軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

125:声と予感

「何だと? 異変はないのか? 本当に?」

『はい、今日の怪異当番は何も検知していません』

「わかった……ならば近所を探してみる」

『こちらからもすぐ人を出して、近所の捜索を手伝います!』

「よろしく頼むのだぞ!」

居間の棚から通信用の術符を出したヤナは、それに手を当てて怪異当番と宛先を指定して発動させ、話しかけていた。

ああいう風に使うのかと空はそれを感心しながら見ていた。明良がいなくなったと聞いていなかったら、好奇心に目を輝かせていたような光景だ。

けれど何も検知していないと言う言葉には少し希望が持てる。

ヤナはパタパタと玄関に戻ると、問い合わせの結果が出るまではと待っていた二人に声をかけた。

「怪異当番は何も検知しなかったそうだぞ。やはり近所にいるかもしれん」

「良かったわ、じゃあすぐ手分けしてご近所回ってみましょ」

「ええ、ありがとう!」

雪乃と美枝は支度をすると急いで出かけて行った。ヤナはそれを見送ってから部屋に戻ると、囲炉裏の傍に腰を下ろして心配そうな空の頭を撫でた。

「空、昼寝はもう終わりか?」

「うん……ヤナちゃん、アキちゃんだいじょぶかな」

「大丈夫だぞ、空。きっとすぐに見つかる。明良も家に籠もってばかりで飽きたのだろ」

「うん……」

空は頷き、気を落ち着けようと膝の上にフクちゃんを乗せてそっと揉む。

(きっと大丈夫、すぐに見つかる)

そう心の中で唱えながらフクちゃんと不安な午後を過ごした。

けれど、午後三時を過ぎて日が徐々に陰り始めても、明良はどこにも見つからなかった。

夕暮れが迫って来た頃、雪乃と幸生が別々に家に一度帰ってきた。

明良は来なかったかとヤナと空に聞いたが、来ていないという答えに二人共肩を落とす。

「どこまで探したのだ?」

「俺は東から南を手分けしたがダメだった。一軒一軒聞いて回ったが、明良は来なかったと」

「北は?」

「北の半分と西は、当番と役場の人に頼んだけど、いなかったって。西はまだ少し残ってるようだけど……」

「もう一回東を探し直すか」

「危険区域はどうなのだ?」

「冬場は小川や池には杭を立てて簡易結界を張っている。子供は通れないはずだ」

大人たちが相談する声を聞きながら、空は囲炉裏の傍できゅっと膝を抱えた。

明良の顔を思い浮かべると、心配で涙が浮かびそうになる。

アキちゃん、と心の中で呼ぶと、ふとどこか遠くから声が返ってきたような気がして空はハッと顔を上げた。

「……? アキちゃん?」

空は呟いて、思わず耳を澄ませる。

『……ガウ……チガ、ノ……メテ』

やはり何か聞こえてくる。

聞いてはいけない、と何度も言われた言葉が頭を過ったが、聞こえてきた微かな声はひどく切羽詰まっているように思えた。

『……カ、ト……テ、ハヤ、ク』

途切れ途切れの声は何を言っているのかよくわからない。けれど何となく、助けを求めているように空には感じられた。

『……アア……コノコ……ノミ、コ……シマウ』

「……だれ?」

「ホピ!」

呟いた問いにフクちゃんが羽根を膨らませる。

「フクちゃんも聞こえてるの?」

「ホピピッ!」

ということはこの声はやはり幻聴ではないようだ。これが、アオギリ様が何度も言っていた聞いてはいけない声というやつかと思うと少しだけ怖くなる。

少しだけだったのは、その声が切実に助けを求めているような響きだったからだ。

何を言っているのかもう少し聞こえないものかと、空はフクちゃんを手の中に包んで黙って耳を澄ませた。

『ノコ……コノ、コ、タ、ケテ』

(のこ? この、こ……この子、助けて?)

何度も繰り返される途切れがちの声を空は頭の中でつなぎ合わせた。繰り返される音を拾っていくと、少しずつ意味が繋がり、理解出来るようになってゆく。

『……トマ、ナイ、ノミコ、デ、マウ』

(止まらない、呑み込んでしまう……!?)

空の脳裏に明良の顔が浮かんだ。

まさか、と思うがそれはどう考えても正解である気がしてくる。

空は慌ててフクちゃんを下ろし、誰かにこの事を伝えなければと玄関の方に顔を向けた。

「とりあえず幸生と雪乃はもう一度東の町内を探すのだ。ヤナは隣に行って、ウメを起こしてくる」

「ウメちゃんを?」

「ああ、ウメなら明良が生まれた頃から知っている。あやつなら明良の居場所がわかるはずだ」

空は玄関から聞こえてきた会話に慌てて立ち上がった。

急いで玄関に行くと、ちょうど三人が玄関から出るところだった。

「ヤナちゃ……!」

「空、ちょっとだけ留守番をしておるのだぞ。すぐ帰ってくるからな」

「え、まっ、まって!」

「大丈夫だ、すぐだからな!」

「空、すぐ戻るから良い子にしててね!」

かなり焦っているのか、三人は空の言葉を最後まで聞かず、大急ぎで玄関の鍵を閉めて行ってしまった。

空はどうしようかと焦った。

声は相変わらず途切れ途切れに聞こえてくる。しかしそれは音として聞こえているというより、どこかうんと離れた場所から思念が飛んでくるのだと空は予想していた。

どこか遠くで、多分村の外の山の中で、誰かが助けを求めている。

そしてそれは恐らく、明良を助けてほしいと訴えているのだ。もちろん確証はなく、空の予感だけなのだが、不思議と絶対にそうだという気がする。

空はしばらく考え、そしてキッと顔を上げた。

パタパタと駆けだし、まずは自分のコートとマフラーを取りに行く。それから宝箱へ走って、ドングリ入れとパチンコを取り出して腰に付けた。

その上からコートを着てマフラーを巻き、靴下をはいて、さらにふと思いついて神棚がある座敷に行くと、神棚の下にある低い棚から風呂敷包みを取り出した。

中身はもちろん、先日鏡開きした金の鏡餅の残りだ。まだ沢山ある四角い欠片を一つ、二つと手に取り、小さな欠片も一つ選んでポケットに入れる。

次にまた居間に戻って、今度は囲炉裏の脇に置いてあった皿からおやつの残りの饅頭を二つとって畳んだまま置いてあった布巾で包むとポケットに押し込む。今日は明良が心配で残してしまったおやつだ。

最後に忘れ物はないかと空は周囲を見回し、座っていた場所の横に丸い石が落ちているのを見つけた。

ヤナに見せようと思って忘れていた、空の宝物だ。空はそれをじっと見つめていると不思議と勇気が出る気がした。

少し考えてそれもポケットに押し込んで、空は玄関に行って自分で草鞋を履いた。

「ちょうむすび……まだうまくできないから、かたむすびでいいや」

解けないならその方が良いだろうと、足首に紐をぐるぐる巻いてぎゅっときつく結ぶ。

「ホピッ、ホピホピッ! ビッビッ!」

フクちゃんは外に出ようとする空を必死で止めようとしていた。

空はそれを無視して草鞋を履き終えると、フクちゃんに手を伸ばして、そっと持ち上げた。

「フクちゃん……おねがい、ぼくにちからをかして。フクちゃんがいなきゃ、だめなんだ」

「ホビ……」

「おねがいフクちゃん。アキちゃんがあぶないんだ。だから、ぼくをおやまにつれていって。コケモリさまのところに」

「ホピ、ホピッ」

フクちゃんは危険だと言うように、首を何回も横に振った。

けれど空がお願いだから、と何度も何度も頼むと、やがて諦めたように鳴くのを止めた。

そして、ブルブルッと体を震わせると、わかったと言うように体を少し大きくした。

「ホピッ!」

鳩くらいの大きさになったフクちゃんはぴょんと玄関に飛び降り、すぐにニワトリくらいの大きさになる。

「フクちゃん……ありがとう!」

空は急いで玄関の扉まで行くと、うんと手を伸ばして鍵を開け、フクちゃんと共に外に出た。

外は夕闇に包まれようとしている。家の門の前まで来ると、フクちゃんはさらに大きくなって空が乗りやすいよう体を下げる。

「フクちゃん、これたべて」

大きくなったフクちゃんに乗る前に、空は金色の小さな欠片を取り出して見せた。

「しかくいのとちいさいの、どっちがいい?」

「……ホピッ」

フクちゃんは四角い方を選んで一つつまみ、パクリと食べる。

空はそれを確認して急いでフクちゃんの背に乗って、首の辺りにしっかりと掴まった。

すぐにフクちゃんの体が薄らと光りはじめる。

「ホピピピッ! ピキュルルルル!」

フクちゃんは高らかに囀ると、さらに体を一回り大きくして突然走り出した。

空はその背に身を伏せてしがみ付き、そして夕闇に黒く浮かび上がる、いつか帰ってきた山の方を指で差す。

「あっち! あっちの、おやま! コケモリさまのとこまで!」

助けを求める声はまだ細く続いている。

どうかどうか、間に合いますようにと空は強く祈った。