかる? わかったら、いちばんちかいとこまで、ぼくをおくってください」
空の願いにコケモリ様は驚いたように傘をあげ、ぶるぶると横に振った。
『ならん! ならんぞ! 空が行ってどうするのだ! 明良を助けようとして、一緒に取り込まれるか……空の方が相性が良ければ、身代わりになるだけだ!』
強い拒絶に、けれど空も首を横に振る。
「アキちゃんをよぶの! そんで、アキちゃんのこころがのまれるの、おくらせるの!」
『む……む、それは。それなら……いや、しかし明良に声が届くかどうかはわからぬぞ?』
「それでも、なんにもしないよりいいよ! そうしてたら、きっとだれかがきてくれるもん!」
空の説得にコケモリ様は傘を左右に揺らしてしばらく悩んだ。
空に何かあれば、今度こそこの山が更地にされるかもしれない。しかし明良の存在が失われる事も、村の子供と縁を結んでいるコケモリ様にとって悲しい出来事だ。
『……声を、声をかけるだけだぞ? なるべく近づかず、声をかけるだけにするのだぞ?』
「ぜんしょします!」
『何!? 何なのだそれは!? 何かようわからぬが不安しかない!』
「いいからはやく! まにあわなくなっちゃうよ! おねがい、コケモリさま!」
びよんびよんと体を大きく揺らしたコケモリ様は、しかし仕方なく頷いた。そして大きく体を震わせる。
『うぬぬぬぬ……ふぬぅん!』
コケモリ様が大きな声をあげると、茶色い傘がばっと裏返って、バフッと胞子が飛んだ。
白っぽい粉が周囲にふわりと広がり、やがて薄れて見えなくなる。
空がじっと見守っていると、やがて胞子が落ちたところからポコポコと白いきのこが生え始めた。コケモリ様を中心に大きく円を描くようにきのこが次々生えて、綺麗に並ぶ。コケモリ様は完成したきのこの輪に頷くと、空の方を見上げた。
『これだ。この輪が、空を我の領域の端まで送る。そこから真っ直ぐ、声のする方を目指すが良い。多分近い』
「ちかくにいるの?」
『我と、我のような強きものの領域の間には僅かだが境目がある。領域が接して干渉せぬよう、細い隙間があるのだ。恐らくナリソコネと明良はそこにおる。細い谷間、風も魔素も澱み、少しだけ濃い、そんな場所におる』
移動先から近い場所にいると言われて、空はホッと息を吐いた。それならばもしかしたら間に合うかもしれない。
「コケモリさま、ありがとう! これおれい! よかったらたべてね!」
空はポケットに入れてあった饅頭の包みを取り出し、コケモリ様の横にそっと置いた。
コケモリ様はその包みを受け取って良いものか悩むそぶりを見せたが、今はそれどころじゃないと思いなおし、傘をぷるんと横に振って空を見上げた。
『空、空よ。良いか。空を送ったら我もすぐに村に連絡をする。大人が駆けつけるまで、明良を呼ぶのだぞ。呼ぶだけだぞ』
コケモリ様がそう言うと、周りのきのこがチカチカと光り出した。空は頷いてフクちゃんを見上げる。フクちゃんは心得たというようにすぐに身を低くしてくれた。
空がフクちゃんに乗ると、きのこたちが一際大きく光った。
『くれぐれも、くれぐれも気をつけよ! 良いか、傍で明良を呼ぶだけだぞ!』
「まえむきにけんとーします!」
『だから、だからそれは一体――』
コケモリ様が最後まで言い切る前に、きのこの光は地面に広がり、空とフクちゃんを包んだ。
空はその眩しさに目を瞑り、次に目を開けた時にはそこはさっきまでとはまた違う、暗い森の中だった。